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バスという交通モードの高度化を考える〜その6
意欲的な名古屋のバスシステム
(その2・ソフト面で特徴あるシステム)
玄関先から名古屋都心へ、さらに首都へ |
※写真は2001年4月、2003年7月および2007年5月撮影
※このテーマに関しては「【検証】近未来交通地図」でも論じています。
その1・ハード面で特徴あるシステムに戻る
●玄関先から都心を直結する近郊高速バス
1985年4月に名鉄バスセンターと桑名市の大山田団地との間で開設された三重交通の名古屋桑名高速線は、近郊の住宅街と都心を直結する新しいスタイルの高速バスとして異彩を放ちました。
住宅街では普通のバスのように停留所を回り、最寄りのICから高速道路に入り都心のターミナルまでというスタイルは、通勤電車の駅からのフィーダー間隔で都心直結という新しいスタイルを提示したのです。
大山田への三重交通高速バス(栄) |
その後、桃花台のように中央道高速バスを停車させることで近郊輸送を賄うスタイルもはじまりましたが、この近郊高速バスがブレイクしたのは2001年10月の名鉄と東濃鉄道による名古屋多治見高速線の開設といえます。
岐阜県可児市にある桜ヶ丘ハイツと名古屋を直結するこの路線、最寄りの多治見駅からバスで20分程度という必ずしも交通至便とは言いがたいニュータウンと名古屋都心を直結する高速路線は、名古屋桑名高速線以上に驚きの路線でしたが、今ではすっかり定着しています。
皐ヶ丘の住宅街に停車中の名古屋行きバス |
その後、鉄道利用だと今ひとつ不便な近郊のニュータウンと名古屋都心を直結する路線は急成長し、2002年4月に名古屋小牧線、2003年5月に名古屋高針線、2003年10月に名古屋可児市役所線、2004年10月に名古屋豊田(五ヶ丘)線、2005年10月に名古屋桃花台線(2002年4月開設の名古屋小牧線を桃花台延長のうえ中部空港リムジンとしていたものの改組)、2006年4月に名古屋西可児線と5年あまりで目覚しい躍進を遂げています。
これらの路線のうち、多治見、可児関係の路線は中央道桃花台に停車するため、桃花台における近郊高速バスは中央道経由による直行便と、小牧を経由し桃花台ニュータウン内にきめ細かく停車する便の2種類のメニューが揃い、ピーチライナー廃止後の代替交通としても機能しています。というよりも、こうした路線の整備がピーチライナーを追い詰めたともいえます。
中央道桃花台に停車中の西可児からの高速バス |
これらの路線の特徴として、ニュータウンから都心を結ぶという性格上、朝の名古屋行き、夕方の名古屋発の本数が多いこと(最多で7、8分ヘッド)。反面、日中は毎時1本程度というケースが多いです。
例外は名古屋高針線で、エリアが名東区から日進市と他に比べると短距離なため、市内バス感覚といえる設定となっており、朝は両方向で10分、日中でも20〜30分間隔となっていますが、これは終点が愛知学院大ということで通学輸送があることも大きいです。
なお老舗格の名古屋桑名高速線はこれらを超越しており、名鉄バスセンター、栄系統あわせて日中でも毎時6本、朝は3分程度に1本というまさに市内線感覚です。
オアシス21に進入したバス |
こうした路線の急成長を支えているのが高速道路の整備であることは言を待ちません。
名古屋桑名高速線の躍進の契機となったのは名古屋高速万場線と東名阪道の直結ですし、可児市方面のバスに関しては、2001年10月の名古屋高速小牧線の名神小牧ICとの直結がきっかけになっています。(名古屋多治見線はまさにこれと軌を一にしている)
また名古屋高針線や名古屋豊田線は2003年3月の名古屋高速東山線と東名阪道、東名名古屋ICの直結を機に誕生した路線であり、首都高、阪神高速よりも高く、一般の利用者にとっては不満が多いこれらの高速道も、高速バスにとっては鉄道空白域と名古屋を直結する新しいルートとして活用されています。
さらに名鉄バスセンターに加え、栄にバスターミナル「オアシス21」が開業したことで、名古屋駅、栄の2大拠点に分かりやすいターミナルがあることも高速バスの普及を後押ししています。
