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東京見聞録  
2007年8月8日(水) 二日目   <熊野(松本峠と鬼ヶ城を歩く)、太地(くじら博物館、くじら料理)>


熊野古道 松本峠と鬼ヶ城>

 朝5時、起床。というか目が覚める。久しぶりに爽快な目覚めです。昨日は7時半に寝てしまったので10時間近く寝たことになりますが、それでもまだ朝5時。日は昇り始めたばかり。

 さて、今日の予定は朝5時にホテルを出て始発の電車に乗り、朝から熊野古道をハイキング!ということにしていました。が、昨日一日歩いてみてあんまり予定を詰めすぎるのはよくないとわかったので、熊野古道ハイキングの予定はキャンセルして、8時くらいまでホテルでだらだらするつもりでした。しかし幸か不幸か5時に目が覚めてしまった。それなりに体力も回復している。僕は悩みました。せっかくここまで来たのだから、熊野古道を散策すればいいのじゃないか。でも予定を詰めすぎると疲れてしまうんじゃないか。。結局電車に間に合うギリギリの時間である5時25分まで悩んで、熊野古道を散策することに。もし今日を逃したら、一生歩くことがないかもしれないじゃないかと。そうと決まればさっさと準備をして、5時30分にホテルをチェックアウト。尾鷲港から上がる朝日が眩しい。


<尾鷲港からあがる朝日>

<朝の尾鷲港>

 5時50分発の電車に乗るべく、やや急ぎ足で尾鷲駅へ。駅までは緩やかな上り坂で、これはまずいとペースをあげて、やや小走りで駅を目指しました。遠くに駅が見えてきた時点で、時刻は5時47分。これはまずいな・・・とさらにスピードアップすると、遠くで駅員さんが「この電車に乗るか?」みたいなジェスチャーをしています。僕も大きく頷いて待ってくださいをアピール。結局駅員さんの助けもあって、無事に電車に乗車。よかったよかった。

 今日の最初の目的地は三重県南端の熊野市。尾鷲からは電車で45分の距離です。電車から朝の熊野の風景を眺めつつ、6時36分に熊野市駅着。今日の朝はこの熊野市を起点にして、松本峠という熊野古道・伊勢路の一部を歩きます。早朝を選んだ理由としては、人が少ないというのもあるけど、この時期朝じゃないと暑くて歩けないと思ったから。事実、朝でもかなり暑かったので、日中に歩いていたらと思うと、考えただけで汗が噴出してきます。


<熊野市駅 今日も暑くなりそうだ>

<記念通商店街>

 朝食をまだ食べてなかったので、駅前の弁当屋でめはり寿司とさんま寿司を購入。朝早くからやっていて助かりました。僕は特にこの地方のさんま寿司が好きなので、食べるのが非常に楽しみです。

 重い荷物を駅のロッカーに預け、早速散策開始。駅前の「記念通商店街」を抜けて松本峠の入り口へ。何を記念した商店街なのかは分からずじまいだったけど、個人商店が多く並んでいてなかなか繁盛してそうな様子です。その記念通商店街を抜けて松本峠の入り口に差し掛かり、ここからはちょっとした登山に。

 松本峠は標高135mで、高さとしては大したことがありませんが、朝とはいえ夏真っ盛りなので、登っている最中に汗がだくだくと出てきました。あと市街地のそばにあるのに、少し足を踏み入れただけでここまで風情満点になるのも驚き。苔むした石畳が往時の熊野古道を偲ばせます。国道や鉄道が開通する以前、熊野に向かう人は必ずこの松本峠を通らなければならなかったらしい。昔の人は難儀をして移動したんですねぇ。

 松本峠に到着して、ちょっと休憩。峠には昔からいらっしゃるという地蔵様とともに、観光客用の書き込みノートが設置されていました。ノートを見てみると、昨日の夕方に一人でやってきたという女性が一人。古道・夕方・女性・一人という条件が揃うと、何だか風情がありますね。


<石畳の熊野古道>

<その2>

<松本峠>

<峠におはすお地蔵様>

 松本峠からは古道からはずれ、鬼ヶ城方面へ。途中に眺めのいい東屋があったので、そこでさっき買っためはり寿司とさんま寿司を広げて朝食兼休憩にしました。この東屋からは熊野に広がる七里御浜が一望できます。これが絶景。松本峠に行く途中からも見えるので、昔の人もこの景色を見て、「あぁ、これでここから先は山越えしなくていいんだ」と安心したことでしょう。弓状の海岸線が素晴らしい。そしてこの景色をみながら食べるめはり寿司とさんま寿司が何ともまた。。やっぱりさんま寿しはうまいわ。一日三食さんま寿しでも構わない!


