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~ 雪月花 新撰組異聞外伝 編 ~


~ 花菖蒲の咲く頃 沖の波 君があたり見つつ ~


登場人物

藤田五郎、敬一[沖田総司の息子]、美鈴[沖田総司の妻、敬一の母]




「君があたり 見つつも居らむ 生駒山 雲なたなびき 雨は降るとも」

「万葉集 第十二巻 三〇三二番」より

作者:詠み人知らず




時は明治。



今の政府の治世となっている。



政府の治世となる前は、長く幕府の治世となっていた。

幕府と政府の間で戦いが起きた。

政府は戦いに勝ち、幕府は戦いに負けた。

政府も世間も幕府側に与していた者や味方した者や家族への対応は冷たい。

危険を避ける意味も含めて、幕府と関係があった過去を隠して過ごす者達がいる。



新撰組一番組組長の沖田総司には、妻の美鈴と息子の敬一が居る。

沖田総司は病のために戦いの結末を迎える前に亡くなった。



敬一は、沖田総司と美鈴が戦いのために離れている間に生まれた。

沖田総司と敬一は、一度も逢っていない。



敬一と美鈴は、沖田総司の身内だと知られないように過ごしている。

敬一と美鈴は、幕府側の関係者だと知られないように過ごしているが、沖田総司を慕い尊敬して過ごしている。



ここは、京の町。



或る花菖蒲の咲く季節の頃。



敬一は元気に成長している。

敬一は幼さが残っているが、少しずつ一人で出掛ける時間が増えてきた。

美鈴は敬一の心配をしながらも笑顔で見守っている。



曇や雨の日が増えてきた。

僅かに蒸し暑さを感じる時もある。



今日は朝から曇り空となっている。



ここは、落ち着いた雰囲気の寺。



境内。



敬一は笑顔で訪れた。



敬一と同じくらいの年齢の数人の男の子が集まって遊んでいる。



敬一は男の子達を笑顔で見た。



男の子達は敬一の元に笑顔で来た。



敬一は男の子達を不思議な様子で見た。

男の子達は敬一に笑顔で話し出す。

「こんにちは!」

敬一は男の子達に微笑んで話し出す。

「こんにちは。」

男の子達は敬一に笑顔で話し出す。

「いっしょにあそぼう!」

敬一は男の子に微笑んで話し出す。

「ぼくは、おまいりにきたんだ。」

男の子達は敬一に笑顔で話し出す。

「おまいりがおわったら、いっしょにあそぼう!」

敬一は男の子達に微笑んで頷いた。

男の子達は敬一に笑顔で話し出す。

「きみのなまえ。おしえて。」

敬一は男の子達に微笑んで話し出す。

「みんな。おかあさんからたのまれていたようじをおもいだしたんだ。おまいりがおわっても、いっしょにあそべないんだ。ごめんね。」

男の子達は敬一に笑顔で話し出す。

「おかあさんからようじをたのまれていたなら、しかたがないね! べつなときに、いっしょにあそぼうね!」

敬一は男の子達に微笑んで頷いた。



男の子達は敬一から笑顔で離れていった。



敬一は真剣な表情でお参りを始めた。



男の子達の元気の良い声が聞こえてきた。

「てきやくで、しんせんぐみをえんじてよ!」

「いやだよ!」

「しんせんぐみは、いなかものでらんぼうものだよ! ぼくもいやだよ!」

「だれかが、しんせんぐみをえんじないと、あそべないよ!」

「べつなあそびにかえようよ!」

「さんせい!」

「べつなあそび! なにがよいかな?!」



敬一は山門を寂しい様子で潜って出て行った。



少し後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



食卓の有る部屋。



縁の傍。



美鈴は僅かに心配な様子で縫い物をしている。



玄関から、敬一が元気良く帰ってきた音が聞こえた。



美鈴は縫い物を微笑んで止めた。



美鈴は玄関へと微笑んで向かった。



僅かに後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



玄関。



敬一は元気良く帰ってきた。



美鈴は微笑んで来た。



敬一は美鈴に元気良く話し出す。

「ただいま!」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「おかえりなさい。」

敬一は美鈴を笑顔で見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一。しっかりとお参りが出来た?」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「しっかりとおまいりをしたよ!」

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴を笑顔で見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一。何か遭った?」

