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2006年12月26日(火) 二日目 <高岡→氷見→高岡(瑞龍寺、大仏)→金沢(兼六園、金沢城公園)→金沢泊>
<港町、氷見>
朝5時15分、起床。旅行先でかなりの早起きですが、今日は昨日も乗った氷見線の始発電車に乗って終点の氷見へ向かい、漁港内の食堂で定食を食べ、ついでに漁港を見学します。まだ外は真っ暗で人も全くいないけれど、6時6分の始発電車に乗って氷見へ。2両編成の電車の乗客は僕を含めてわずかに3人。
<明け方の高岡駅> | <出発を待つ氷見行き始発電車> |
真っ暗なので車窓の風景を見ることもできず、しばし仮眠をとっていると30分足らずで終点の氷見に到着。さすがに港町だけあって、電車を下りた瞬間から寒い海風が吹いてきます。ひゃあ寒い寒い。氷見駅から氷見漁港までは歩いて約15分。歩いていると段々と空が青くなってきました。しかしとにかく寒いです。寒い中歩いて、ようやく7時前に氷見漁港に到着。漁港はさすがに活気があります。
<夜が明けようとしている> | <氷見漁港> |
何はともあれまずは朝食。市場の2階にある「海鮮食堂 海寶」へ。市場関係者用の食堂を観光客用にも開放した食堂らしく、朝5時半からやっています。時間的に市場で働く人でごったがえしているのかと思ったら、どうやらピークはまだ先のようで、広い店内は僕以外には一組しかいませんでした。ここでは「台舟かぶす汁定食」(1,050円)を注文。注文したら、「今魚が入って作っているところだから、ちょっと時間かかるけどいいか?」と言われたので、まあ急ぐ旅ではないし、待つことにしました。今魚が入ったということは新鮮なことの裏返しだし。
20分ほど待って、ようやく定食がやってきました。ごはんと刺身と、そして迫力のあるかぶす汁。蟹と魚のあらが入っていて、魚のエキス満載の味噌汁です。寒い中を歩いてきたから、味噌汁を飲むと有難いほと体が温まる。そして以外と魚は食べるところが多くて、朝から結構な量を食べてきました。新鮮な海の幸はおいしい。ご馳走様。
<かぶす汁定食 ご飯もかぶす汁も結構大きい> | <かぶす汁は暖まる> |
朝食を食べたあとは、ちょっとだけ市場の様子を見学してみました。さすがに富山の有名漁港だけあって、かなりの活気があります。今の時期の氷見と言えば、何と言っても寒ブリ。至るところに寒ブリが並んでしました。結局ここで寒ブリを食べることはなかったけど、まあ旅行をしていたらどこかで食べられるだろう。
<氷見漁港の市場> | <今が旬の寒ブリたち> |
太陽もあがって明るくなったので、帰りは氷見の街を見物しながら氷見駅へ。氷見はかの藤子不二男Aさんの出身地ということで、湊川という川には忍者ハットリ君のカラクリ時計があったりするそうですが、只今長い冬休み中だそうです。「春にまた会おうでござる」だって。ニンニン。
<湊川(左に見えるのがカラクリ)> | <今はお休み中だそうです> |
その後長い商店街を通ってみるものの、朝が早いせいかまだまだ静か。8時前に氷見駅に到着し、8時18分の電車に乗って高岡に戻ってきました。ちなみに途中の雨晴海岸付近からの景色を見てみると、やっぱり今日は曇っていて、立山連峰のたの字も見えません。一応昨日来ておいてよかったかな。
<氷見駅> | <駅前のオブジェ。何かちょっと違う> |
氷見散策はわずか1時間半だったけど、この氷見という街、高岡と一体として考えると、山陰の境港−米子の関係と非常によく似ているような気がしました。氷見も境港も日本有数の漁港で、しかも有名な漫画家の出身地ということを利用して町おこしをしようとしている。さらに大きな都市である高岡・米子とJRの支線によって結ばれている。これはじっくり比較したら結構面白いかも。
