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鳳城炭鉱専用軌道(支線)
鳳城炭鉱専用軌道(支線)の基礎知識
開設 明治43(1910)年11月
廃止 昭和16(1941)年7月
植田駅〜
全長 4.77km(分岐点〜喜久多坑まで)
石城郡
明治後期になり、磐城採炭(株)(後の鳳城炭鉱)は大谷地区に喜久多坑を開削し、
明治43(1910)年、既に開設されていた本線(明治40(1907)年開設)から分岐する全長4.77km 軌間610mmの馬車軌道を開設した。
大正8(1919)年には軌間を762mmに改軌し、同時に蒸気機関車の導入を図った。
喜久多坑のその後ははっきりとしないが、大正後期頃より休山状態であったと思われる。
一方
太平炭鉱は大正12(1923)年に閉山する。
昭和6(1931)年、同地での採炭を始めた吉村炭鉱はガソリン機関車を導入して運炭を開始したが、昭和9(1934)年に閉山する。
吉村炭鉱に隣接した細倉地区で昭和12(1937)年から採炭の開始準備をしていた鳳城(ほうじょう)炭鉱上平坑は
専用軌道からの分岐線(400m)を敷設したものの、昭和13(1938)年の出水事故などにより採炭できず、昭和16(1941)年7月に閉山する。
同時に鳳城炭鉱専用軌道(支線)も廃止された。
戦後、中小の炭鉱会社が同地での採炭を行なっていたが、専用軌道が復活することはなかった。
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