オアシス21のコンコース |
これらの路線のうち、近年の発展の基礎となった名古屋多治見線を見てみましょう。
多治見市に接する可児市桜ヶ丘ハイツへの交通機関は、多治見駅から東濃鉄道バスで20分程度ですが、もともと桜ヶ丘ハイツのほか、明和団地、緑台を経て、多治見IC付近から多治見駅までノンストップという住宅街アクセスに特化した路線でした。
実は高速バスの多治見側の最終停留所は多治見駅行きとほぼ同じであり、一般路線と高速バスで多治見市街と名古屋都心を使い分けるような感じになっています。
ハンプのある街路を行く多治見駅行き |
これらの路線が目指す桜ヶ丘ハイツは1974年に入居開始となる住宅街です。
桑名のネオポリスもそうですが、この時期に名古屋都心と距離があるエリアに本格的な戸建中心のニュータウンを建設するという発想がどういうコンセプトでおきたのかが気になります。
桜ヶ丘ハイツは手前から桜ヶ丘、皐ヶ丘、桂ヶ丘の3つから成り立っており、桂ヶ丘は他2つとやや離れています。
この桜ヶ丘の名前を有名にしたのが1988年以降開発された皐ヶ丘です。旧建設省のホープ計画第1号であり、ゆったりとした区割りにボンエルフを導入した街並みは失礼ながら岐阜県可児市とは思えません。開発がバブル後になった桂ヶ丘は皐ヶ丘に比べるとグレードがかなり下がった感じですが、それでも絶対的なグレードは高いです。
わざとカーブを描く街区の中心にある街路 |
皐ヶ丘ほどではないにしろ、西可児線の四季の丘、桑名線のネオポリスや桜台、また桃花台もそれなりのグレード感を狙った住宅街であり、地元での通勤というよりも、名古屋都心への勤め人をターゲットに、都心の集合住宅ではなく、近郊のゆったりとした邸宅から通うという、首都圏で言うとバブル期の新幹線通勤に近いイメージがあるかもしれません。
西可児線四季の丘の街並み |
このあたり、クルマ社会の中京圏だから当然クルマ通勤しか考えていない結果だろうと言われそうですが、対名古屋で見ると高速道路利用が前提になるわけで、いかにクルマ社会であっても、それなりの距離を片道千数百円の高速代を払ってまで毎日のように運転するのか、と言う疑問があるわけで、そういう視点からも特に高速バスが展開する前に分譲を開始したエリアにおいて住宅街が成立する背景は気になるのです。
皐ヶ丘の住宅地にあるポケットパーク |
この名古屋多治見線は名古屋行きの平日朝が7、8分ヘッド(ピーク後は30分ヘッド)、名古屋発の平日夜と名古屋行きの休日朝が30分ヘッドのほかは60分ヘッドとなっています。
ラッシュ時の利用実態は見たことがないのですが、休日日中だと10〜20人はコンスタントに乗っているイメージで、多治見駅行きが毎時2本見当で10人弱という状況から見ると、多治見や可児にありながら名古屋との結びつきが強いようです。
皐ヶ丘ではJR東海バスの「中央ライナー」が東濃鉄道と共同運行になり可児線が出来た時、昼行、夜行ともに皐ヶ丘に停車するようになっており、玄関先から都心どころか、玄関先から日本の首都と言う状況になっています。
派生路線の成長や、こうした長距離高速バスの立ち寄りといった展開を見ると、近郊高速バスというソフトがこの手の独立型のニュータウンにとっての画竜点睛となった感があります。
●住民が育てたコミュニティバス
コミュニティバスというと通常は行政主導で交通不便地域の解消や、いわゆる交通弱者の移動機会提供を目的として設定されています。
中京圏においてもこうしたスタイルのコミュニティバスの設定はもちろんあるわけで、近年はバス会社の路線撤退による設定も目立ちます。
春日井市コミバス・はあとふるライナー |
ここで取り上げるのは愛知県小牧市の桃花台ニュータウン。ここにあるのが住民が育て上げたコミュニティバス「桃花台バス」です。
1980年に入居を開始した桃花台ニュータウンは、隣の春日井市にある高蔵寺ニュータウン同様、名古屋へ通勤通学する世帯をターゲットに開発されました。
