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北京・西安調査 3  
2009年11月4日(水) 三日目   <北京(中国社会科学院、北海公園、景山公園、羊のしゃぶしゃぶ)>


<社会科学院で聞き取りをし広東料理を食べる>

 7時半起床。昨日の妙な疲れが残っていますが今日も北京は良い天気です。朝食を取るべく1階へ行き、初めて洋食風の朝食をとりました。中国のホテルの朝食には中華と洋食(と場合によっては和風)があることが多いですが、今まではせっかく中国に来たのだからとずっと中華風のおかずを選んでいました。白人がパンやポテトなどの洋風のものを取るのを見て、何でこの人たちはわざわざ他の国まで来て、自分の国の食べ物を食べるのだろうかと不思議に思っていたくらいです。旅行の楽しみが分かってない!と。しかし、ここに来て白人の気持ちが分からんでもないと思うようになりました。やっぱり毎日中華だと飽きる。日本人にとっても中華よりはパンやスープの朝食の方が慣れ親しんでいるわけで、パンを食べると何故だかほっとします。あんまりムキになって、その土地のものを食べようとするよりは、自分が食べたいと思うものを食べればいいわけですね。ということで、今日はパンに目玉焼きとベーコンを乗せ、ジブリ作品に出てきそうなものを食べました。ああおいしい。


<今日は洋食>

<いわゆる「ラピュタ食い」をする>

 調査二日目は中国社会科学院での聞き取り。政府直属の研究所で、日本風に言うと「国立社会科学研究所」といったところでしょうか。国の最高研究機関なわけで、いい話が聞けるのではないかと期待して向かいました。8時45分にホテルのロビーに集合して、地下鉄に乗って二駅の建国門へ。


<建国門駅>

<建国門近く>

 建国門駅から少し歩くと、中国社会科学院の大きなビルが見えてきます。さすがに国直属の研究機関だけあって建物も立派。13階にある農村発展研究所の会議室で、2時間ほど聞き取りをしてきました。昨日の中国農業大学での聞き取りよりは随分内容のあるものだったと思います。やっぱりね、政策で皆が幸せになるなんて桃源郷みたいなことはないわけです。しかし、会議室に「共産主義頑張ろう」みたいなスローガンがどーんと貼られているのが中国っぽい。


<中国社会科学院入り口>

<なかなかのビル>

<スローガンがある会議室>

<13階の会議室から見える街並み>

 12時からの昼食は、隣の長安大戯院の二階にある、「潮好味海鮮酒楼」という広東料理の店で、中国社会科学院の方々を交えて。


<長安大戯院2階の潮好味海鮮酒楼>

<大人数でテーブルを囲む>

 相手との交流ということで、今日の昼もものすごい量の食事が出てきました。毎日これでは胃の消化能力が追いつきません。しかし、「食は広州に在り(食在広州)」という言葉があるように、食事自体はおいしかったと思います。C2の素材は何か分かりませんが、食べるとすっぱいコーヒーゼリーのような味がします。B5はアワビの出汁のスープで食べる巨大マッシュルームで、余ったスープにご飯を入れて雑炊風にすると(C5)また美味しいです。アワビの濃厚な味がご飯と絡んで何とも。。しかし、広東方面の名物であるべきデザートのエッグタルトは(C6)残念ながらイマイチでした。出来たてだったけど、何か違う。この前嘉興のワークショップの休憩中に食べたエッグタルトの方がおいしかった。

ABC
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6

 結局この昼食にも時間がかかり、1時40分頃終了。くるくる回る高級料理はたまに食べるなら嬉しいですが、毎日昼夜とこの調子だと胃が破裂しそうです。贅沢というのも考えものですねぇ。 

<北京の街を歩く 北海公園〜景山公園〜王府井〜東単〜王府井〜天安門>

 午後は先生方を初め数人は訪問予定が入っていましたが、僕を初めて大多数の学生はフリーになりました。前々からフリーの時間は一人もしくは数人で、まだ行ったことのない頤和園をぶらぶらしようと思っていましたが、北京出身の留学生が「頤和園は遠くて広いので時間が足りない」「北海公園を私が案内する」というので、逆らわずにそれについていくことに。まあ何と言うか、有無を言わせない感じだったので。。北海公園は行ったことなかったから、まあいいかと。昼食会場で直接北海公園に向かう組と一旦ホテルに荷物を置きに戻る組に分かれ、後で北海公園で合流することになりました。

 僕は荷物が重かったので、ホテルに戻る組に入り、地下鉄でホテルへ。荷物を部屋に置いて身軽になってから、タクシーで北海公園に向かいました。北海公園は故宮の北西、景山公園の西に位置し、現存する世界最古の皇室庭園と言われる場所。誕生は1000年前の遼の時代までさかのぼり、元のフビライはこの北海の位置関係を把握して都を造営したことから、「先に北海あり、後に北京あり」とも言われる、由緒正しき場所だそうです。


