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~ 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 ~


~ 文紡ぎ 夾鐘 よしもあらぬか妹が目を見む ~


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、織田信忠(幼名:奇妙丸)[織田信長の嫡男](文のみの登場)、

菊姫[武田信玄の四女]




「我妹子に 衣春日の 宜寸川 よしもあらぬか 妹が目を見む」

「万葉集 第十二巻 三〇一一番」より

作者:詠み人知らず




松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、八十八の月になっている。

暦は二月になっている。



季節は仲春になっている。



一昨年の四月、菊姫と松姫の父の武田信玄が亡くなった。

武田信玄の遺言により、武田信玄の死は三年隠すと決まった。

様々な思惑が複雑に絡まる中の仲春になる。



ここは、甲斐の国。



天気の良い日中は、寒さが和らぐようになった。

仲春に咲く花をたくさん見るようになった。

暖かさを感じる春の気配が増えている。



今日は青空が広がっている。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は普通に居る。



菊姫は部屋の中に微笑んで入ってきた。



松姫は菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松と一緒に話したいと思ったの。良いかしら?」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。僅かに疲れが見えるわ。疲れていない?」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「私は元気です。大丈夫です。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「良かった。」

松姫菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。少しずつ温かさを感じるけれど、寒さを感じる時間も多いわね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。今日は良い天気だわ。気晴らしを兼ねて外出しましょう。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫も菊姫を微笑んで見た。



暫く後の事。



ここは、松姫の乳母の住む家。



一室。



部屋の中には、商品が広げてある。



菊姫は微笑んで居る。

松姫も微笑んで居る。

商人は普通に居る。



菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。素敵な商品がたくさんあるわね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。

菊姫は商人に微笑んで頷いた。

商人は菊姫と松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は商人を微笑んで見た。

菊姫は松姫と商人を微笑んで見た。

商人は懐から小さい紙を取り出すと、松姫に小さい紙を普通に渡した。

松姫は商人から小さい紙を微笑んで受け取った。

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は小さい紙を持ち、小さい紙を丁寧に広げた。

菊姫は松姫を微笑んで見た。



小さい紙には、織田信忠の筆跡で歌が書いてある。



我妹子に 衣春日の 宜寸川 よしもあらぬか 妹が目を見む



松姫は小さい紙を持ち、商人を微笑んで見た。

菊姫は商人を微笑んで見た。

商人は菊姫と松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。

「警戒は今も強いです。奇妙殿が頼んだ状況を信じて頂くために、奇妙殿が自筆で歌を書きました。奇妙殿から伝言を預かりました。」

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「伝言を教えてください。お願いします。」

商人は松姫に普通の表情で静かに話し出す。

「お松。季節は春だが、寒さを感じる日が続くと思う。元気で過ごしているだろうか。以前に、西洋の暦の二月十四日に行われる、“ばれんたいんでー”、の行事について説明した。覚えているだろうか? 私達の使用する暦に合わせると、過去の日付になる。今回は、私達の使用する暦の、二月十四日に合わせたいと思った。“ばれんたいんでー”の日には、愛する者達が、花、文、菓子、などを贈る。今の状況は、花や菓子を贈る状況が、かなり難しい。私はお松に“ばれんたいんでー”の歌の贈り物を用意した。受け取ってくれると嬉しい。私は元気に過ごしている。私はお松に逢いたい気持ちを持ち続けて過ごしている。私は、お松が心配しないように、お松に逢うために、元気に過ごす。お松。寒さを感じる日が続くと思う。寒さに気を付けて過ごしてくれ。」

松姫は小さい紙を持ち、商人微笑んで小さい声で話し出す。

「長い伝言を覚える行為。大変ですよね。ありがとうございます。」

菊姫は商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「凄い記憶力です。何時も感心します。」

商人は菊姫と松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。

「奇妙様からはたくさんの恩を受けています。私に出来る内容で感謝の気持ちを伝えています。」

菊姫は商人を微笑んで見た。

松姫は小さい紙を持ち、商人を微笑んで見た。

商人は松姫と菊姫に普通の表情で軽く礼をした。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。西洋の行事の“ばれんたいんでー”に繋げて、今の季節の春が登場する、相手への想いを前面に出した、歌を選んだと思うの。さすがね。」

松姫は小さい紙を持ち、菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は小さい紙を持ち、商人を見ると、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「私からの返事を奇妙様に伝えてください。願いします。」

商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「元気に過ごされているのですね。安心しました。私も元気に過ごしています。私も奇妙様に逢いたい気持ちを持ち続けながら過ごしています。安心してください。今回の歌の贈り物は、西洋の行事の“ばれんたいんでー”に繋がる歌、今の季節に合う歌、ですね。幾つもの想いを重ねた歌の贈り物です。奇妙様の気持が伝わる贈り物です。奇妙様の気遣いが伝わる贈り物です。嬉しいです。ありがとうございます。私も体調に気を付けて元気に過ごします。奇妙様。体調に気を付けてお過ごしください。命を大切にお過ごしください。愛する者から、愛する者への、お返事です。松より。」

