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2月1日(木) 【就職活動を応援します】

 世間はすっかり就活の季節のようで、中国留学を終えて日本に戻ってきたマルコフ教祖も、ついに就活を始めるそうです。どうやら彼は東京で就職先を探しているようで、今日から上京してきました。問題は宿で、10日以降はウィークリーマンションを借りているけど、そこまでの10日間を過ごす宿がないらしい。ということで、心優しいすぱくりは就職活動を頑張るマルコフ教祖を支援すべく、10日間うちに住まわせてあげることにしました。本来なら家賃の半分ほど払ってもらうところですが、就職という目標を持って頑張る人から金を取るなんてできません。出世払いで結構です。すぱくりは就職活動を応援します。僕は何て心優しいのだろうか。でも「教祖」というハンドルネームなのに、やっぱり就職はするんだね。宗教始めちゃえばいいのに。。

 マルコフ教祖は午後5時頃我が家に到着し、一旦休憩したあと、明日からの就職戦線に備えるべく渋谷へ。明日から就職活動で渋谷にしょっちゅう出ることになるだろうから、うちから渋谷までの道を指南してきました。毎回電車に乗って渋谷に出ると勿体無いしね。電車を使えば駒場東大前−渋谷間は120円だけど、それが積み重なると結構な額になるから、渋谷までは歩くのが一番。

 渋谷に着いたあとは、最近よく行くマルハチへ。飲んでも大丈夫かと思ったけど、明日の面接は午後かららしいので、それならと飲んできました。ここの料理はどれもおいしいけれど、特に海老マヨネーズがおいしい。あと今日初めてカエルのから揚げというものを食べたけど、本当に鶏肉みたいな味がするんですね。

 明日からの就職活動、頑張ってちょうだい。 


2月4日() 【お詫び】

 すみません、ちょっといろいろあって更新が遅くなっています。落ち着いたら改めて更新します。


2月13日(火) 【ご無沙汰】

 ご無沙汰していました。長いこと日記休んですみません。実は風邪を引いてずっと寝込んでいました。インフルエンザじゃないのに40度近く熱が出て、しかもなかなか引かなかったのです。東京に出てきて丸6年になるけど、6年の中で一番酷い風邪だったかもしれません。

 2日〜5日までは、東京に出てきたマルコフと何故か高尾山行ったり谷中に行ったりして過ごしていたものの(その様子はいずれまた書きます)、6日から熱が出だして、7日・8日あたりはピークで布団から一歩も動けない状態でした。うちに来ていたマルコフには本当に申し訳ない。9日くらいにようやく38度まで熱が下がったものの、10日にマルコフが我が家を去ったあとも微熱が続いて、平熱に戻ったのは11日。でもまだ咳がひどくてどうしようもなりません。病院の先生によると今年の風邪はじわじわと長いそうです。確かに一番最初の兆候が出てから熱が出るまで1週間以上経ってるし。皆さん気をつけましょう。

 まだ咳は出るけど、ようやく回復した模様なので日記も再開。明日は午前おーらるの後、午後は進学口述試験です。頑張ってきます。


2月14日(水) 【試験】

 今日は午前中おぉらるだったので、スーツで家を出ました。病み上がりで小雨が降りしきる中スーツを着ると、非常にスーツが重いというか体が重くてたまりません。

 で午前中のおぉらるを経て、午後は進学試験を兼ねた修士の論文審査面接へ。3人の面接官のうち1人は指導教官である○参画先生、もう1人はいつもお世話になっている御大ということは予想がついていたものの、最後の飛び道具である3人目が誰だか全く検討がつきませんでした。結果は法学の先生だったので、まあ僕の論文の内容からすれば妥当なところか。

 最初はかなり緊張して口がカラカラでした。だけど最初の五分程度で要旨を話しているうちに落ち着いてきた感じです。そして後の25分はひたすら先生の質問に耐える。「バカ」とか「ハゲ」とか「死ね!」とか言われたらどうしようと思ったけど、意外に(と言っては失礼だけど)今後に繋がる指摘をもらいつつ突っ込みという感じで助かりました。質問内容も予想の範囲内だったので楽といえば楽だった。よかったよかった。まあ、多分、おそらくは、大丈夫でしょう。