<東屋から眺める七里御浜>

<めはり寿しとさんま寿し>

<熊野市街を望む>

 東屋から鬼ヶ城跡を経て海岸沿いまで降り、もう一つの見所である鬼ヶ城へ。ここはいわゆる海岸沿いの浸食された地形が有名なところで、そのような地形が約1キロにわたって続いています。ここが志摩半島のリアス式海岸の最南部で、ここを境に先は七里御浜のようななだらかな海岸線に変わるそうです。

 鬼ヶ城には海岸線ぎりぎりのところに遊歩道が整備されているので、そこを歩いてみました。迫力ある岩肌がどこまでも続いているように見える様は圧巻。月並みな感想だけど、長い年月をかけてこのような地形を作り出してします自然の力はすごい。ちなみにこの遊歩道、上り下りが結構あるので、1キロといってもなかなか距離があるように感じます。さらに滑りやすく地面もごつごつなので、ハイヒールとか底の薄いスニーカーとかでは行かない方が無難かも。歩いている途中に遠くから雷鳴が聞こえてきて、ちょっと恐ろしくなりました。


    

        

 鬼ヶ城を抜けて、これで松本峠と鬼ヶ城の散策は終了。あとは駅に戻るだけですが、戻る前に七里御浜に寄ってきました。松本峠から見た七里御浜はさらさらとしてそうだったけど、実際浜を歩いてみると砂というよりは小石が多く、裸足で歩いたら足ツボを刺激されて気持ちよさそうです。あと近く熊野花火大会が行われるらしく、海岸には既に場所取りのテープが。場所取り禁止って書いてあったような気がするんだけど。。


<七里御浜から松本峠と鬼ヶ城を眺める>

 こうして無事に熊野古道(の一部の)散策は終了。9時ちょうどと、思ったよりも早く駅に戻ってくることができました。ただ次の電車まで1時間ほど時間があったので、もう少し熊野の見所を散策。歩いて10分ほどのところにある獅子岩を見物。「日本のスフィンクス」と呼ぶ人もいるとかいないとか。。確かにその横顔は獅子にもスフィンクスにも見えないことはありません。鬼ヶ城のように連続して奇岩が続くのもすごいけど、獅子岩のようになだらかな海岸に突如奇岩があるのも存在感があります。


<獅子岩>

<山には雲がかかる>

 熊野市発9時54分の電車に乗ってさらに南下し、いよいよ和歌山県に突入。10時25分、終点の新宮に到着。ここでさらに南下するべく乗り換えですが、電車の接続が悪く、30分以上も待ち時間があります。こんなに接続が悪いのは、きっとJR東海と西日本の仲が悪いからに違いない。新宮以北はJR東海の管轄で、新宮以南はJR西日本の管轄になってます。東海と西日本は新幹線でもあんまり仲良くないし。できることなら利用者優先でダイヤを組んで欲しいと思います。

 30分以上の時間がありますが、新宮は過去2回も訪れていて見所は既に見終わってしまっている上に、朝のハイキングで結構疲れたので、クーラーのない待合室で扇子を仰ぎながらぐったりと待つことにしました。しかし新宮に来るのも3回目だから、何だか「戻ってきたー」という感じ。知らない町だとやっぱり緊張してしまう。

 11時1分、新宮駅発の紀伊田辺行きに乗車。車窓に広がる熊野灘が眩しい!