<高岡の街を歩く>
8時51分に高岡に着いて、ホテルに戻ってチェックアウトを済ませ、高岡の街をぶらぶらと観光へ。高岡は加賀藩第2代当主の前田利長が開き、商工業の町として栄えたそうです。金沢の兄弟みたいな感じなのね。まずはその利長の菩提寺である瑞龍寺へ。ホテルがある高岡駅南口から歩いて10分くらいのところにあります。
瑞龍寺はさすがに高岡の街の祖の菩提寺だけあって、質素な中にも豪華絢爛。総門と三門、仏殿、法堂を一直線に配した禅宗様式で、雄大さがあります。曹洞宗なんだそうな。朝早くて人がほとんどいないのもよかった。やっぱり寺に行くなら、朝の冷え込むような空気の中で、静かに佇んでいたいものです。
<三門(国宝)> | <仏殿(国宝)> | |
<廊下> | <禅宗の伽藍配置> |
続いて瑞龍寺からまっすぐと伸びた八丁通りを通って、前田利長公の墓所へ。870メートルにわたる道がまっすぐ整然と整備されているのには驚きました。途中に「下関小学校」があったので思わず写真を。高岡には下関という地名があるんですね。シモゼキって読むみたいだけども。
<八丁通り> | <下関小学校> |
まっすぐと伸びた道を歩くと、前田利長公の墓所へ到着しました。墓は緑に囲まれて静かだけど、フェンス一枚隔てて中学校が隣接しています。ちょうど部活中だったようで、中学生が墓の周りをランニングしていました。僕は利長さんに何の縁もゆかりもないけど、とりあえずお参り。
<利長公の墓> | <緑に囲まれています> |
続いて再び歩いて、高岡大仏へ。この大仏は奈良・鎌倉の大仏と並んで、日本三大大仏と呼ばれているらしいです。しかし大体のところ、三大○○というのは上位二つが決まっていて、三つ目は勝手に自分達が名乗ることが多いので何とも言えませんが・・・。高岡の大仏様は思ったよりも街中にあって、思ったよりも小ぶりでした。まーこんなもんか。顔はなかなかの美男子だったけど。ちなみにこの大仏様、高岡伝統の鋳物の技を使って作られているらしいです。最初は1745年の創建だけど、幾度にもわたる大火に見舞われて、今の大仏様は1933年に再建されたもの。意外と新しいのね。
<街中に鎮座する高岡の大仏様> |
次は少々歩いて土蔵造りの街並み群へ。高山には古い街並みが残されていて、その一つが土蔵造りの街並みです。土蔵造りの家が並んでいて、なかなか壮観。
<土蔵づくりの家> | <土蔵造りの家々> |
続いてさらに20分ほど歩いて、格子造りの街並み群(金屋町)へ。ここは利長公が鋳物職人を連れてきて住まわせ、町の繁栄策として鋳物作りを奨励したしたのが始まりだそうです。格子造りの家々が並ぶ姿はなかなか風情があります。この近くに鋳物発祥の地の記念碑か何かがあるということだったので探して見たけれど、結局見つからず。
<格子造りの家> | <石畳の道も風情あり> |
さて、そろそろ電車に乗って次の目的地・金沢に向かわなければいけない時間です。電車の時間は11時42分。これを逃すと次は12時42分で、金沢観光に支障が出てしまいます。しかし格子造りの家々を見終わった時点で11時25分。ここから高岡駅までは結構遠いし、しかもホテルに預けていた荷物も取りにいけなければなりません。果たして間に合うのか?やや早歩きで歩いていたものの、これでは確実に間に合いそうにない。仕方がないので走りました。上り坂だったけど結構走った。急いでホテルで荷物を受け取って、ホームに着いたのが発車2分前。何とか間に合った・・・。
<金沢の海鮮丼と兼六園>
高岡を11時42分に出て、さらに西に進み石川県に突入。金沢着12時20分。ついにやって参りました、北陸最大の都市、金沢。空模様は今にも雨が降りそうな雰囲気です。しかし金沢駅のつくりは前衛的過ぎて理解できません。どうもつくりが京都駅を意識しているように思えなくもない。
