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東京見聞録  
2006年8月29日(火) 
 <前門大街と大柵欄、天壇公園、北京タワー、北京の日本居酒屋>


前門大街と大柵欄>

 今日は早起きして午前中しか開いてない毛沢東紀念館に行き、毛沢東のミイラを見物するつもりでした。しかし、毎日歩き回って疲れていたのか、起きてみると10時半。昨日マッサージしてもらった足は揉み返しで熱を持ったようにジンジンしていて、無理してはいけないような気がしたので、毛沢東は諦めておとなしく昼から出かけることにしました。

 いつものように五道口から地下鉄という名の地上鉄に乗って、2号線に乗り継いで前門へ。前門から南に伸びる前門大街にある有名なシュウマイ屋で昼にしようと考えていました。

 しかし、前門大街についてみると何かがおかしい。通りの店全てが改修工事中のように閉鎖されているのです。もちろん目的のシュウマイ屋も。オリンピックに向けての再開発が、まさかここまで来ているとは・・・。ちなみに前門大街の中には「メガネの愛眼」もありましたが、もちろんそこも閉鎖されています。

 仕方がないので、前門大街の途中で右に曲がり、大柵欄という通りへ。ここは色鮮やかな店が立ち並んでいてにぎやかな通りで、日本にある中華街のようなところです。この旅行中、僕が今まで想像していた中国の繁華街に一番近かったのがここでした。その他の場所は(というか北京が)どうも全体的に色がくすんでいて、想像と違ったからな。

 大柵欄には、老字号と呼ばれる、政府のバックアップを受けている老舗が多く集結しています。茶屋の「張一元」、薬屋の「同仁堂」、肉まんの「狗不理」などなど。政府がバックアップを与えるというのも凄い話ですが、そういう店はきらびやかで風格があります。


<人で賑わう大柵欄>

<お茶の張一元>

<薬の同仁堂>

<肉まんの狗不理>

 昼食はその「狗不理」で食べることにしました。さすがに店内はしっかりとしていますが、ファーストフード形式でなかなかお手軽です。野菜まんと肉まんの豆粥セット(大体各15元)にビール(1本10元)を2本注文して、値段は安いけど昼間から豪華な食事。肉まんも野菜まんも食べやすい大きさですが、中に入っている具材がうまい。冷えたビールにあうんだ、これが。豆粥も胃に優しい感じでおいしい。量も多いし、1人370円程度で満足できるんだから素敵。


<店の前にある人形。西太后?>

<中華まんと豆粥のセット>

<天壇公園>

 昼を食べて次に向かうのは世界遺産にもなっている天壇公園。明と清の歴代皇帝が天に五穀豊穣を祈った施設です。前門大街を南へと歩いて行きます。途中胡同を通ったのですが、初日に通ったところと比べると綺麗に整備されています(建物はぼろっちいけど)。胡同がなかなか味のあるものに思えてきました。


<胡同の人々(へそ出しおじさん)>

<一般的な胡同>

 左の写真の左から二人目のおじさんですが、シャツの腹の部分だけをめくり、なぜか超へそ出しルックになってます。実は北京にはこの超へそ出しルックをしたオジサンが何とも多いのです。写真のおじさんは、胡同というコミュニティーの中で、下着を上げているのでまあそういう格好をするのも理解できます。しかしこういうオジサンが、天安門広場とか故宮とかいった観光地や、王府井や西単といった繁華街にもわんさかいるのです。そういうオジサンたちは、一応よそ行きの格好をしているのにも関らず、色つきのポロシャツなんかをめくって平気で腹を出しています。恥ずかしさ何てあったもんじゃありません。逆に見ているこっちが恥ずかしくなるくらいです。いくら暑いからっていっても、腹を出すことはなかろうに・・・。お腹冷えて腹壊さないんだろうか?

 超へそ出しルックオジサンを紹介したついでにもう一つ。日本でも一部のオジサンは道端に痰や唾を吐いたりしますが、ここ北京ではそれを見かける頻度が半端ではありません。しかもオジサンだけでなく、老若男女がところ構わず吐き散らしまくります。一見仕事が出来そうなキャリアウーマン風のお姉さんや、普通の女子高生達が、周りを気にせず、「かぁーっっ!!」と音をさせて痰を吐くのです。さすがにこれを見たときはびっくりしたわ。ごみなんかでも、どこでもポイッと投げ捨てるし。この国では環境問題を語る以前に解決しなければいけないことが多く存在しているような気がします。車の運転もそうだけど、「自分がよければそれでよし」のような風潮が強いように思うのです。小心者の日本人だからそう感じるのでしょうか・・・?

 閑話休題。

 天壇公園に到着して、入場料+施設見物料35元を払って入場。まずはこの天壇の一番のスポットであると言っても過言ではない祈念殿へ。この建物の中で皇帝が毎年正月に五穀豊穣を祈ったらしい。


<祈念殿>

<内部はこんな感じ>

 続いて園丘と呼ばれる場所へ。ここは石造り三層の壇になっていて、皇帝が直接神に祈る場でもあり、真の天壇ともいえる場所だそうです(地球の歩き方談)


<園丘>

<美しい石造>

 続いて斎宮へ。斎宮自体は改修工事中(またかよ!)だったので、その隣にある神楽署を見物。神楽署の中は展示館のようになっていて、中国の名家臣の像や、昔の宮廷音楽に使う楽器などが展示されていました。


<神楽署>

<楽器の一つである鐘>

<チェケラッチョ?>

<昔の服>

 天壇も改修工事中の施設が多く、見ることのできるスポットは限られてしまいましたが、それでも祈念殿は改修工事が終わっていたのがせめてもの救い。こういう祈りの施設を見ると、権力を振るった皇帝たちも、神には逆らえなかったというのがよくわかります。