 そういえば、ちょうど2年前の2月14日は大学院入試の口述試験でした。あのときは自分の卒論のダメなところもわからずに、先生に対してむきになったりしてちょっと大人げなかったと今更ながらに思います。インフルエンザで熱があって、あんまり詳しいやりとりを覚えていないんだけど、自分の卒論を棚に上げて会長に食ってかかってた気がするからな。やっぱり自分の論文のどこが穴であるかということを分かっていないとダメですね。そして人の話に耳を傾けて適切な返答をすること。あれから2年経って、そのところは成長したのではないかと思います。

 口述試験後は渋谷の眼科に行き、一旦家に戻って着替えた後、青山まで行って新鮮な食材を使ったレストランで食事。いわゆる自然食材の店で、名前を忘れてしまったけど、すごくいいレストランでした。写真を撮らなかったけど、野菜寿しとか野菜蒸しとか春巻きとかおいしかった。穴場的な場所にあるのでお勧め。


2月15日(木) 【フロム韓国】

 昨日の疲れがどっと出たのか、起きたら昼過ぎでした。昨日は無意識のうちに背筋を伸ばしていたから、寝る直前なんか腰は痛いわ両足はジンジンするわで結構大変だったからね。久々に緊張して朝から疲れていたから仕方がないか。

 さて、今日から3日間は接待。韓国に行ったときにお世話になったボソンの弟が来日しているので、その案内です。彼は韓国でラーメン職人になるため、日本のラーメンを研究しに来たと聞いていました。これは日本のラーメンハンターである僕が行って案内しないわけにはいかないではないか。この日のために新たなラーメン屋を開拓しておいたと言っても過言ではありません。

 実は弟は13日から来日していたのですが、僕が口述試験があって動けなかったために、合流が少しばかり遅れてしまいました。その間はオキ君の家に泊まり、東京を歩き回っていたそうな。昨日の夕方オキ君から「魚介系スープの店を教えてくれ」とメールが来たので、「それなら麺屋武蔵を」と返信したのでした。今日は弟に会ってその感想も聞きたいところ。

 二人と合流する前に、渋谷に出てまずは腹ごしらえ。前から気になっていた「喜楽」へ行ってきました。渋谷の老舗大衆中華料理屋です。ここのラーメンが渋谷で一番おいしいという声も多く、ずっと気になってはいたものの、なかなか足が向かずに今日が初来店になりました。注文はもやし麺(700円)。味は町の中華屋が出す典型的なラーメンです。しかし、その「中華屋が出す典型的な醤油ラーメン」の中では断トツにおいしい。「中華屋が出す典型的醤油ラーメン全国大会」があったら、間違いなくトップ10には入りそうな感じです。油の匂いと塩加減、もやしの味・しゃきしゃき感と麺が一体となっています。ラーメンのトッピングにもやしを使うと、水っぽくなっておいしくないのが常なんだけど、初めてもやしがトッピングとして機能しているもやしラーメンを食べました。もやしだけ別によく炒めてるんだろうね。とにかく、さすが渋谷で長く店を構えているだけのことはあります。もっと早く行っておけばよかった・・・。

   

 喜楽のラーメンに満足した後は、上野へ行ってアメ横で二人と合流。しかし二人の顔色が優れません。どうやら弟は日本が寒くて風邪を引いてしまったらしく、顔が青白くなっていました。韓国と違って日本にはオンドルがないから、夜の部屋が寒いらしい。実は日本人の方が足元の寒さに強いのかもしれません。一方のオキ君は案内疲れで戦意喪失みたいな顔をしていました。昨日は5時間ほどショッピングに付き合わされたらしいです。どうやら弟、一筋縄ではいかないみたい・・・。

 とりあえずどんなラーメンが食べたいのかを聞いてみると、何と魚介系スープオンリーだとか言ってます。「韓国じゃ豚骨や鶏ガラみたいに油っぽいのは一部のマニアにしか受けない」だって。これは大変なことになりました。日本のラーメンって、ほとんど豚骨か鶏ガラを使っているというのに。この時点で案内できるラーメン屋の候補がかなり減ったのは事実です。というか、油っぽいのが好きなマニアで悪かったわね!

