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特割値上げとマイル頼みの集客
ANAのマイル偏重営業への疑問
2010年は年明けから航空界の話題をJALが独占した格好でしたが、その陰でANAも決して楽ではないようで、1月13日、29日と相次いで運賃体系の見直し、サービス体系の見直しと、利用者にとっては必ずしも歓迎できるものではない施策が発表されました。
別稿
で機内サービスの簡素化について論じてみましたが、今度は運賃制度の変更に関してです。
●きつい「お年玉」
JALが航空界の話題を独占する中、ANAも必ずしも経営環境は楽ではないのですが、JALと相似形のような事態になることはあるまい、と対岸の火事視していた年明け、「きついお年玉」のように飛び込んできたのが1月13日のプレスリリースでした。
乗継旅割に加えて乗継特割とスカイメイトのシニア版ともいえるシニア空割は福音ですが、事前予約ができたシニア65割引の廃止をこのリリースで謳いながら、1月27日には6月までのシニア65割引の設定を発表しているあたり、当のANAがかなり混乱しているのかもしれません。
そして今回最も驚いたのが特割の変更です。
特割1と特割7を統合して3日前までの予約に一本化する代わりに、特割の設定を事前の日数から空席状況との連動に変更して特割A、B、Cの3種類を設定するとありました。
リリースの表現を借りると、「空席が充分に見込まれる便では、最も安いタイプCのご予約が可能で、予約数が多くなるに従って、タイプC、タイプB、タイプAの順で発売席が満席となります。」とのことですが、なんのことはありません、安い席から「先に」埋まるわけです。
よほどの空席便なら3日前までこれまでの7日前並みの割引で買えるかもしれませんが、たいていのケースでは直近になったら高い席しか空いていないと言う「値上げ」になる懸念がありましたが、これまでのところタイプCから順に埋まるという傾向は確かにあるものの、全体的に見ればAからCまで揃って空いているか満席か、という感じで、これは拍子抜けです。
一番困るのは3日前までの予約購入への変更ですが、さすがに東阪間などビジネス路線、新幹線競合路線については1日前までとしており、東阪間のユーザとして考えると、予約期限と言う意味でのサービス低下はないのが唯一の救いでした。
●そして体のいい値上げと判明
1月27日にその特割新体系の運賃が発表されましたが、なんというか、ある程度予想はしていましたが、ここまで露骨とは思いませんでした。
特割C→B→Aとくる最終のAを見ると、東阪は最低14000円、朝夕は15000円がデフォルトで、これまでの特割1より1000円値上げと言う格好です。
例外は朝のNH013が12000円、NH411が13000円ですが、これは実はNH013で1000円、NH411に至っては2000円の値上げです。日中の伊丹便もこれまで12000円だった便は2000円の値上げであり、上げ幅と言う意味では割を食っています。
で、肝心な「空席の状況に応じて...」のCとBですが、要は500円ずつ安くなる程度で、特割Cが現状です。それどころか神戸行きのNH411と伊丹線の日中便は現状より1000円上がります。
何のことはありません、購入時期に応じて(早く購入することでC→Bの順に埋まりますよね)500円ずつ値上げしただけで、NH411と日中の伊丹便はさらに1000円の値上げと踏んだり蹴ったりです。
さすがに金曜夜の伊丹便(上下とも)の1000円増しは無いようですが、土曜朝の伊丹発の割引(14000円→12000円)も無いのでは割高感もひときわです。
せめて特割Cは従来より心持ち安めにしないと理屈が立ちません。最低ラインの特割Cですら従来と同額もしくは値上げで、「よりおトクな空の旅をご提供いたします」と言う謳い文句はJAROや公取の出番と言われても仕方がありません。
ここまでくるとビジネスきっぷやビジネスリピートとの価格差もほとんどない感じです。ビジネスきっぷも15500円だったのを15200円に値下げしており、15000円のビジネスリピートやビジネスきっぷへの移行を狙っているとしか思えません。
ところで上記の通り特割Cが真っ先に消えて、とならないのは、この程度の価格差だと価格差も重要ですが、その他の使い勝手も判断材料になるようです。変更が出来ない特割でも万が一の事態を考えると、取消手数料の差は大きく、例えば東京−大阪なら特割Bなら従来通り1000円ですが、特割Cは2000円。東京−広島だと特割Bで従来通り1500円、特割Cが3000円と、特割間の運賃差(概ね500円)を吐き出してさらにマイナス、というリスクもあるわけで、敢えて特割Bを購入するという選択肢もありえます。余談ですが、特割Aのほうは、特割Bとの運賃差(概ね500円)に対し、東京−大阪で400円、東京−広島で600円の取消手数料の差になるため、特割Bが空いていたら特割Bで十分です。