敬一は美鈴に笑顔で話し出す。

「なにもないよ!」

美鈴は敬一を微笑んで見た。



敬一は家の中に元気良く入って行った。



美鈴は敬一を心配な様子で見ながら、家の中に入って行った。



数日後の事。



ここは、京の町。



朝から雨が降っている。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



食卓の有る部屋。



縁の傍。



敬一は外を寂しい様子で見ている。



美鈴は敬一の傍に微笑んで来た。



敬一は美鈴を微笑んで見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「雨が降ると、家の中に居る時間が増えるから、寂しいわよね。」

敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「おかあさんといっしょにいるじかんがふえるよ。まちのなかでたくさんのはなしをきくじかんがへるよ。さみしくないよ。」

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴に慌てて話し出す。

「おかあさんとはなすじかんはたのしいよ! たくさんのはなしというのは、おかあさんのはなしではないよ!」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「焦って説明しなくても大丈夫よ。」

敬一は美鈴を微笑んで見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「お母さん。しっかりとするわ。敬一は、我慢も無理も、しないでね。」

敬一は美鈴に慌てて話し出す。

「おかあさんは、しっかりとしているよ! おとうさんも、しっかりとしているよ! おかあさんは、もっとしっかりとしなくても、だいじょうぶだよ!」

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴を微笑んで見た。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「敬一。雨が早く止んだら、花菖蒲を見に行きましょう。雨が長く降っていたら、雨の降っていない日に、花菖蒲を見に行きましょう。」

敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「“おきのなみ”は、さいているかな?」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「時期的には咲いていると思うわ。」

敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「“おきのなみ”は、しろくて、きれいだよね。たくさんのひとが、えがおでみているよね。ぼくは、うれしくなるんだ。」

美鈴は敬一を微笑んで見た。

敬一は美鈴に微笑んで話し出す。

「おかあさん。たのしみだね。」

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「楽しみね。」

敬一は美鈴を微笑んで見た。

美鈴は外を見ると、微笑んで呟いた。

「“君があたり 見つつも居らむ 生駒山 雲なたなびき 雨は降るとも”。」

敬一は美鈴を不思議な様子で見た。

美鈴は敬一を見ると、敬一微笑んで話し出す。

「万葉集に掲載している歌よ。歌の意味は、“あなた様がいらっしゃる辺りを見ていましょう。雲よ、生駒山にかからないで、雨が降っても・・・”、となるそうなの。」

敬一は美鈴を不思議な様子で見ている。

美鈴は敬一に微笑んで話し出す。

「少し経ったら、百人一首などの歌の勉強を始めましょう。」

敬一は美鈴に笑顔で頷いた。

美鈴は敬一を微笑んで見た。



藤田五郎の普通の声が、敬一の元に聞こえてきた。

「敬一。何時まで寝ている。起きろ。」



敬一はゆっくりと目を開けた。



今は夏。



ここは、東京。



花菖蒲の咲く頃。



朝からの曇り空となっている。



ここは、藤田五郎、妻の時尾、幼い息子の勉の住む家。



藤田五郎の部屋。



藤田五郎が敬一を普通の表情で見る姿がある。



敬一は畳の上で掛け布団を掛けて横になっている。



敬一は慌てて起きた。



藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「敬一が眠い様子だった。敬一の様子を暫く見ていた。敬一が寝た。掛け布団のみ用意した。」

敬一は藤田五郎に恥ずかしく話し出す。

「すいません。ありがとうございます。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「夢を見ていたのか?」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「京都に居る頃の夢を見ました。僕が少しだけ大きくなって、一人だけで、寺のお参りや簡単なお使いをするようになりました。お母さんは心配だったと思うけれど、僕を笑顔で見送ってくれました。お母さんは、僕が帰ってきた時は、笑顔で迎えてくれました。」

藤田五郎は敬一を普通の表情で見た。

敬一は藤田五郎に寂しく話し出す。

「京都の町を歩いていると、新撰組の悪口を聞く時がありました。お父さんの悪口を聞く時が有りました。斉藤さんの悪口を聞く時が有りました。悲しくて寂しかったです。僕が、寂しい様子になると、悲しい様子になると、関係者だと分かる可能性が高いです。僕は出来るだけ普通にしていました。」

藤田五郎は敬一を普通の表情で見ている。

敬一は藤田五郎に寂しく話し出す。

「僕が一人で出掛けている時に、僕と似た年齢の男の子達が遊ぶ姿を見た時があります。男の子達が僕に一緒に遊ぶ誘いを話した時があります。一緒に遊ぶ時は楽しかったです。一緒に遊ぶと僕の名前を尋ねる回数が多かったです。お母さんから知らない人物に気軽に名前を教えないように説明を受けていました。僕は名前を教えられないので、一緒に遊ぶ誘いを断る回数が多かったです。」