 一応昨日の麺屋武蔵の感想を聞いてみると、どうやら残した模様です。どうやらあれでも油っぽいらしい。ということは弟が目指しているのはもはや日本で言うラーメンではないのでは?とか思いましたが、まあそこは百歩譲って、明日お勧めの店を案内することにしました。目的は恵比寿のAFURI。選択肢はそこしかない。

 風邪を引いている弟と、疲れているオキ君と共に不忍池を渡り、寒い中を歩いて根津駅へ。そこから地下鉄で新宿に移動して、早めに飲むことにしました。日本的な居酒屋がいいだろうということで、場所は西口の「十徳」。ここは古きよき日本の居酒屋という感じで、個人的に気に入っているところです。そして十徳でトモ君とも合流し、4人で乾杯。辛子れんこんや揚げだし豆腐と言った純和風料理を肴に、熱燗で八海山をぐいっといきました。寒い日の熱燗はいいねぇ。しかし、果たして弟は喜んでくれたでしょうか?僕は韓国語がわからないので、真相は藪の中です。

 その後仕事帰りのYっさんも合流し、八海山をぐいぐい飲んで気持ちがよくなり、気がついたら11時過ぎでした。ここで今日はお開き。弟は今日もオキ君の家へ。僕は駒場の自宅へ。日本酒を飲みすぎて頭が若干痛いので即就寝です。


2月16日(金) 【眼科と東京見聞録】

 朝9時起床。頭が割れるほど痛いです。久しぶりに日本酒をぐいぐい飲んだから当然と言えば当然だけど、本当に痛くて目も開けられない状態だったので、バファリンを飲んでしまいました。

 今日の午前中は渋谷の眼科へ。水曜日に時間切れで検査できなかったので、今日は本格的な検査です。知っている人もいるかもしれませんが、僕の左目の網膜の裏にはカルシウムがたまっていて、それが邪魔をして視界が一部歪んでいます。この話はいつか詳しく書こうとは思ってますが、簡単に言うと5年前に癌じゃないかと疑われて築地にある国立がんセンターまで行き、そこでの検査で結局はカルシウムがたまる「骨種」で、現在の技術では手術できないけど、害はないから放っておいても大丈夫と言われて一応安心した、という流れです。最初「癌かもしれない」と言われたときには、「おれは目が見えなくなるのか」とか「最悪死ぬんじゃないか」とか酷く落ち込んだ記憶があります。癌(かもしれない)宣告されるというのは想像以上に堪えます。

 そういうわけで5年間過ごしてきたのですが、どうやら5年の間にカルシウムが大きくなって、左目の中心部分の視野までもが歪むようになってしまいました。さすがに中心視野が歪むと恐いもので、「やっぱりこれは何か変な病気なのでは・・・?」と年明け頃から落ち着かない状態でした。そこで意を決して再び眼科に行ってきたのです。しかしまた町医者みたいなところに行って「癌かもしれない」と言われるのは勘弁だったので、今回はきちんとホームページで調べて、外国に留学経験があり論文も多数書いている新進気鋭の医者がいる眼科へ行ってきました。

 今日はまず視野検査をした後、瞳孔を開く目薬を打ってから眼底写真の撮影。そしてその写真を見ながらの医師の説明で、約1時間半かかりました。瞳孔を開く目薬を打ってから瞳孔が開くまで、30分かかるのです。瞳孔が開いているので本を読むことが出来ず、その間は結構退屈です。

 検査結果はやっぱりカルシウムが溜まっているそうで、様子を見るほかないということでした。ただ5年前と違うのは医療技術が進歩したことで、外科手術も徐々にできるようになってきているとのこと。今はリスクの方が大きいけど、10年待てば・・・だそうです。医療技術の進歩ってすごいね。ありがたやありがたや。ただそれとは別に、右目の眼圧が高いということで、目薬を打ちながら少々様子を見てみることになりました。病気の芽は早めに摘んでおかなければ。