<新宮駅>

<車窓に広がる海>

<くじらの町 太地>

 11時23分、紀伊勝浦駅着。この電車はここで20分近く停車するので、この時間を利用して紀伊勝浦駅のロッカーに荷物を預け、観光案内所でこれから向かう太地町の資料を入手してきました。そして電車に戻ってみると、何と電車が小学生の集団に占領されています。2両の電車の座席が全て小学生。さっきまではがら空きだったのに・・・。どうやら彼/彼女らは海水浴か何かに来た帰りらしく、連れ添いの先生に弁当を配ってもらい、車内で一斉に弁当を食べだしました。クロスシートの座席ならまだしも、この電車はロングシートなのに・・・。電車の中に漂う弁当のにおい。勘弁してくれよ。だいたい引率の先生も一体何を考えているのか?電車の中は食事場所じゃないぞ!まあでも目的の太地までは2駅7分なので我慢。大人は我慢。大人は我慢・・・。

 11時48分、太地駅着。太地は捕鯨の町として有名で、駅からくじらだらけになってます。見所は駅から少し離れたところにあるので、駅から町営バスに乗ってくじらの博物館へ。


<太地駅1>

<太地駅2>

 早速 くじらの博物館 へ。外観は新しそうに見えますが、建物自体や展示物は結構年季が入ってます。特に文字による説明の看板は僕が小さいころ見ていた子供向け百科事典の図みたいな感じ。古きよき昭和50年代っぽい。あと一階ではくじらの肉を売っていたのもあってか、館内全体が漁港のような臭いがします。とは言え、展示物はなかなか充実していて、髭くじらと歯くじらの区別も知らなかった僕にとってはなかなか興味深いものでした。例えばくじらの年齢は耳垢にできる年輪で測るとか。すごいところで測るもんだ。あとは実物展示されている胎児や睾丸、ペニス達。さすがにくじらだけあって、一つ一つが大きい。他にも太地の捕鯨の歴史が解説されていたり、太地としては国際捕鯨委員会の捕鯨禁止に反対ですという主張があったり、勉強になります。


 <くじらの博物館外観>

<くじらの骨レプリカ> 

<昔の太地町の捕鯨の様子>

<古きよき説明版>

<くじらの耳垢>

<くじらの胎児>

<くじらの睾丸 でかい>

<くじら漁の様子>

<くじらに撃ち込む銛>

<捕鯨船の模型>

 僕の故郷下関も、昔は一大捕鯨基地として栄えていましたが、太地の捕鯨と違うのは、下関の捕鯨が大規模な商業捕鯨だったのに対して太地は古式捕鯨で細々とやってきたということでしょうか。太地では今も捕鯨禁止の対象となっていないくじらを獲っているそうです。個人的には生活に根付いた捕鯨だったら許されてもいいとは思うんだけど。

 館外には世界最大のシロナガスクジラの標本が設置されているということだったので、それはこの目で是非見ておきたいと思ったのですが、説明ポスターをよく見てみると下関市からお借りしたということだったので、あぁ長府の水族館にあったあれかと。なので見に行くのはやめました。思わぬところでいろいろと繋がっているものです。

 さて、1時を過ぎたので昼食の時間。太地に来たのだから、昼食はくじらを食べたいところ。太地にはくじら料理を出す店がたくさんあるそうですが、無難に「国民宿舎白鯨」のレストランへ行ってきました。くじら博物館からは約600m。途中プライベートビーチとも思えるような、綺麗な海岸があったので写真を一枚。あぁ泳ぎたいわ。。

 国民宿舎について、早速昼食。僕以外に一組の家族しかいなかったのが気にはなりましたが、眺めのよい席に案内してもらい、くじらカツ定食を注文しました。小学校のときによくくじらが出てたけど、当時の学校給食に出てくるくじらは何年も冷凍していたようなもので本当においしくありませんでした。でもここのくじらは新鮮でおいしかった。感覚としては少しだけ血生臭い鶏肉みたいな感じかな。ちょいと固い。よくわからんけど。僕は牛肉のほうがおいしいと思う。


<きれいなビーチ>

<くじらカツ定食 1500円>

 昼食後は再び博物館周辺に戻って、保存されている捕鯨船を見学。しかしここはクーラーすら効いていないので、中は蒸し風呂状態で、じっくり見学することができませんでした。暑すぎる。


<保存されている捕鯨船>

<捕鯨船内部>

 博物館を見てくじら料理を食べたら、一通り見るものは見たことになるので、このまま遊覧船に乗って勝浦港まで。「紀の松島」と呼ばれる風光明媚な景色でも眺めながら勝浦まで戻ろうかと。ただし左側に座った僕は座る位置を間違えたみたいで、右側に座った方が景色がよく見えたのでした。仕方がないので遠目で観察。まあ、本物の松島を知ってしまうとちょっと物足りないかも。松島の釣鐘島に似た島もあったけど、どうも見所はそれくらいっぽかった。