<北京タワー>

 観光の締めくくりは、高いところから街全体を眺めようということで、タクシーに乗って北京タワーへ。「北京タワー」は通称で、正式名称は中央広播電視塔。日本のNHKにあたる中央電視台のテレビ塔で、高さは東京タワーをも凌ぐ405m。22階の屋外展望台の高さは213m(確か)です。タワー/灯台マニアとしては是非とも上っておかなくてはいけません。入場料は50元(750円)と結構高いですが行ってきました。


<夕暮れの北京タワー>

 22階の屋外展望台に出ると、風を受けながら夕暮れ時の北京の街を一望できます。北京は再開発の真っ最中と言ってもそこまで高い建物はありません。ここから見る北京の街はなかなかのものです。

 しかしいくつか難点も。まず空気が悪いので、霞んでいて遠くまで見ることができません。北京の大気汚染は相当なものです。マルコフが「鼻をかむと黒い鼻水が出てくる」と言っていたけど、それもわかります。もう一つは風景に面白みがあまりない、ということ。「これはシムシティーか!」と思うくらい同じようなビルが立ち並び、しかも色が地味なので、景色としては結構飽きが来るのが早いです。そしてよく見てみると、公園の部分を除いては緑が極端に少ない。確かに街を歩いていても、ちょっとした緑というものがあまりなかった気がします。


<霞んで遠くが見えません>

<シムシティーみたいに同じようなビルが立ち並ぶ>

 22階の屋外展望台から少し下り、19階の室内展望台へ行ってみました。ここは日本にあるような室内展望台とほぼ同じ。北京オリンピックのマスコットを見ると、この街が2年後にオリンピックを控えてるのか、と改めて思います。


<リバーサイド>

<北京オリンピックのマスコット>

<夕食を求めて三千里>

 タワーを下りたのが6時半。今日の夕食は釣魚台迎賓館の近くにあるマルコフお勧めの雲南料理屋でとろうということになりました。タワーから迎賓館までは近いし、歩いてそこへ向かうことに。ただ、一つ問題があって、マルコフはその場所を正確には記憶していなかったのです。それでもまあ歩けばいつか見つかるだろう、とこの時点では思っていました。

 迎賓館に行くために近道として、玉淵潭公園の中を通ります(もちろん入園料がかかります)。この公園は清の乾隆帝が魚釣りを楽しむために、川から水を引いてわざわざ作った人工の池なんだそうです。迎賓館の名前である「釣魚台」というのはここからきているわけですね。


<玉淵潭公園から北京タワーを眺める>

 公園を歩くこと20分、とりあえず公園を脱出し、迎賓館を発見。さて、ここからの道が???ということではあったものの、歩けば何とかなるという信念と、マルコフのかすかな記憶を頼りに、ひたすら歩きました。黙って歩きました。足のまめが潰れてしまったけど歩きました。・・・しかし見つかりませんでした。最終的に雲南料理の店を諦めたのは9時前。この時点で2時間半ほど歩いています。

 さて、じゃあどういうふうに予定変更するか・・・。一般的な中華料理の店は9時を過ぎると大体閉まってしまいます。長くやっているところでも10時から11時まで。これは困ったね、とガイドブックを見ながら途方にくれていました。何度か唸った結果、もうこうなったら遅くまで開いてるとこなら何でもいいや、となって、マルコフが知っている和風居酒屋へ行くことに。中国に来て日本の居酒屋もどうかとは思いますが、非常事態なので仕方がありません。こうしてタクシーを拾って一路東へ。

 無事タクシーを捕まえて乗り、ほっと胸を撫で下ろしていると、なにやら運転手の機嫌が悪い。というか、マルコフが伝えた目印となるホテルを知らないようなのです。それにしても客に対してこの態度とは・・・。散々歩いて僕も少々機嫌が悪くなりかけていたので、次に何か言ってきたら日本語でまくし立ててやろうと思っていました。お客様を何だと思ってるんだ!と。中国はどうもこういうサービスの精神が欠けています。こういう運転手には一回誰かがガツンと言ってやった方がいいのです。

 結局それからは最初ほど運転手の機嫌が悪いということもなかったけど、目的地のホテルには着くことができず、痺れを切らして途中で降りることにしました。結構有名なホテルなんだからタクシーの運転手として知っておかないとだめでしょ。

 目印のホテルに着けなかった上に、さらに道に迷ってしまい、結局無事に着いたのは10時を回っていました。3時間は歩いているから、多分15キロは歩いてます。よくやった、すぱくり。

 入った居酒屋は「瑞兆」というところで、メニューも全て日本語。店員さんは中国人だけど、日本語オッケー(ただし難しい言葉はわからない)というところでした。そして何と言っても匂いが日本の居酒屋の匂い。どこの町にもあるような、こぢんまりした割烹の匂いです。この匂いを鼻にしただけで、わずか5日しか日本を離れていないのに、日本が恋しくなりました。僕は中国で生きていけるほど逞しくないわ。


<和風居酒屋、瑞兆>

<日本を思い出します>

 焼き鳥数種類に揚げ出し豆腐、焼き茄子なんかを注文して、しめは焼きおにぎりと味噌汁。いやー、これだよ、これ。日本人ならこれですわ。でもよく考えたら、明日の朝もう日本に帰るんだよな。

 中国にはこういった日本でよく見る「居酒屋」という形式のものがないらしいです。酒はレストランで食事と一緒にするもの、というのが普通らしい。文化の違いって探せばいくらでもあるもんだと思いました。

 12時前に店を出て、タクシーで帰宅。次の朝が早いので、ビールを飲みながらほぼ徹夜をすることにします。


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