 今回説明してくた医師は本当に的確に症状を説明してくれて、さすがに新進気鋭の人だと感心しました。5年前もここに来ていれば、わざわざ癌センターまで行く必要がなかったのではないかと思うと悔やまれます。やっぱり医者選びは重要ですね。帰りには「この写真あげますよ〜」と眼底写真もプレゼントしてくれて、なかなかいい医院でした。

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 検査は昼過ぎに終わり、駒場へ戻って駅でオキ君と弟と合流。今日から2泊はうちに泊まる約束だったので、まずは荷物をうちに置いてそこからラーメンを食べに出かけました。天気もいいし、せっかくだから歩こうかと、家から恵比寿まで旧山手通りを歩いていきました。しかし、瞳孔を開く目薬を打っている僕にとっては天気が良過ぎるのが致命傷で、眩しいったらありゃしません。瞳孔開きっぱなしなので、太陽光がそのまま入って来て目も開けられない状態です。お陰で恵比寿に着いたときには結構ふらふらになってしまってました。普段は意識しない瞳孔の働きに感謝した次第です。

 そして昨日宣言したとおりに恵比寿のAFURIへ。魚介系と言ったら僕の中ではもうここしかありません。弟にお勧めは何かと聞かれたので、「ゆず塩ラーメン」だと答えると、弟はゆず塩ラーメンとトッピングでHOTの食券を購入。僕はゆず塩ラーメンに鶏油のトッピング、オキ君は醤油ラーメン。写真は僕の頼んだゆず塩ラーメン+鶏油。

   

 皆スープまでほぼ完食。弟はこれが日本でのラーメン3食目となるそうですが、初めて完食したそうです。それほど感銘を受けたらしい。食べているときもうんうんと唸りながら食べていたし、オキ君に翻訳してもらったところ「おいしかった。また来たい」ということだったので、相当心に突き刺さる何かがあったのでしょう。確かに僕もAFURIのラーメンは好きです。レベルも相当高い。でも逆に優等生過ぎて何かパンチが欲しいとも思います。おいしいんだけど・・・という感じ。この辺が日本人と韓国人の味覚の差かもしれないけど。

 ラーメンを食べたあとはひたすら東京観光。まずは渋谷に戻ってスクランブル交差点の写真を撮り、なぜかHMVの写真を撮りたいと言うのでセンター街へ行ってぶらぶら。弟は日本人の格好が珍しいのか、なぜか道行く日本人の写真を取り捲りでした。しかも前から取る勇気がないので、後ろからばかりで、下手すると盗撮に間違えられかねません。挙句の果てにはホストの集団を撮ろうとしていたから、それはやめてくれと懇願しました。

 渋谷のあとは地下鉄に乗って靖国神社へ行き、そこから皇居の周りを歩いて皇居へ行き二重橋を見物、そして東京タワーへ行ってきました。下で待っているというわけにもいかないので、1年振りに東京タワーに上ってきましたよ。夜景は確かにきれいだった。

   

   
   <六本木ヒルズ(左)と遠く新宿方面(右)>

 東京タワーの後は再び渋谷に戻って夕食。回転寿司が食いたいというので、センター街の築地本店へ行ってきました。全て一皿100円の有名店ね。100円の割にはネタがいいので、費用対効果は抜群です。しかし弟のためにウニを注文したというのに、お口に合わなかったらしく、オキ君に「こんなまずいもの食わせやがって」とか言ったらしいのです。おいおい普通そんなこと言うか?この一件で僕とオキ君は悲しくなるとともに、一緒にいるのが馬鹿らしくなりました。一言で言うと彼はわがまますぎるのです。せっかく寿しに連れてきたのに、ハムとかカイワレとかばっかり食べてて、何のために連れてきたんだろうかと虚しくなりました。白子とか大トロとかあん肝とか高級なものを食べさせてあげようと思ったのに。仕方がないから一人で食べたじゃないか。(おいしかったからいいけど)。