ここの基幹交通として建設されたのが桃花台新交通(ピーチライナー)ですが、開業が1991年にずれ込んだ上に、住民のメインアクセスであったJR春日井駅ではなく名鉄小牧駅へのアクセス、さらには名鉄小牧線自体が上飯田をターミナルとし、都心へはバスまたは徒歩で名城線平安通まで移動する必要があると言う非常に難があるアクセスだったため、春日井駅経由の1/5程度しか利用が無い状況でした。
平安通延伸までの上飯田駅は背後のビル内に |
住民が求める春日井駅へのアクセスについては、小牧市が街の中心である小牧経由に誘導しようとしたのか否定的で、名鉄バスも自社小牧線の利用にかかわるので、高蔵寺駅行きは設定したものの、春日井駅行きは設定しませんでした。
一方競合交通機関としては中央道桃花台バス停に発着する中央道特急バスに加え、2001年の名古屋多治見線が出来、ますますピーチライナーの影が薄くなっていました。
ループ線で折り返していたピーチライナー(桃花台東) |
2002年4月、住民組織「桃花台バス運営会」がニュータウン近くの名古屋造形大学へのスクールバスを運行していたあおい交通に委託する形で21条免許による会員制バス「桃花台バス」がスタートしました。
スクールバス乗り場と共用の乗り場 |
10月には4条免許による路線バスとして一般開放されて現在に至っていますが、もともとスクールバス運行用に春日井駅から少し離れたところにバスターミナルを持っており、桃花台バスの運行時間帯が通学時間帯の「裏作」にあたることから、住民と事業者の意思が上手く合致し、さらに規制緩和の波にも乗った感があります。
※以前【検証】近未来交通地図で桃花台バスに言及した際、「欠損補助規定のある4条路線」とご紹介していますが、少なくとも行政による欠損補助規定はなく、事業者がリスクテイクする一般的な4条路線と訂正いたします。
なお、あおい交通はバス終了後にはワゴンタクシーによる輸送サービス「ミゴン」を春日井、桃花台センターから提供するなど意欲的で、その後豊山町の「とよやまタウンバス」や県営名古屋空港リムジンへの参入など、路線バス事業参入の第一歩となった事案でもあります。
この豊山タウンバスも、豊山町内の交通不便地域の解消と言うより、豊山町自体の交通不便を解消する目的となっており、R41などを通り、県庁前(のちに栄)や小牧市役所を結ぶ「都市間路線」という異色のコミュニティバスです。
小牧市役所で発車を待つとよやまタウンバス |
桃花台に話を戻すと、JR春日井駅へのルート開設、高速バスの充実といった展開に対し、ピーチライナーのほうは2003年に名鉄小牧線と地下鉄上飯田線の直通運転開始により名城線平安通までの徒歩連絡が解消しましたが時既に遅しで、2006年9月30日限りで全線廃止の憂き目となっています。
それに伴いあおい交通が廃止代替として小牧駅までのピーチバスを運行し、名鉄バスもこれまで頑なに拒んでいたはずのJR春日井駅線を設定するとともに、2005年10月から中部空港リムジンを縮小した格好での高速バス名古屋桃花台線を運行しているのが現在の桃花台の交通事情となっています。
ピーチライナー廃止直前の名古屋桃花台線 栄、名古屋駅への乗り換え無しを謳う... |
さて桃花台バスですが、最大の特徴は朝昼晩でルートが全く異なることでしょう。
朝はニュータウン内3箇所からそれぞれ分散して集客し春日井駅直通。昼はニュータウン内を巡回し、春日井市民病院や商業施設を経由して春日井駅。夜は春日井駅から直通でニュータウンに入り、中では昼ルート同様の巡回となっており、判りにくい反面、それぞれの時間帯の利用実態に即した格好になっています。
朝は大型(観光タイプの車両も充当) |
朝はスクールバスに使用する大型バスを使い、日中は企業送迎用に使うマイクロとなりますが、夜はわかりません。需給的にはちょうどいいようですが、日中にはふとした弾みで客が多いと積み残すこともあるようです。
朝は企業送迎、日中は桃花台 右側面はローマ字が右書きなのも特徴? |
小牧へのピーチバスも同様に朝は2箇所から小牧へ向かい、日中以降は巡回となっています。