商人はお松に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を持ち、菊姫と商人を微笑んで見た。

菊姫は商品を持つと、商人に微笑んで話し出す。

「素敵な商品ね。購入するわ。」

商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を懐に微笑んで仕舞った。

菊姫は商品を持ち、松姫を微笑んで見た。

松姫は商品を持つと、商人に微笑んで話し出す。

「素敵な商品です。購入します。」

商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

菊姫は商品を持ち、松姫と商人を微笑んで見た。

松姫も商品を持ち、菊姫と商人を微笑んで見た。

商人は菊姫と松姫に普通の表情で軽く礼をした。



翌日の事。



ここは、躑躅ヶ崎館。



一室の中から、一人の男性の声と菊姫の声が聞こえる。

「お菊。昨日、お松と共に外出したのか。」

「私がお松の傍に居ました。お松が長い時間を一人で居る状況にしていません。」

「お松が婚約の話題を断り続けている。お松の気持ちに変化の気配が無い。お松の気持ちに変化が現れた時に素早い後押しが必要だ。お松の気持ちの変化を注視してくれ。お松の気持ちに変化が現れた時は、素早い後押しを頼む。」

「分かりました。」

「お松の言動に変化に現れているか?」

「お松が監視されていないか不安になる時があります。不安な気持ちが強くなると、体調を悪くする可能性が有ります。適度に気晴らしをさせたいと思いました。お松の乳母の家に行き買い物をしました。お松が不安になる時間を少ない状態にして過ごさせています。」

「今の織田家は、相変わらずの状況だ。安心しているのか、思惑があるのか、分からない。お松の言動に変化の現れる可能性が有る。今後も確認を頼む。」

「はい。」

「今後も報告を頼む。」

「はい。」



少し後の事。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は不安な様子で居る。



菊姫が部屋の中に微笑んで入ってきた。



松姫は菊姫を不安な様子で見た。

菊姫は松姫を抱くと、松姫に微笑んで囁いた。

「お松。無難な内容で報告したわ。大丈夫。安心して。」

松姫は菊姫に不安な様子で囁いた。

「姉上。迷惑を掛けます。申し訳ありません。」

菊姫は松姫を抱いて、松姫に微笑んで囁いた。

「私はお松の姉よ。迷惑に思わないで。安心して。」

松姫は菊姫に微笑んで囁いた。

「姉上。ありがとうございます。」

菊姫は松姫を抱いて、松姫に微笑んで頷いた。

松姫は菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫から微笑んで離れた。

松姫は菊姫を微笑んで見ている。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。春を詠んだ歌を探したの。歌の作者は分からないけれど、良い歌を見付けたの。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上の探した歌。知りたいです。」

菊姫は松姫に微笑んで囁いた。

「明日、外出した先で、歌について説明するわ。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上。ありがとうございます。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫も菊姫を微笑んで見た。



「我妹子に 衣春日の 宜寸川 よしもあらぬか 妹が目を見む」

寒さを感じる日の続く春の半ば頃。

少しずつ暖かい春を感じる気配の増える頃。

松姫と織田信忠は、様々な思惑の乱れる中でも、想いを紡いでいる。

松姫と織田信忠は、今年は逢える日が訪れると信じて、想いを紡いでいる。

仲春の時間は、様々な想いの中でも、様々思惑の中でも、同じ時間の中で過ぎていく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第十二巻 三〇一一番」

「我妹子に 衣春日の 宜寸川 よしもあらぬか 妹が目を見む」

作者は「詠み人知らず」

ひらがなの読み方は「わぎもこの ころもかすがの よしきがわ よしもあらぬか いもがめをみむ」

歌の意味は「あの娘に衣を貸したいけれど、あの娘に会う、なにかいい口実はないだろうかなぁ・・・」となるそうです。

原文は「吾妹兒尓 衣借香之 宜寸川 因毛有頭 妹之目乎将見」

「衣を貸す(ころもをかす)」から「春日(かすが)」を導いて、「春日山(かすがやま)」を連想させ、春日山から流れている「宜寸川(よしきがわ)」を出した上で、「よしもあらぬか」を導いているそうです。