 食事後はみんなで我が家へ。弟がネットをしたいというのでパソコンを貸したら、4時間ぶっ通しで使ってました。しかもいつの間にか韓国語入力ソフトがインストールされている。いつの間に・・・?もう僕はお手上げです。君は何をしに日本に来て、しかも友達の家に泊まっているのかね?と言いたい。友達に家に泊まる時は、友達と語らうのが普通じゃないのかね?、と。韓国人はマイペースで気を使わないというし、国民性だからそれが悪いとは思いません。でも「郷に入れば郷に従え」じゃないけど、日本に来たときは遠慮というものを覚えて欲しいなぁと日本人の僕は遠慮がちに思いました。まあ「郷に入れば郷に従え」と言う考え方自体、日本的なのかもしれないけども。

 彼が眠いと言ったので、11時過ぎに布団を引いて就寝。完全にペースに飲まれている・・・。


2月17日() 【今日は家にいたい】

 9時過ぎ起床。僕は今日どうしてもやらなければならない仕事があったので、オキ君には申し訳ないけれども弟と行動はオキ君に全て任せることになってしまいました。本当にすまんね。彼らは11時過ぎにうちを出発したので、僕は一人の時間を利用して掃除をした後、頼まれている論文のまとめ。昼は大田屋で弁当を買ってきて質素に。

 6時過ぎに二人が帰ってきて、そこからビールを飲みながらコンビニで買ってきた夕食を食べ、テレビを見ていました。もちろん弟はネット。二日目だけどもう慣れてしまったのが恐ろしい。どうやら二人は今日やることがなくて、渋谷の漫画喫茶で5時間を過ごしたそうです。改めて言おう。彼は一体何をしに日本にやってきたのだろうか・・・。

 弟のネットが終わって、寝たのが12時。弟さんは明日の午前中の飛行機で韓国に帰ります。


2月18日() 【さようなら、弟】

 6時半に起きて、7時過ぎにオキ君と弟を送り出しました。しとしとと雨が降る中、とりあえず最寄駅へ。本当なら成田空港まで見送りに行くところだけど、行く気が全くなくなってしまったのでここでお別れです。さようなら、弟。オキ君はこの後しぶしぶ成田空港まで行ったそうで、本当にお疲れ様と言いたい。彼は13日からずっと付きっ切りで世話をしているわけで、僕なんかの数倍大変だったはずです。今回のMVPはオキ君、あなたです。本当にお疲れ様。今度奢らせて。

 彼を見送ったあとは一人になった我が家で論文の整理などなど。あぁ、落ち着く。


2月19日(月) 【またご無沙汰】

 またまたご無沙汰していました。更新が遅くなって申し訳ない。とりあえず詳しく更新しましたが、ダイジェストで言うと、オキ君と共に韓国から来たボソン弟を案内したり、眼科へ検査へ行ったりしていました。写真つきでアップしたので興味がある方はどうぞ。今週末は正直疲れた・・・。

 今日の日記は特に内容なし。論文をまとめたり買い物に行ったりして一日を過ごしました。何にもないと日記って本当に簡素になりますね。それだけ平和だという証拠なんだろうけども。

 さて、明日・明後日と群馬の四万温泉に行ってきます。初の部屋付き露天風呂&食事部屋出し、大変楽しみであります。1泊2食つきで2万円なんて、生まれてこのかた泊まったことがありません。学生の身分でそんなところに泊まって何を考えているのだという声も聞こえてこないこともないですが、最初で最後の贅沢だと思ってのんびりと羽を伸ばしてきます。では!


2月20日(火)〜21日(水) 【四万温泉へ行く】

 旅行記のページをどうぞ。


2月22日(木) 【スパイスガーデンのカレー】

 昨日の夕方、四万温泉から帰ってきました。いやー、本当によかった。初めての部屋付き露天風呂を見て感動し、それ以外にも自由に入れる貸切露天風呂が5つもあるのに感動し、本当にチェックインからチェックアウトぎりぎりの時間まで温泉に入りっぱなしでした。温泉に泊まりに行ってこんなに温泉三昧したのは初めてです。目の前に広がる渓流を眺めながら露天風呂につかることがこんなに極楽なことだとは思ってもいなかった。四万温泉自体も自然豊かでのどかな場所で、散策しながら羽を伸ばすにはもってこいでした。特にバスクリンでも入れたかのようなスカイブルーの水を湛える奥四万湖は必見。あー、また行きたい。詳しくは旅行記を書きます。