<遊覧船くじら号>

<紀の松島>

 太地から勝浦まで約15分のクルーズを楽しみ、2時に勝浦港に到着。

<色川地区へ>

 さて、勝浦に着いたことで、今日立てていた予定は全て終了してしまいました。あとは5時半のバスに乗って、今日泊まる色川地区へ向かうだけです。本当はもうちょっと太地で時間が取られる予定だったんだけど、思ったよりも早く見終わってしまったし。ということで、このぽっかりと開いた3時間半はいろいろと買い物をしたりして過ごしました。ちなみにこの辺からは去年の夏の旅行記を見てもらうと位置関係や説明なんかが分かりやすくなると思います。

 まずは紀伊勝浦駅の近くにあるパン屋「コッペ」へ。ここのパンが去年買ってとてもおいしかったので、今年も買って行って明日・明後日の朝食にしようかと。サツマイモパン、タマネギパン、国産小麦パンをそれぞれ3分の1斤くらいずつ購入しました。ここのパンは材料に変なものを使ってないのでそれもとても好感が持てます。

 次に海岸近くの「まさや」に行き、さんま寿司を2パック。ここのさんま寿司も以前買っておいしかったので、明日・明後日の朝食にでもしようかと。店のおくさんと話をして色川に向かうなどと話をしていたら、鯖の押し寿司をおまけしてくれた上に料金までまけてくれました。どうもありがとうございます。

 ここまで用を済ませてしまうともう勝浦に用はないので、電車に乗って隣の紀伊天満へ。ここから歩いてスーパーのAコープへ行き、いろいろと買い物しました。そして歩いて隣の那智駅へ。今日も一日歩いて汗もかいたことだし、駅に併設されている温泉「丹敷の湯」に入ることにしました。ここは駅の側だというのにあまり人がおらず、なかなかの穴場です。まあ、入浴料が600円でちょっと高いけど。


<丹敷の湯>

<海が見える温泉>

 温泉にじっくりと浸かり、1階にある交流センターで色川茶を飲んでまったりとし、5時半のバスに乗車。6時過ぎに口色川地区に到着し、迎えにきてくれたすのさんと共に3月にもお世話になったHさんの家へ。今日から最低2日間はHさんの離れのすのさんの住まいに泊まります。

 Hさんのお宅に行く途中、すのさんの知り合いの地域の方が何人かいたので少し話。水道のホースがうまく繋がってないから水が使えないというオバサマがいて、その修理作業を見てみることに。ここはいわゆる上水道が通っておらず、水は山から自分で引いてこなければいけません。だからホースが壊れたり破れたりすると、自分で修理する以外に道はないのです。結局この日はうまく修理できなかったみたいだけど、何だか大変だ。。


<日が暮れる前の口色川>

<夕暮れの口色川>

 Hさん宅に到着して、お久しぶりですまたお世話になりますの挨拶。荷物を下ろして一息ついたところで夕食になりました。今夜は大きな貝(名前忘れた)と天然鮎の塩焼きをメインに、Hさんのお母さんやすのさんが作った料理が所狭しと並ぶ豪華な食卓。貝は名前を忘れてしまったけど、味が濃厚で本当においしかった。貝の汁がこれまた絶品。鮎も天然だけあっておいしい。いやー、恐縮です。やっぱり七輪で焼くと味が違う。


<貝>

<鮎>

 あとは珍しいところで「ハチノコ」を食べたのだけど、これが意外とおいしかった。アーモンドのようなコクがあって、少しクリーミーなのです。その形状から好き嫌いが分かれるそうですが、僕はなかなかいけるんじゃないかと思います。

 そして空を見上げると無数の星。やっぱり空気が綺麗で明かりが少ないところの醍醐味はこれですね。でもこの日の星はいつもに比べて少ないんだとか。となると綺麗に晴れ渡った日の夜空が楽しみ。

 ということで、この日は疲れていたのもあって、夕食後歯を磨いてすぐ寝てしまいました。11時前就寝。


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