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交通におけるマナーを考える〜その2
マナーを装う非寛容の時代を憂う


先に論じた 民鉄協会のマナーキャンペーンポスターに出ていた「迷惑行為ランキング」、いかにもというものもあれば、えっ!?と思うものもあるわけで、最近の「マナー」「迷惑」に関する意識の変化と言うものが浮き彫りになっています。
件の「座席の座り方」にしても、ロングシートで身体を捩って窓の外を見ることすら咎められかねないようですし、今や何がマナー違反なのか、戦々恐々として電車に乗らないといけないといったら言い過ぎでしょうか。

そうしたマナーに対する意識で違和感を感じるのが、「車内での飲食」です。
「迷惑行為ランキング」でもノミネートされていましたが、確かに食べ散らかしやゴミの放置といった面を見ればそれは迷惑ですし、そういう「被害」を事前に防止する意図もあって、東北地方における701系電車など、車内での飲食を控えさせるという心理的効果も狙ってロングシート化を推進したケースもあります。
一方で、鉄道旅行の醍醐味の一つに、多彩な駅弁というものがあります。こちらのほうは各地の老舗に加え、鉄道会社自身が資本参加したりして駅弁に参入しているケースもあるわけです。ロングシート化が進む電車のホームに駅弁を勧める売店があるわけで、まさか弁当は買っても良いけど、降りてから食べてくれ、と言うのでもない限り、従来通り車内で弁当を遣うことを否定はしていないようです。

東京駅東海道線ホーム(7、8番線)

そこで駅弁は良いが、その他はダメという趣旨を説くかもしれませんが、車内での飲食は何も娯楽ではなく、食事という人間の基本的な活動の一環です。優等列車なら良いが、一般列車はダメというのも一見もっともに見えますが、食事時間帯は移動はするなとはいえませんし、接続の関係で長旅の途中で一般列車に乗る時間帯が食事時にかかるということもあるわけです。
最近ではサービスが相当簡素化されていますが、航空機では運行時間帯によって軽食か茶菓かを出し分けていましたし(今ではスーパーシートクラスでしか出ないが)、食事は食事時に、という至極当たり前の発想です。

もちろん混み合う通勤電車で「朝飯時だから」と食事をするのはさすがに周囲の迷惑でしょうが、周囲の目はともかくとして、昼飯時のロングシートでおにぎりなどの軽食を摂ることまで否定すべきかどうか。こう書くとそこまでは、と言われそうですが、実際は違います。
東京メトロのマナーキャンペーン、可愛いテディベアを使ったシリーズの2005年1月バージョンは、

「ただようニオイにわたしのお腹は鳴っている。えっ、みんなのお腹は立っている?」

というキャッチコピーでした。
その可愛い牝熊(笑)が食べているのはハンバーガー、傍らにはポテトとドリンク。別に食い散らかしているわけでもなく、コピーの内容から見るとハンバーガーの匂いを咎めているようです。
先の民鉄協会の「車内での飲食」もハンバーガーをかじる女子高生の図であり、どうもハンバーガーを食べることが槍玉に上がっているようです。

少なくともハンバーガーはサンドウィッチやおにぎり同様、食卓外での食事を前提にした軽食でしょうから、車内で食事時になって開くことが憚られるような食物とは思えません。そうなるとホカホカのハンバーガーから立ち上る匂いが「マナー違反」ということですが、そこまで非を鳴らすべき食物かというと甚だ疑問です。車内でクサヤの干物をかじったり、ニンニクたっぷりの餃子を食べたりするのであればまだしも、ハンバーガーレベルで「匂いがキツイ」というのが昨今の感覚でしょうか。
そうは言っても、どこかで歯止めをかけないと、そのうち炊き立てご飯の匂いがキツイとか言われかねないわけです。駅弁でも消石灰を使った「ホカホカ」型の弁当や、横浜や神戸、熊本など定評のある中華系の弁当、変わったところでは高知のかつおのたたき弁当の薬味のニンニクスライスなど、世に名物と認められている駅弁が指弾される日も遠くはないのでしょうか。

マナーというのは他人に迷惑をかけない、ということですから、他人がその匂いを不快に感じるのであれば控えるのが原則です。しかし、一方で公共の場においては、自分本位の基準だけでものごとを考えることは許されず、ある程度は受忍、我慢する必要があるわけです。
例えば香水の匂いが不快(確かにそうだが)であっても、外出時に香水を付けるという習慣と言うか、これもマナーである部分がある以上、一切付けるなとは言えないわけです。
電車内と言う公共空間でそこまで受忍すべきか。そこで飲食の一切を認めないというコンセンサスは当然ないわけですし、人間として本質的な行動である「食事時に食事を摂る」ことを否定する方向で「マナー」を確立させることはできません。

そう考えた時、一般的に食事として容認できる内容の匂いまでマナー違反とすることはいかがなものか。それこそ炊き立てご飯の匂いも実は相当なものですが、日本人の主食である米飯まで否定するのでしょうか。
不快に思う人が居るかもしれないが、ある程度は我慢してもらうしかないという、感覚が重なり合う部分において、一方の間隔に偏った「マナー」はマナーではありません。マナーに名を借りた非寛容は行き過ぎると他人への迷惑になるのです。
いわんやそれが個人の感覚として主張されるのならともかく、事業者が定義付けることは避けなければなりません。

◇◇◇
こうした風潮が近年強まったのはなぜかを考えた時、まず思いつくのは病的ともいえる潔癖性が挙げられます。その流れに乗って消臭剤市場は拡大し、年齢とともに避けられないいわゆる「加齢臭」すら批判されているのは周知の通りです。
そして、他人への寛容度の著しい低下。自分の感覚のみで他人の行為を評価し、感情に顕すケースが増えているように見受けられるのと無縁ではないでしょう。
その槍玉に上がってきたのが「匂い」であり、今や食事という当たり前の行為すら批判されるようになっているのです。

それでもまだマシなほうで、買い物の内容すら指弾されているというのが現実です。関西ですともっぱら阪急の駅構内で売られている有名な豚饅頭が、その匂いが「お上品な」車内に漂うというのが笑い話のようになっていますが、それがそのうち批判されるようになると構内での販売が出来なくなるのでしょうか。
先日、大阪の鶴橋で焼肉を食べた際、周囲のマーケットで本場のキムチ類を買いましたが、店頭の謳い文句が「完全に密閉しますから電車でも大丈夫」というものでした。確かにキムチの匂いは「本場もの」だと相当なものですが、「完全に密閉」と謳わないといけないご時世のようです。

かつてはターミナル駅のスーパーやデパ地下で、惣菜や野菜、ネギのような香味野菜を買って電車に乗るという光景が当たり前のように見られ、夕方の電車にはそこはかとなくただようコロッケの匂いや野菜の青臭い匂いが漂っていました。
現代の基準はそういう食物への匂いすら拒絶する方向にあるとしたら、突き詰めれば公共交通を使っての生活というものを否定する時がやってくるかもしれません。
人間とその生活に由来する事象すらマナーとして拒絶する流れには、そうした危険性すら孕んでいる気がします。




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