 今日の夜はカレーが食べたくなったので、道玄坂上にあるスパイスガーデンへ。テイクアウトでバターチキンカレーを買って食べました。そしたらこれがめちゃくちゃうまかった。かなり甘めだけど、くせがないのでどんどんいけます。この前食べたベジタブルカレーもよかったけど、個人的にはこっちが好み。

   

 いや、これははまりそう。


2月23日(金) 【お忙しい】

 東京は雨が降っているというのに、コートを着ていると汗が出てくるくらい暖かい。街を歩いているともう春の匂いがします。

 今日は午後学校へ。とある書類に指導教官のコメントとサインが必要なので、今週の頭に「今週末お時間がある日はありませんか?」と先生にメールをしたものの、返信が返ってきませんでした。気を落ち着かせて待っていたものの、書類の締め切りが27日なのでもう待てません。なのでアポなしで先生の研究室へ行ってきました。もしかしたら海外出張かなんかでいないのか・・・?と思っていたんだけど、研究室に行ったら普通にいらっしゃるじゃない。とりあえず書類を渡せて、27日までに提出できる目処がついたのでよかったことはよかった。問題のメールの返信がなかったのは、「最近忙しくて・・・」らしいです。そうですか、お忙しいのですね。お体にお気をつけください。

 その後渋谷まで出て、駅のみどりの窓口へ行き、明日・明後日使う「土日きっぷ」を購入。昨日の夜、土日に旅行がしたくなって居ても立ってもいられなくなったので、その勢いで土日きっぷを買ってしまいました。ついでに指定席も予約。明日は長野・松本へ、明後日は会津若松・喜多方へ行ってきます。

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 夜、フジテレビで11時半からやっている「僕らの音楽」を見る。今日は椎名林檎とイチローが対談しています。何という組み合わせか。実は僕は椎名林檎のファンで、その対談の相手がテレビ嫌いで有名なあのイチローなので驚くと同時に楽しみでした。二人とも才能と努力が同居している人間なので、僕としては非常に羨ましい。ちなみにTVでも歌った椎名林檎の「ギャンブル」という曲の「中目黒駅のホームに立って居たら 誰かが急に背を押したんだ本当さ」という部分が好きです。僕はこれを浪人中に聞いて「中目黒とはどういうとこだろうか」と思い、上京後実際に中目黒駅に行ったくらいだから。いい思い出。

 しかしトークは完全にイチローのペースだ。偉そうに語るイチローに、椎名林檎が飲まれてる。


2月24日() 【土日きっぷの旅 1日目】

 いずれ旅行記を書くとして、とりあえずダイジェストで。朝5時に起き、6時半の新幹線あさまに乗って長野へ。長野で善光寺と川中島の戦い古戦場を見て、昼過ぎに松本へ移動し、松本城、開智学校、蔵の街並みなどなどを見物してきました。昼食は善光寺門前の老舗信州蕎麦屋で10割そばを、夕食は松本の老舗田楽屋で田楽定食を食べてきました。どちらもネットでの前評判通りおいしかった。そして夕方6時半の松本発特急あずさに乗って9時過ぎに東京に戻ってきた次第です。朝も夜の今も東京の我が家にいるので、日中は長野や松本にいたのが何だか不思議な感じがします。新幹線・特急乗り放題の効果はすごい。

 ただ信州の寒さと歩き過ぎで少々疲れました。明日は始発の新幹線で新潟へ行き、そこから会津入り。もっと寒さが厳しいだろうから完全防備で行ってきます。明日の朝も早いので、この辺で。おやすみなさい。


2月25日() 【土日きっぷの旅 2日目】

 今日は4時起床。6時過ぎの新幹線ときに乗って新潟へ。新潟についてすぐに快速あがのに乗り換え、まずは福島県の喜多方へ行ってきました。喜多方では喜多方ラーメンの店を2軒はしごして、その後、蔵の街並みをぶらぶら。ラーメン連食はやっぱり堪えます。それから昼過ぎに会津若松に行き、鶴ヶ城、武家屋敷、飯盛山、野口英世青春通りなどなど。会津若松では白虎隊はヒーローなんですね。そして今でも長州は敵なんですね。とりあえず長州を代表して謝ります。すみません。夕食は有名な会津蕎麦屋で、生ビールとともにこれまた会津名物の鰊の漬け物と特製そばを食べてきました。とてもおいしかったけど結構高かった・・・。その後は郡山、福島なんかをチラッと見て、11時に渋谷に戻ってきました。今日も中身が濃い旅になったと思います。