藤田五郎は敬一を普通の表情で見ている。

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「お母さんは、忙しい時間を割いて、僕の話し相手になってくれました、近くだけど一緒に出掛けてくれました。お母さんは忙しいのに僕も気遣っていたから大変だったと思います。」

藤田五郎は敬一を普通の表情で見ている。

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「勉君が僕と同じ思いをしなければ良いと思いました。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「敬一が生まれた頃は、幕府と政府の戦いが続いていた。敬一が京都に居た頃は、戦いの最中から戦いが終わって少し年月が経った頃になる。幕府側の関係者は、身の危険があり、立場が悪い、などの大変な状況だった。幕府側の関係者も政府側の関係者も、複雑で多くの思いを抱えていた。敬一の育った京都は、新撰組の評判が悪かった。新撰組が京都の風習などを考えない言動の時があった。京都の人達の側から見れば、仕方の無い評判だった。」

敬一は藤田五郎を心配して見た。

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「勉が生まれた頃は、幕府と政府の戦いは既に終わっている。幕府とは別な戦いになるが、九州でも政府と別な組織で戦いが起きた。幕府側の関係者の立場も、政府側の関係者の立場も、環境も、思いも、変化している。勉は東京で育っている。東京は、幕府側、政府側、幕府とは別の政府に戦いを挑んだ側、様々な人達が引っ越して住んでいる。月日が経過するごとに、それぞれの立場も環境も思いも変化している。」

敬一は藤田五郎を安心して見た。

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「幕府側も後に九州で政府に戦いを挑んだ者達も、負けた側になる。負けた側は、住む場所によっては、苦労や出世などに違いがある。負けた側にとって、東京が住みやすい場所に該当するかは、立場によって変わる。今の勉にとって、東京は良い場所に該当すると思う。敬一にとって、良い場所に該当するかは、敬一の考え方によって決まる。」

敬一は藤田五郎を考えながら見た。

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「年月を重ねるごとに、環境などは変化する。考え込むな。」

敬一は藤田五郎に微笑んで話し出す。

「はい。」

藤田五郎は敬一に普通に話し出す。

「勉には、敬一の話の内容を、何かの機会に伝えるかも知れない、伝えずに終わるかも知れない。時尾には、敬一の話の内容を伝える。時尾は喜ぶはずだ。勉への気遣いと時尾の感謝の分も含めて礼を言う。」

敬一は藤田五郎を恥ずかしく見た。

藤田五郎は敬一を普通の表情で見た。



暫く後の事。



ここは、敬一と美鈴の住む家。



玄関の前。



敬一は元気良く来た。



敬一は空を笑顔で見た。



曇り空が広がっている。



敬一は空を見ながら、微笑んで呟いた。

「“君があたり 見つつも居らむ 生駒山 雲なたなびき 雨は降るとも”。」



敬一は微笑んで前を向いた。



敬一は玄関に元気良く入って行った。



「君があたり 見つつも居らむ 生駒山 雲なたなびき 雨は降るとも」

大切な人が居る場所は、晴れでも曇でも雨でも、しっかりと見ていたいと想う。

大切な人が居る場所をずっと見ていられるように、雨が降った時には雲が掛からないように想う。

大切な人が居る場所は、其々に違っていても、しっかりとずっと見ていたい気持ちは同じ想いになる。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第十二巻 三〇三二番」

「君があたり 見つつも居らむ 生駒山 雲なたなびき 雨は降るとも」

ひらがなの読み方は「きみがあたり みつつもいらむ いこまやま くもなたなびき あめはふるとも」

作者は「詠み人知らず」

歌の意味は、「あなたさまがいらっしゃるあたりを見ていましょう。雲よ、生駒山にかからないで、雨が降っても・・・」となるそうです。

原文は「君之當 見乍母将居 伊駒山 雲莫蒙 雨者雖零」

「花菖蒲(はなしょうぶ)」についてです。

アヤメ科です。

夏の季語です。

「花菖蒲」「沖の波(おきのなみ)」についてです。

花菖蒲の一種類です。

江戸系です。

白色の花が咲きます。

「沖の波」の作出時期などの詳細は分かりませんでした。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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