<金沢駅> | <かなり巨大> |
とりあえず予約してあった駅前のホテルに荷物を置きに行きました。しかし、どうもこのホテルが怪しい。別に性的に怪しいとかいうのではないけれど、路地を一本入ったところにあって、ホテルに一歩入ってみると設備が果てしなく古いのです。そしてフロントにいるのはジイさんで、何か偉そうなのです。嫌な予感がしたけど、とりあえずチェックインの時間前なので、荷物だけを預かってもらって金沢の街に出かけることに。
まずは昼食を取らなければいけないので、少し歩いて金沢の台所である「近江町市場」へ。とりあえずぶらぶらと市場を歩いてみるとそれはそれはものすごい活気で、観光客と地元民でごった返していました。やっぱり今の時期は蟹が多い。蟹以外にも海産物が豊富です。もちろん市民の台所なので、海産物以外にも様々なものが売られていました。
で、この市場にあった
「海鮮丼家ひら井」
へ。北陸に来て、しかも金沢の台所と呼ばれる市場に来たのだから、海の幸はきっとおいしいはず。ということで、今日の昼はかなり奮発をして2000円もする「近江町海鮮丼」を注文しました。今回の旅行、交通費と宿泊費を極限まで抑えている代わりに、食費だけは糸目をつけないことにしています。今日の昼食はその本領を発揮する瞬間でもあります。多くは語りません。写真を見てください。うまかったー。
<近江町市場> | <近江町海鮮丼。特にブリとイカがうまい> |
おいしい海鮮丼に満足して、金沢城公園へ。近江町市場のアーケードを出たころから、ぽつぽつと雨が降り出しました。金沢城公園は昔金沢城だったところで、戦後金沢大学の敷地になり、10年ほど前に金沢大学が郊外に移ったことで再び城址公園として整備され、昔の遺構が当時の工法・姿そのままで復元されつつあるようです。とはいってもまだ整備途中なので、全体的には本当に公園といった感じで広々としています。当時のまま残されているのは石川門・三十間長屋の両重要文化財と数々の石垣くらいか。金沢は加賀百万石のお膝元だったのだから、その城も相当なものだったとは思うけど。
<石垣が残る> | <三十間長屋(重要文化財)> |
金沢城公園の中で平成13年に復元されたという菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓へ。明治以降に建てられた木造城郭建築物としては全国最大規模だそうです。この建物に入るには300円払わないといけませんが、展示物や模型がなかなか見ごたえあります。まだ新しいので檜のいい匂いがぷんぷんしてきました。
<菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓> | <当時の工法で再現> | |
金沢城公園を見物したあとは、兼六園へ。ちょうど雨が止んで、散策には助かりました。兼六園は広いので、じっくりと見て回っていたら2時間近くもかかっています。とりあえず写真をどうぞ。
<兼六園といえばこの景色> | ||
<唐崎松と雪吊> | ||
残念なのは冬で雪吊が準備されていたというのに、雪が全く降っていなかったことです。この日の金沢はまだ暖かく、降っても雨でした。雪景色は相当きれいなんだろうけれど、まあ仕方がない。あとは外国人観光客が結構いたけど、彼らはこの庭園を見て何を思うのでしょうか?外国の庭園に比べても決して豪華絢爛ではなく、どちらかといえば地味です。それこそ中国の頤和園や円明園の方が、前面に押し出されてくる美しさという意味では勝っていると思います。多分兼六園のよさなんかは日本人じゃないとなかなか分からないんじゃないかな(実際僕もわかっているかといえば怪しいですが。。)侘び寂びという特殊な表現方法を理解するのはなかなか難しいと思います。この兼六園を見てどう思ったかを、外国人観光客に聞いてみたかったけれど。