 この二日間で、土日きっぷがかなり使えるものだということがわかりました。今まで何故気がつかなかったのか。非常に悔やまれます。18切符の旅もいいけど、肉体的な負担と時間の有効利用を考えると、土日きっぷは比べ物になりません。問題は値段と制限された移動範囲か。北東北にも行けるんだったら本当に使えるんだけど・・・。

 楽しい旅でしたが、年末の北陸旅行から駆使してきたためか、右足の膝がおかしくなってしまいました。多分歩きすぎだろうけど、階段の下りが本当に辛い。10段くらい歩いたら右足が痛くて固まってしまう状況です。ちょっと様子を見てみるかな。


2月26日(月) 【受験の季節】

 二日連続の早起き日帰り旅行はやっぱり疲れるもので、今日は起きたら11時過ぎでした。今日の昼はみしまでたこ焼きや焼きそば、お好み焼き。二人でこれだけ頼んでも1000円いかないので、ついつい昨日の蕎麦屋と比べてしまいます。かなりおいしい蕎麦だったこともあるけど、蕎麦単品で1300円だもんね。ビールと鰊漬けを頼んだら2000円超えてしまったもの。

 その後ちょっと学校へ。今日は二次試験の二日目で、構内には二重に立入規制が敷かれていたものの、研究棟に用があるついでに構内を歩いてみました。学生はもしかしたら歩いたらいけなかったのかもしれないけど、警備のおじさんに聞いてみたら「今日は原則立入禁止という通達があったけど、学生証を見せてくれたら通ってもいいよ」ということなので、研究棟へ行くついでに試験が行われている12号館あたりを歩いてみました。そしたら間近に見える受験生達。教室で一生懸命入学試験を受けています。時間的には多分英語だったのかな?3人に1人しか合格することはできませんが、努力の成果が報われるといいですね。

 学校でサクっと用を済ませた後は帰宅していろいろと作業。先週は結構遊んだから、平日はやらないと。。


2月27日(火) 【留年のピンチ】

 今日はいろいろと大変な一日でした。。

 朝10時、奨学金の返還免除書類を書いていると、大学の電話番号から電話がかかってきました。誰だ?と思って出ると、何と教務課から。教務課が電話してくるとはこれ如何に・・・?と思って話を聞いていると、今修士修了者の修了単位を計算しているんだけど、あなた修了単位に2単位足りないんですよね、といきなりそういう話をされました。これはもうびっくりです。。ちょっと待て、なぜ足りないんだ?ちゃんと計算して履修したはずだぞ?と言って確認を求めてみるものの、説明を聞いてみるとやっぱり足りないらしい。ややこしいので詳しい話は省略しますが、どうやら履修した単位が認められる条件を僕が勘違いしていたみたいです。だから取得単位は32単位あるけど、修了単位として認められるのは28単位で、修了要件の30単位に2単位足りないよ、と。できれば実際に確認してほしいので、教務課に来てくださいということで電話が切れました。

 電話を切った僕はさすがに血の気が引いてしまいました。修論も提出し、博士進学の書類も出して試験も受けたので抜かりなし、と思っていただけに、単位が足りないなんてまさに青天の霹靂です。あぁ、留年なんかな。留年したら金とかどうするんだろ。また修論書くなんて考えただけでも鬱になるわ・・・と、頭の中がぐるぐるパニック状態になりながらも、急いで教務課へ。こういうとき家が近いと非常に楽です。

