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乗鞍岳マイカー規制について

畳平に到着したシャトルバス

※この作品は「【検証】近未来交通地図」に掲載されたものを補筆改稿したものです。

初出:2002年10月
特記なき写真は2005年7月撮影

【ご案内】 マイカー規制前年と、マイカー規制後の乗鞍訪問記は「お好み旅行記」の 「乗鞍賛歌」 をご覧下さい


●乗鞍スカイラインとマイカー規制への道のり
標高2700mあまり、日本一標高の高い道路として名高い乗鞍スカイライン(岐阜県高山市丹生川村平湯峠−畳平)と乗鞍エコーライン(県道乗鞍岳線:畳平−長野県松本市安曇村乗鞍高原)にマイカー規制が敷かれてから今年で3回目のシーズンを迎えました。

そもそも乗鞍スカイラインが1973年の開業以来30年の償還期間を満了し、2003年のシーズンから無料開放されることになったのを契機に、もともと無料だった乗鞍エコーラインと合わせて乗鞍岳を巡るドライブウェイが無料化となるはずだったのですが無料化による通行量増大による環境破壊を懸念して、バス、タクシーのみ乗り入れ可という上高地スタイルのマイカー規制が、スカイライン、エコーラインとも敷かれることになりました。

いかに自然保護という大義名分があるとはいえ、建設費用償還のための通行料金を支払い続け、ようやく償還と思ったら通行禁止というのはだまし討ちであり、非常に後味が悪いのですが、規制後のありかたについては、先輩格の上高地のメリット、デメリットをよく踏まえてマイカー利用者、公共交通利用者ともに満足するスタイルを確立していくことが求められます。

なお、乗鞍スカイラインの「開通」は1973年となっていますが、実はこの道、戦争中に陸軍が畳平に高高度用エンジンの研究用に航空研究所を建設した際の軍用道路に端を発しており、1942年に開通しています。結局高高度用エンジンの実用化が適わなかったことでB29の蹂躙を許した結果の敗戦により、軍用機エンジンの開発研究の必要もなくなりましたが、戦後の1948年から濃飛バスが登山バスを走らせてきています。この裏には、実は濃飛バスが軍用工事の建設時に戦後の観光開発を考えてバスが通行可能な規格で建設するように働きかけ、実際に費用も負担したという歴史がありました。
道路は改修され、1973年に2車線の舗装道路「乗鞍スカイライン」としてリニューアルオープンしたのです。
一方のエコーラインは戦後の開通。1962年に陸上自衛隊の施設部隊の手により完成しています。

例年5月15日から10月31日までの営業(エコーライン側は7月1日から10月31日まで通行可能)で、2002年度も10月31日をもって営業が終わったのですが、例年の「10月31日」と違い、半年以上の冬季閉鎖が明けるとマイカー規制ということで、この日がマイカーで乗鞍に入れる最後の日となったのです。
このため2002年度の乗鞍は「ラストイヤー」ということで空前の人気となり、皮肉なことに営業最終年度に36万5千台という年間利用第数の最高記録を更新しました。

魔王岳から見た畳平駐車場(2002年10月撮影)
三叉路から左上がスカイライン、右上がエコーライン
エコーラインの渋滞(2002年10月撮影)

特に最後の月となった10月の3連休には午前中に頂上からの渋滞がつながり「通行止」となる前代未聞の事態も発生するなど一種の社会現象化した感がありましたが、月末近くになると冬が足早に訪れ、20日過ぎからは断続的に両道路とも積雪閉鎖が相次ぎ、エコーラインは23日から、スカイラインは26日昼に閉鎖となったまま、そのまま奇跡は起きず、「永遠の最終日」である31日を迎えたのです。


●マイカー規制の骨子

朴の木平駐車場に向かうシャトルバス

マイカー規制に伴う畳平へのシャトルバスは、2005年現在、下記の3種類になっています。

乗鞍高原から毎時1本
平湯温泉から朴の木平経由で毎時1本 (夏季は30分ヘッド)
朴の木平から30分ヘッド

朴の木平バス乗り場(左手青い屋根の前)朴の木平駐車場全景

値段は乗鞍高原が片道1100円、往復2000円。そのほかは1050円で往復は1800円。
駐車場料金は乗鞍高原と朴の木平が無料で平湯は1日500円。
上高地と比較すると、平湯は駐車場、シャトルバス料金とも一緒。上高地専用の沢渡も片道1000円、往復1800円の1日500円ですから、2002年までの路線バス運賃(畳平から乗鞍高原が片道2200円、平湯温泉が片道1850円)と比較すると乗鞍はお値打ちと言えます。

乗鞍高原バス案内所兼出札乗鞍高原バス乗り場(右手のテントの前)

キャパシティは乗鞍高原が1000台、平湯が860台、朴の木平が1500台ですが、平湯が上高地用と共用と言うのがちょっと難点でしょうか。また上高地が平湯の860台と沢渡の1500台だけと言うのに比べると比較的ゆったりとした感があります。
バスの運行頻度は上高地の方が多い(沢渡10〜20分ヘッド、平湯20〜30分ヘッド)ですが、道路事情等や、観光地としての入りこみ数の差を勘案すると上高地のような事態にはなっていないようです。

上高地シャトルバス(中の湯にて)
三叉路の左手の釜トンネルから規制区間


●マイカー規制に思う
さて、乗鞍のマイカー規制は、無料開放に伴う交通量増加による環境破壊と、入り込み客増加による環境破壊の両面を理由にしています。確かに無料だと交通量も増えるでしょうが、一方で需要の大きい首都圏からのメインルートになるエコーラインは当初から無料であることを考えると、影響は本当にあったのかという疑念が払拭出来ません。
逆にエコーラインとスカイラインの回遊がしやすくなることで、無料だからとエコーから入ってエコーに降りるという数が減り、狭隘なエコーラインの渋滞や、畳平での渋滞が減る可能性もありました。
広域的に見ると、前川渡(R158とエコーライン方面の分岐)‐平湯間で、畳平経由で流れていた流動が総て安房トンネルなどR158に集中するため、中の湯や沢渡地区の負荷が異常に高くなる懸念すらあります。