人がいないときに一人この庭園を散歩したら、それは気持ちがいいだろうなぁと思います。そういう意味で当時の前田のお殿様は羨ましい。今度は紅葉の季節や、雪が積もったときにまた来て、違う表情の兼六園を見てみたい。
<金沢でがっくりする>
兼六園をじっくり見ていたら、既に閉園の4時半を迎えてしまいました。空も暗くなってきたし雨も強くなってきたので、今日はおとなしくホテルに戻ることに。兼六園からホテルまでは3キロくらいあって、強い雨の中戻るのはなかなか面倒です。しかも前日から歩き続けているために足にまめがでるとともに、両足ともめちゃくちゃ痛くなってしまってました。本当なら一刻も早くホテルに戻って足を休めたいところだけど、移動に金はかけないと決めたので、痛い足を引きずりながら歩いてホテルへ。本当に相当痛くて歩けなくなるかと思った。
途中近江町市場に立ち寄って、何か夕食になるものはないかと物色したものの、刺身の類は既にほとんど売り切れていました。仕方がないので、近くにある名鉄エムザ地下で本日の夕食を購入。何か金沢特産のものはないかと探したものの、あまり見つからない。もう足が痛くて思考力も低下していたので、どうでもいいやと五目おこわとアスパラのフライ・クリームコロッケ等々のお惣菜を買って夕食にすることにしました。もう今日は朝・昼と豪華に食べてるから、夜は名物じゃなくてもいいや、と。ただ何か地物は欲しかったので、金沢の地酒(とビール)を。
夕食を買ってホテルに戻り、チェックイン。部屋に行ってみてびっくりしました。荷物を預けたときの嫌な予感が大当たりです。まずドアが木製で、立て付けが悪くてきちんと閉まらない。床のカーペットが所々黒くなってめちゃくちゃ汚れている。部屋用のスリッパも破れてる。これだけならまあいいです。でもバス・トイレが部屋についてないのには驚きました。そんなの聞いてないよ。おれはダチョウ倶楽部か。そんなことはいいとして、まさか部屋にバス・トイレがないとは思っていなかったので、僕はこの時点で怒り心頭です。さらに極めつけは洗面台で(これも結構汚いんだ)、水を出してみると、排水溝の中から無数の小蠅が飛び出してきました。もう勘弁してくれと。さらに怒り心頭です。
本当なら今日は雨も降っていて足も濡れたし、足も酷使して疲れたしで、ホテルに戻ったらシャワーを浴びてすっきりし、ビールでも飲みながら夕食を食べてゆっくりするか、と思っていたのに・・・。もうかなり腹が立ってしまったので、さっさと夕食を食べてふて寝することにしました。風呂がこのホテルのどこにあるかわからんしさ。
<デパ地下で買った五目おこわ> | <まさかの部屋> |
五目おこわも地酒もおいしかった。アスパラの揚げ物もクリームコロッケもおいしかった。でも机がなくてカーテンの側のわずかな台で食べなければならず、しかも部屋に充満する何かが腐ったような臭い(と腹が立った気持ち)のお陰で、おいしさ3割くらい減でした。で、夕食を食べたら即ふて寝。でも早く寝すぎたために夜10時くらいに目が覚めてしまい、再び眠くなる夜中の1時くらいまで悶々と過ごさなけらばなりませんでした。
もとはと言えば、自分がネットで選んだホテルだから、自分がきちんと確認していないのが悪いんだけど、こんなホテルならyahooに登録するなよ、と言いたい。今回の経験でよくわかったのは、安くてもシングルなら4000円程度が妥当だということです。このホテルは3300円だったけど、あまりに安いと犠牲になるものが多すぎる。教訓代として3300円を払ったことにします。
ホテルの印象が悪いと、その土地に対する印象まで悪くなってしまいます。ホテル選びは気をつけよう。
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