 教務課では電話してきた職員さんが成績表を見ながら説明してくれました。説明された修了要件だと、どう見ても2単位足りません。あぁ、もう終わりか?と思っていると、職員さんが「この未受験の科目がありますよね。これって授業とか出てました?もし出てたなら、先生に頼めば何とかなるかもしれません」と救いの手を差し伸べてくれました。僕の成績表には未受験の科目が3つあって、そのうち2つは完全に単位を放棄したし、その担当の先生とも最近会ってないので頼みにくいものがあります。ということで、残りの1つにかけるしかありません。残りの一つは幸か不幸か指導教官のゼミで、一応ゼミには出てたものの、最終レポート出さなかったものです。これはまだ望みがあるかも・・・と思い、すぐにアポ無しで先生の研究室へ。まあ(僕にとって)緊急事態だし、今日の午後会う予定になっていたからアポ無しでもいいだろう。

 幸い先生はいらっしゃって、事情を話すと「それは大変だ!」ということになりました。そこで「この未受験の科目は先生のゼミなんですけど・・・」という話を恐る恐る切り出すと、「わかったわかった。それで何とかなるなら成績変えてあげるよ」ということになりました。あぁ、何とか助かった。先生、本当にありがとうございます。今日は先生に後光がさしているように感じます。何度もお礼を言って研究室を後にし、再び教務課へ行くと「さっき○△先生から電話があって、成績を差し替えるそうですからもう大丈夫ですよ」と安堵の言葉を聞くことが出来ました。先生、今日は仕事が早い。重ね重ねありがとうございます。

 というわけで、留年のピンチを何とか乗り切ることができました。奔走したのは高々1時間程度だったけど、血圧上がりっぱなしで心臓が痛くなるほどの長い長い1時間でした。やっぱり単位要件はきちんと理解しておかないといけませんね。「これで大丈夫だろう」という過信は禁物。あといざと言う時のために未受験科目を作っておくことが重要だということがわかりました。それも指導教官のだとベスト。いや、本当は単位取っとけって話だけど。今後気をつけます。

 12時前に家に帰って、再び奨学金返還免除の書類作成。二時間のロスがあるので非常に痛いです。それでも何とか2時前に書ききって、再び○△先生の研究室に行き、先生の推薦書を書いてもらいました。書いてもらっている間、少しだけ今後の話を。博士課程に進んだらこういう方向性もあるんじゃないか、というような話だったので、多分上に進めないということはないでしょう。あと、ここでもさっきの件に関して深々とお礼。今日ほど先生に対して心から感謝したことはありません。推薦書を書いてもらった後は図書室で申請書を清書して、何とか4時過ぎに提出することができました。あーよかった。

 とりあえず山を乗り越えたので、ご褒美にと山手へラーメンを食べに行ってきました。この前マルコフと一緒に行ったときは「もう山手は終わったな・・・」というくらいまずかったので、もし今日もまずかったら今後1年間は行かないという決意を胸に行ってきました。にんにくラーメンを食べてみると、今日はまあまあおいしかった。5年前とかに比べるとやっぱり味は落ちてるけど、最近ならこれで及第点でしょう。山手は僕の学生生活の大きな一部なので、これからも是非とも頑張ってほしいところです。

 しかし、今日は本当に疲れた。。


2月28日(水) 【2月最後】

 昨日の件に関しては、いろいろな人から反響をいただきました。どうもありがとうございます。

 今日は一日中家で作業。修士から博士になるこの時期は、実質最後の春休みであるとともに、博士に進んだときのための蓄えをしておく絶好の時期でもあります。勉学・研究のために無理をしてでも早めに日本全国を見て回るという目標を立てたので(それは趣味とか遊びだろう、という突っ込みもあろうかとは思いますが・・・)、旅行と研究のバランスが難しいところですが、3月一杯はうまく両立させていきたい。トセイの論文、というか報告書もできれば3月のうちに書いてしまいたいし。

 夜は最近お気に入りのスパイスガーデンへ。今日はテイクアウトではなく店で食べてきました。この前食べてそのおいしさに唸ったバターチキンカレーをナンで。家で落ち着いて食べられるテイクアウトもいいけど、やっぱり焼きたてのナンを暖かいカレーに浸して食べるのは格別ですね。

 2月も今日で終わり。早い1ヶ月だった。マルコフ教祖がうちに泊まってたのがはるか昔のことのように思えます。


モドル

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