「よし(因)」は「きっかけ。口実。理由。」だそうです。

なかなか面白い歌だと思います。

宜寸川は、奈良県に在る春日山から流れて出して佐保川に合流しています。

現在は「吉城川」と書きます。

武田家についての補足です。

油川夫人は、元亀二年(1571年)(※月日は不明)に亡くなったそうです。

武田信玄は、元亀四年四月十二日(1573年5月13日)に信濃の駒場で亡くなります。

享年は、五十三歳と伝わっています。

武田信玄の死因は、肺結核、胃癌、食道癌、などの説が有力です。

武田信玄の他の死因には、武田信玄は敵が籠城中の野田城から聞こえる笛の音に惹かれて本陣から出て行き、本陣の外に居る時に鉄砲で撃たれて、その傷がもとで亡くなる、があります。(掲載日現在は、この説は俗説として考えられています。)

更に武田信玄の他の死因には、織田家の毒殺、もあります。(掲載日現在は、この説も俗説として考えられています。)

武田信玄は、武田勝頼と重臣に遺言を残したと伝わっています。

三つの遺言の内容が広く知られています。

800枚の白紙に武田信玄の花押を書いたから返礼などの時に使うように。

武田信玄の死を三年隠すように。

三年後に、武田信玄の死体に甲冑を着せて諏訪湖に沈めるように。

遺言の内容が事実だとすると、武田信玄は以前から亡くなる事を分かっていて、甲斐の国を守るために前から考えていた事が分かります。

武田信玄の葬儀は、天正四年(1576年)四月に行われたそうです。

武田信玄の死が三年隠せたかについてですが、三年より前に人数等は不明ですが、気付かれた形跡があるようです。

当時は忍者などを使った情報戦が激しかった事があり、武田信玄の死が知られてしまった可能性はあります。

後の出来事になりますが、松姫は織田信忠と婚約している経過などから、辛い立場になっていったようです。

天正元年(1573年)の秋に、武田盛信が松姫を引き取って暮らすようになります。

「雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編」では、物語の展開から、秋より後の季節では、武田盛信が松姫を引き取って暮らす設定にします。

ご了承ください。

松姫と織田信忠の縁談が、破談なのか、続いているのか、分からなくなってしまった理由の一つに、「西上作戦(さいじょうさくせん)」があります。

西上作戦は、甲斐武田家が、元亀三年(1572年)九月から元亀四年(1573年)四月に掛けて行った遠征をいいます。

西上作戦は、武田信玄の体調と武田信玄の死によって終わった状況になります。

武田勝頼について、天正二年(1574年)六月の高天神城の攻略に関する話があります。

高天神城は、武田信玄が大軍を率いても落城できませんでした。

武田勝頼は高天神城を攻略した頃から、過信などの意見を聞かないようになったそうです。

理由は二つの説が考えられています。

一つの説、自信過剰になった。

一つの説、父親の武田信玄に勝る武略を持っている実績を示せた事から、家臣の統制を強めた。

以上の二つの説が有ります。

武田軍の関連についてです。

天正三年(1575年)二月についてです。

大きな動きはありません。

織田家関連について簡単に説明します。

織田信忠(幼名“奇妙丸”)の元服は、元亀三年(1572年)と伝わっています。

元亀三年(1572年)一月に元服した説があります。

織田信忠が元服時に改名した名前は「織田勘九郎信重(おだかんくろうのぶしげ)」です。

「織田信忠」に改名するのは後の出来事になります。

名前が幾度も変わると分かり難くなるため、元服後の名前は「織田信忠」で統一します。

ご了承ください。

織田信忠の初陣は、元亀三年(1572年)と伝わっています。

織田信忠の初陣は、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)「具足初め(ぐそくはじめ)の儀」の日付、または、直ぐ後の日付になるようです。

織田信忠にとって、初陣の次の大きな戦は、元亀三年(1572年)十二月頃の遠江の二俣城の戦いや三方ヶ原の戦いになります。

天正三年(1575年)二月の織田家の動きを簡単に説明します。

末頃、上洛のため、岐阜城を出立します。

上洛するのは、翌月初めの頃です。

「バレンタイン」についてです。

西暦二六九年に、兵士の自由結婚禁止政策に反対したバレンタイン司教が、時のローマ皇帝の迫害により処刑されました。

それから、この日がバレンタイン司教の記念日としてキリスト教の行事に加えられ、恋人達の愛の誓いの日になりました。

ヨーロッパでは、この日を「愛の日」として花やケーキ、カード等を贈る風習があります。

女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本独自のものです。

1958年(昭和33年)に、東京に本社の在る会社が、新宿に在るデパートで行ったチョコレートセールが始まりです。

最初の年は、3日間で3枚しか売れなかったそうです。

この物語の補足です。

天正三年二月十四日は、「1575年3月26日」です。

現在の暦に合わせた「2月14日」は、「天正三年一月四日」です。

「夾鐘(きょうしょう)」についてです。

二つの意味が有ります。

一つの意味は、「中国音楽の十二律の一。基音の黄鐘(こうしょう)より三律高い音。日本音楽の十二律の勝絶(しょうぜつ)にあたる。」です。

一つの意味は、「陰暦二月の異称」です。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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