●ビジネス需要はついてくるのか
ここまで分かりづらい、そして値上げになってしまっては、ビジネス需要はついてくるのでしょうか。
もちろん航空機でないと仕事にならないエリアは乗らざるを得ませんが、今回の制度改訂に料金、サービスとも同調しなかったJALへの流出は十分考えられるところです。
いわんや新幹線との競合区間においては、「また値上げ」ということで、シェアの一層の減少が確実です。
景気回復への足取りが重い中、企業の出張旅費は当然削減の対象であり、今回の改訂がなかったとしても、出張回数は減らされることが確実なのに、さらに値上げとなれば、回数の更なる減少、他交通機関への逸走等、収益確保の命題に対して逆コースになることは必至です。
企業の行動パターンは実に単純で、時間的優位性がよほどない限り、「安いかどうか」です。
このことは東京−大阪間という時間的にはほぼ拮抗している両拠点間のシェア推移が、各交通機関の利便性向上ではトレンドに変化が生じず、値上げ、値下げのタイミングで動いていることからも分かります。
例えば、「数字で見るJR西日本」の東京都−大阪府間の航空シェアが値上げと連動しています。
航空の数字には羽田乗継で他都市という数字が入っているので若干ゆがんでいますが、トレンドという意味では正しいと考えると、航空運賃自由化以降シェアを上げ続けてきた航空の勢いが止まるのは2005年。燃料費高騰もあり、ここから1000円程度の値上げが数回入りましたが、航空はてきめんにシェアを下げています。
この間、「のぞみ」中心ダイヤへ建て替えた2003年がターニングポイントにならず、2005年までシェアの上昇が続いたということは、新幹線の速達化であっても、新幹線回数券がデフォルトになったことによる「実質値上げ」が響いて、シェアの回復には到らなかった、シェアの回復はあくまで航空運賃の値上げによるという結論になるわけで、このあたりは今後の「リニア新幹線」の価格設定にも関係してくる部分です。
●ピント外れの対応
景気低迷による利用客の減少に加え、競合交通機関とのシェアの低下によりレバレッジが効く格好で利用者数が減少しているわけです。
なんとかそういう地合いを食い止めて、利用者を増やしたいところですが、このところの施策はどうでしょうか。
別稿で述べた機内サービスの簡素化は直接的にはコスト削減効果を生みますが、中長期的に見ればトータルサービスとしての運賃の割高感を利用者に植え付けるわけで、割高な「手段」を使ってまで、という心理が働くことにより、競合他社や競合交通機関への逸走、また旅行、移動そのものの中止といった影響が懸念されます。
一方でしきりに宣伝しているのがあいも変わらずフライトマイルの話です。
4月からは国内線、国際線とも基本マイルと同額のボーナスマイルを付けるという「ダブル(ス)マイル」キャンペーンを実施していますが、それに釣られて利用が増えるというものでしょうか。
「マイルの達人」とされる層は、日常の買い物でマイルをためて、特典航空券で旅行といういわゆる「陸マイラー」が多い一方、本当にフライトマイルをためる層は、ボーナスが付こうが付くまいがそれなりに利用するわけで、こちらはどうせ乗るのにマイルをたくさん付けるという過剰サービスであり、その収支決算が気になります。
なかには苦笑というかあきれ返るような宣伝もしているわけで、山手線などの車内モニターでのCMにしきりと流れていた、「飲み会3年間、タダでドイツ」という宣伝。若手層を専用対象にしたクレカの宣伝ですが、1回6000円で週1の飲み会を3年間続け、全部の勘定をマイル交換にメリットがあるそのカードで決済すれば、欧州往復の特典航空券が手に入る計算だそうです。
まあ割り勘なのに自分だけマイルという甘い汁を吸えば友情は瓦解しますし、マイルの期限は3年ですから4人で勘定は回り持ちにすれば3年では溜まらず計画が瓦解するわけで、なんとも画餅というか、品のない宣伝です。
ちなみにいわゆる「上級会員」対策としてのキャンペーンも実は渋くなっており、基準となるポイント数は暦年で計算するのですが、当初はここしばらく続いていたボーナスポイントがなくなり、ようやく新年度から10%のボーナスが付く程度と、ここしばらくで一番渋い状況とあっては、常連のインセンティブも働かないわけで、利用が減って本当に困っているのか?といいたくなるような対応です。