<北海公園南門>

<禁止行為が多過ぎる>

 故宮近くの南門から入り、中で先発隊と合流。広い庭園内をぶらぶらと散策しました。時間がなかったので、白塔がある瓊華島しか見物することができなかったのが残念です。本当は島から船で池を渡り、北岸にある九龍壁を見たかったんだけどねえ・・・。それでも中国的な建造物と風景を堪能できて、良い時間が過ごせました。

 最後にトイレに行きたくなり、トイレの表示を探すと、「←40m」という表示がありました。しかしそれに従って進んで行ったものの、一向にトイレが見えません。100m近く進むと道は狭く辺鄙な場所になり、もしかして間違っているのかと不安になりながらも進んで行くと、150mくらいいったところでようやくポツンとトイレが見えました。この距離は絶対40mじゃないだろ。中国の距離感覚というものは大雑把で良く分かりません。

 瓊華島から橋を渡って南門に戻ると、路上に文字を書いているおじさんがいました。水を含んだ筆で、書の練習をしているそうです。字が下手なので、墨を使って書いて残すのはおこがましい、練習だからすぐに消える水の方がよい、とのことでしたが、その割には字が上手過ぎます。興味深く見ていると、おじさんが寄ってきて、僕らの名前を書いてくれることに。何人かが書いてもらいましたが、その上手さには驚きます。最後はおじさん自ら「中日友好万歳」と書き、その上で全員で記念写真を撮りました。ちょっとした町の人との触れ合い。


<文字を書くおじさん>

<中日友好萬歳>

 北海公園の後は、買い物に行く女性陣と分かれ、男性陣は歩いてホテルまで戻ることにしました。かなりの距離がありますが、せっかく北京に来たのだから街を歩きたいもの。北海公園を出たのが4時10分。夕食の集合はホテルのロビーに6時だったので、まあ何とかなるだろうという感じで歩きだしました。道に迷ったらどうしようという心配もありましたが、まあ太陽があっちに沈んでるから大体の方角は分かるんじゃね?という、大雑把な男三人です。。まずは北海公園から東へ歩き、故宮のすぐ北に位置する景山公園へ。景山公園の頂上は故宮を見下ろせる絶景スポットになっています。

 3年前にも景山公園には来ていますが、その時は頂上の万春亭が工事中で、頂上まで行ったものの万春亭に立ち入ることができず、その他の場所からも木々に囲まれてほとんど故宮を見ることができませんでした。万春亭の工事が終わったらいつかまた来て、今度こそ故宮を見下ろそうと思ったものです。3年越しにその願いが叶う時がきたと。3年前は入場料5元だったと思いますが、今は2元で、なぜか値下がりしています。


<故宮博物院の北門>

<景山公園の万春亭を見上げる>

<登るのが大変>

<万春亭に到着>

 高さ43mの万春亭まで階段を上って行くと、眼下に広がるのは故宮と北京の街並み。そう、僕はこれが見たかった。同行した修士のN君K君も気に入ってくれたようです。よかったよかった。残念なのは少し靄がかかっていたことで、昨日か一昨日来ていたらもっとはっきり見えただろうと思います。


<景山公園万春亭から見下ろす故宮全景>

 景山公園を降りて、そこから故宮の北側の堀に沿って東へ。ちょうど日没と重なって、なかなかの写真が撮れました。


<故宮と沈みゆく夕日(午後4時45分)>

 そこからさらに東に進み、五四大街という通りへ。ここまでくるとちょっと昔の北京が残っている感じで、ごみが散乱していたり放置されている大量の煤けた自転車があったりしました。3年前は大通りの至るところがこんな感じだったように思いますが、こういう風景も大通りでは少なくなってきています。こっちの方が北京らしいと言えば北京らしいのだけど。


<ゴミ散乱>

<煤けた自転車>

 中国美術館がある交差点で右折し、王府井大街を南下。北京の古い繁華街である王府井を通り、東単を経てホテルへ。王府井は北京の銀座と言われるだけあって、特に歩行者天国の部分は大勢の人で賑わっています。夕暮れで茜色に染まった空とビル群のライトアップが心なしか幻想的な雰囲気を醸し出しているように思います。


<王府井大街>

<北京百貨大楼>

<マクドナルドっぽい宝石店>

<北京飯店>

<東長安街の大通り>

<東長安街のビル群>

 時間が迫っていたこともあり、最後はやや早歩きになり、何とか6時にホテルに到着。1時間半歩いて、トータルと7kmから8km歩いた計算になります。さすがに結構疲れました。ロビーに集合し、今日の夕食はどこで何を食べるのかと思ったら、王府井で羊肉のしゃぶしゃぶだということで・・・。さっきまでいたところにまた行くのか。。それだったら王府井で待っておけばよかった。