名鉄の春日井線、名古屋行き高速バスもニュータウン内巡回となっており、目的地によっては大回りになる反面、これまでピーチライナーだと駅から歩かされた住宅地の多くにダイレクトアクセスとなったため、利便性が向上したと言う声も多いようで、バス代替ではお決まりの交通集中による遅延や混雑への批判だけではないことが桃花台の特徴です。
多様なバスを案内する掲示板も |
ただピーチバスに関しては、小牧駅周辺の道路事情が中心市街地開発の絡みもあってか悪いこともあり、小牧原−小牧間で時間を食うこともあり利用は落とす傾向にあります。
廃止代替という位置づけから旧路線に忠実に小牧に向かうため仕方がない面もありますが、小牧経由名古屋行きの高速バスのルートで速達化を求める声もあり(小牧駅に直行するにはこれが最短)、路線設定の難しさを示しています。
桃花台センターに入るピーチバス |
桃花台バスの路線やダイヤ設定は行く度に少しずつ変わっているきらいがありますが、これは利用者のニーズをフレキシブルに汲み上げていると解したいです。桃花台内巡回での運行形態など、後発となる名鉄バスにも採用されており(既存の高蔵寺線は巡回しない)、桃花台バスとピーチバスが桃花台での交通のスタンダードになっているようです。
ただ、急激な拡大とメジャー化に中身が追いついていない感もあり、バスに両替機が無く、運転手が手渡しで両替するといったあまりシステマティックでない対応は、コミバス時代なら「ほのぼの」で済みますが、ニュータウンの基幹交通機関としてはいかがなものかと言う面もあります。
「みんなでワゴン」の「ミゴン停」 |
住民がムーブメントを起こして、新鋭の事業者がそれに応えたケースは神戸・住吉台のくるくるバスを思い出す事例ですが、時系列的にはこちらが先輩です。
そして住吉台とは比較にならない規模である人口27000人(修正計画人口40000人、当初計画54000人であり、その見込み違いもピーチライナー破綻の原因である)のニュータウンの基幹交通にまで育った現状はまさに時の利を得た「時代の寵児」ともいえるわけで、住民、事業者ともにWIN-WINの関係といっていいでしょう。
もちろんその陰にはピーチライナーの退場と言う悲劇もあるのですが、その影響はまさに功罪相半ば、いや、功も多いわけです。
しかし、悲劇の原因を考えた時、そもそも需要予測時に春日井経由のアクセスを考えていなかったという杜撰さや、当時の規制体制での交通事業者である名鉄が頑なにJR春日井駅へのアクセス路線を開業しなかったという住民の声を無視した経営があったわけです。
春日井駅近くの乗り場に停車中の桃花台バス |
桃花台バスの登場、発展とあおい交通の伸長はまさにその瑕疵を突いたものであり、ある意味必然ともいえる出来事といえますし、住民の声に応えない事業者の退場を促したものです。
しかし、本来は高速バスはともかくとして退場すべき存在とも言える名鉄が、ピーチライナーの廃止で掌を返したようにJR春日井駅への路線を「ダブルトラック」にしたばかりか、離れたターミナル発着の桃花台バスを意識して既得権益がある「駅前ロータリー乗り入れ」を宣伝するというのは、これまでの経緯を見てきた住民の目にはどう映るのか。
閉鎖された桃花台東駅と春日井駅への名鉄バス |
いまさらの参入は桃花台バスの基盤を確実に脅かしますが、一方で規制緩和の流れの中では、これまでチャレンジャーだったあおい交通はここではディフェンディングチャンピオンともいえるわけです。とはいえ攻守ところを変えた第二幕も結局は住民の利便性をどう考えるかが鍵であることは確かで、それに忠実な事業者が生き残ると言えます。
●おわりに
以上のように、クルマ社会と言われる中京圏においては先進的、特徴的なバスサービスが花開いており、公共交通の頑張りもまた目立つのです。
こうしたメニューの中には、各地の事情に合ったバスサービス、交通モードが必ずやあるはずであり、その対象も軌道系に匹敵する規模からミニマムアクセスのレベルまで多彩です。
もちろん肝心な中京圏での事業者がそれを充分に活かしきれていないという問題が無いとは言えませんが、そうした「問題点」も含めての参考事例と言えます。
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