●気がつけば時代遅れの対応かも
あいも変わらずマイル頼みの集客、そして上級会員として囲い込むためのインセンティブの提供という手法ももはやマンネリ化しています。それでも「修行僧」と呼ばれる層がいるようになかなか根強いものがあるのですが、一方でこうした対策が特にビジネス利用を取り込むことに対する「抵抗」になる懸念が出てきています。
この話題はまず公務員の出張において、フライトマイルの個人帰属がけしからんという批判となって現れたわけですが、額面の運賃は値上げして、フライトマイルや上級会員向けポイントで還元という「ビジネスモデル」は今後受け入れられなくなる可能性を考える必要があります。
つまり、利用者の囲い込みを目的としたFFPシステムですが、それを個人客でなく国や自治体、法人が費用を負担するビジネス客が利用する際、そのフライトマイルの帰属を巡り、負担と還元が泣き別れになることで、費用負担者である企業などが損失を被っている、という横領の一種と看做すことができます。
また、出張が多い社員のみフライトマイルという「ボーナス」を手にすることで、家族もメリットを受けるケースも多々あるわけで、こうした「フリンジベネフィット」に対する不公平感も、特に社員の家族を中心に根強いことは記憶すべきことです。
さらに一歩進めて、フライトマイルなどのFFPによるメリット目当てで航空会社を選択するという現実にはよくある行動が、費用負担者との関係において大きな問題になる可能性が指摘できます。
つまり、例えばJAL便だとちょうどいい時間だけど、ANAのマイレージ目当てで若干冗漫な便を利用する、というようなケース。時間管理や万が一の災害時に、こうした行動は大きな問題になります。
特に近年、内部統制やコンプライアンスが重視されている中で、会社の費用負担に直結する交通手段の選択において、合理的な理由がないままに不合理な選択をすることは、会社にとっても従業員にとっても是正すべき行動として指摘されます。
ましてやその不合理な選択のインセンティブがフライトマイルということであれば、従業員が金員を目当てに不合理な選択をしたという解釈も可能です。実際、こうした選択は、出入りの業者をキックバック目当てで選択するということと本質的に変わらない訳で、業者選定でこうしたことをしたら普通の会社なら懲戒処分の対象になり、かつ会社に与えた損害の返済を求められるのと同等の評価をされる可能性は、昨今の統制強化の流れから見ると否定できません。
ちなみにANAは昨秋、法人契約者を相手に、専用デスク経由での予約1片道につき1000円の電子クーポンをプレゼントしましたが、これなどは極めてグレーなキャンペーンで、個人が現金等価物をキックバックとして受け取ってしまう、受け取らざるを得ないのであれば、厳しく考えれば、襟を正す意味もかねてANAをそのキャンペーン期間中利用しない、もしくは参加登録は絶対にしないという選択肢もコンプライアンス的にはありえました。
私の場合、そこまでストイックにならずに自然体で利用したわけですが(幸か不幸かANA利用に旅費節減をはじめとする合理的な理由が存在するので問題はないでしょう)、実際、キャンペーン終了後に積算されたクーポンの金額を見ると、「いいのかな?」と思うような数字になっていたわけで、数年前にあった期間中で1000円程度のエディがプレゼントというようなキャンペーンとは訳も桁も違い、受け取る側も若干の後ろめたさを感じたのです。
●シンプル・イズ・ベストだが
個人客ならこうした「おまけ」やフライトマイルのようなゲーム感覚ともいえるポイント取得も受け入れられるのでしょうが、収益の根幹をなすはずのビジネス客については、そうした対応が受け入れられない土壌が着々と固まりつつあります。
いや、そうした営業戦略をとる事業者と「取り引き」をすること自体を忌避する流れになることも十分ありえます。
そして企業の行動基準は利便性もさることながら、やはり基本はコストがいかに抑えられるかであり、そうしてみると、運賃は高く、フライトマイルで還元というビジネスモデルは最悪といえます。
つまり、企業の負担が高ければ、従業員との合算で見れば安かろうが選択肢から外れますし、企業の負担分が従業員にキックバックという形態は、個人に対する利益供与は一番やってはいけないことというコンプライアンスの理念に抵触するからです。
そういう意味でこれからの航空会社に求められるのは、まさに「シンプル・イズ・ベスト」であり、明朗会計なリーズナブルな運賃なのです。
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