 そういう訳でタクシーに乗って再び王府井へ。歩いて30分かかった距離を、タクシーはものの5分で移動してしまいます。悲しいぜ。悔しいのでもう一度王府井の写真を撮って溜飲を下げました。


<日が落ちた王府井>

<日が落ちた王府井その2>

 夕食は羊のしゃぶしゃぶが有名な「東来順飯庄」。北京のあちこちに支店があり、王府井は本店だそうですが、今回はその本店から少しだけ離れたデパートの中にある店舗でした。今日も今日でお客様をお迎えしての食事でしたが、二つの丸テーブルがある場合、お客様をお迎えすると人数的にジュニアグループの席になるので、それはそれで気が楽です。博士課程三年、それは立ち位置的にも微妙な位置。


<東来順飯庄>

<この大きな鍋が特徴的>

 さて、ここは羊のしゃぶしゃぶが有名ですが、僕はどうもこの羊肉が苦手なので、一応牛肉も一緒に注文してもらいました。A2が羊、B2が牛、C2が鶏です。これらの肉を辛いスープの鳥スープの二種類の鍋を使ってしゃぶしゃぶし、ごまだれにつけて食べるというもの。ごまだれが若干くどかったですが、辛いスープで食べる牛肉がおいしい。もちろん羊肉も食べましたが、意外と癖がなく食べられました。寒い季節、しゃぶしゃぶは暖まります。B1は前菜のピータン。ピータンは初めて食べたけれど、かなり濃厚な味でビールが進みます。あと、A3は大学芋のジャガイモバージョンで、個人的にはこれが大ヒットでした。ジャガイモで大学芋を作るという発想。ジャガイモ好きにはたまりません。対して炒飯はちょっとイマイチ。

 C3の酒ですが、ビールにショットグラスの白酒を沈めた爆弾酒というもので、S大の准教授が進めるので飲んでみるとこれがなかなかいけます。しかし白酒は40度近くあるわけで、飲み口まろやかだからと言って飲み続けると大変です。修士のN君は准教授のなすがままに大量に飲まされ、まあそれはそれは。。

ABC
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3

 爆弾酒の影響もあって、初日の次くらいに飲んだ気がするので、食後は皆で少し王府井を散歩することに。王府井の小包街へ行き、屋台をぶらぶらと冷やかしました。サソリを売っている店があれば、日本風のタコ焼きを売っている店もあります。卍先生はこのサソリが駄目ということでしたが、酔った修士のN君がご機嫌な様子でサソリを食べ、それを苦虫を噛み潰したような表情で見ている卍先生のギャップが面白かった。


<王府井小包街>

<サソリが売られている>

<いろいろな肉達>

<たくさんの人で賑わう>

 元気のある人はもう少し歩いて天安門を見てから帰ろうということで、数人で天安門方面へ。酒を飲んでいるのもあって、途中で無性にトイレに行きたくなりました。こういうときはホテルが便利なので、有名な北京飯店に行こうとするも、なぜか入り口が閉鎖されています。仕方がないので隣のラッフルズホテルへ。ここは開いていたので、宿泊客を装って(別に装う必要はないけど)ホテルに入りました。

 ラッフルズホテルは最高ランクの五つ星。さすがに五つ星だけあって、ホテル内は広く豪華です。今回泊まっている四つ星のノボテルシンチャオも結構豪華なホテルだと思っていましたが、五つ星ともなると全然違うのね。五つ星だとトイレまで豪華に見えるから不思議。北京のトイレは下水管が細く、また溶けにくいトイレットペーパーを使っているので、原則として紙はトイレに流してはならず、隣に設置されているゴミ箱に捨てなければいけません。しかしラッフルズのホテルにはその捨てるべきゴミ箱がない。ということは、日本と同じように紙も流してよいということなのでしょう。五つ星はやることが違う。


<ラッフルズホテル>

<さすがに五つ星のホテルだけある>

 それから少し歩いてようやく天安門に到着しましたが、さすがに10時過ぎだったため、ライトアップは終わっていました。天安門広場の解放時間も終わっており、広場は静まり返っています。まあでも、天安門は北京に来たら寄っておきたい場所なので、今回も来ることができてよかった。


<ライトアップの終わった天安門>

<解放時間の終わった天安門広場>

 本当なら天安門を見てから天安門広場を通って南下し、前門から地下鉄に乗ってホテルまで、と思っていましたが、天安門広場が通れないのでは意味がありません。というわけで、一番近い天安門西駅から乗り継いでホテルに戻ることに。11時前にホテルに戻り、次の日も早いので日付が変わる前に就寝。


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