これが顕著に出たのが7月1日から28日の間のR158の不通でして、普通車ですら通るのがやっとと言う沢渡〜白骨を交互通行までして通してましたが、もしスカイライン〜エコーラインが通れれば、そのような対応やストレスを要さずに迂回ルートが確保できていたのです。
実際、大型バスは畳平の環境維持費の支払いを条件にスカイライン迂回がメニューに上がっていた訳で、自然災害によるあくまで特例として、畳平経由で普通車も流すべきではなかったのではないでしょうか。

乗鞍高原始発で運行された上高地シャトル迂回地の白骨温泉を目指すシャトルバス


環境破壊についても、針葉樹の立ち枯れやハイマツの減退を指摘する声はありますが、エコーラインとスカイラインを比較すると、本来同様に認められるはずの被害に濃淡があることが分ります。
つまり、スカイラインの方が被害が深刻であり、有料のほうが被害は大きいという不思議な結論になります。自分なりに推測すると、これは大型車の通行がスカイライン中心であるということと、北西側斜面になるスカイラインは、偏西風による大気汚染の飛来の影響も混ざっている可能性があります。

マイカー規制がバスとタクシーに限定することで、これまでのマイカーがバスに転換するとなると、規制前と比較にならないバスが通行することになります。もちろん定期バスやシャトルを担当する濃飛バスと松本電鉄は低公害車両で運行してますが、団体ツアーで各地から押し寄せる観光バスは、ディーゼル規制区域外登録の排ガス濃度の濃いものも多いでしょう。
環境負荷が小さい車両がたくさん通るよりも、負荷が高い車両は一発来た方が被害が大きいのです。特に今まで定期バスが1往復だけだったエコーライン側は深刻で、環境もさることながら脆弱な路面の破壊も進行する懸念があります。路面に関してはいちおう手は入ってますが、破壊のスピードはこれまでよりずっと早いでしょう。

あと、バス単位で観光客が来るということは、同じ経路で同じ時間に多くの人が来るということで、人的負荷も飛躍的に悪化します。マイカーならちょっと見るだけの人もいれば長逗留もいるといった塩梅ですが、ツアーだと飽きても時間までいることになります。
また、マイカーの場合は「乗鞍に行く」という目的意識を明確にしており、乗鞍と言う場所と環境への理解もあるように思いますが、団体の場合は登山目的の団体ならともかく、奥飛騨温泉郷への通りがけとか、あまり乗鞍である必然性を持たないケースも多いわけで、特にそういう団体が多い午後の畳平では、お花畑で木道から外れて無茶をしているのもたいてい胸に旅行社のバッジをつけている人のように見えます。

結局、現在尾瀬や上高地では認められている団体ツアーのバスを規制しないと、本来の効果をあげることは到底期待できません。
このままだと経済効果が少ない個人客を生贄にして環境保護のポーズをとっているのか、それとも経済効果の高い団体客を誘致する純経済的な話なのかともいえますが、入り込みの減少という現実を前にすると、経済効果も無いと言う話になりかねません。

あと、規制除外の線引きがやや不明瞭では無いでしょうか。今回の訪問でも、エコーライン上部の大雪渓の駐車場に何台か自家用車然としたクルマがいましたし、畳平からさらに上の宇宙線研究関係の適用除外標識をつけたクルマが通るのを見ましたが、見た感じでは観光とどこが違うんだという振る舞いであり、そうした不明瞭に感じる線引きを目の当たりにしては、マイカー規制、そしてそれを進める地元に対する理解も得られなくなる懸念があります。


●公共交通の力不足も問題
定期バスが嫌われてきた原因の一つに、流動とそっぽを向いた系統があるとみられます。通常、電車乗り換えの新島々ターミナルか、高山駅からバス便があると考えるのが自然ですが、乗鞍の場合、鈴蘭経由で新島々を結ぶ1往復(夏のピークは2往復)以外は総て上高地‐平湯‐畳平でした。これでは松本へは平湯で松本‐高山・新穂高温泉の特急バスに乗り換えるか、中の湯で上高地系統に乗り換えです。上高地系統に途中で乗ることの困難さはいうまでもなく、ただでさえ時間が読めないのに乗り換えでは使えません。高山も平湯乗り換えで、こちらは高山‐平湯のバスがあるのでマシとはいえ、状況は似たようなものです。
新島々直通も、畳平からの帰り便が午後便ですから、登山帰りには遅すぎ、不向きで、時間が読めない問題はあるとはいえ、山の生態に詳しいはずのアルピコがなぜ、という感じです。
さらに宿泊を考えても、新穂高、平湯、白骨、乗鞍高原といったところの宿泊がメジャーですが、乗鞍高原と平湯以外の直通はなく、乗鞍高原も前述のとおり1往復のみ。新穂高は平湯乗り換えですが、白骨は上高地系統同士で中の湯乗り換えと厳しいです。

シャトルバス車内

乗鞍シャトルの運行開始により、畳平とは、スカイライン側が平湯トンネルを挟んで平湯温泉と朴の木平スキー場、エコーライン側が乗鞍高原と結びます。ただ、私も朴の木平から平湯を経由して乗鞍高原に回ったように、クルマでの回遊コースが組めないことは不利です。一方、上高地が比較的うまくいっているのは、沢渡と平湯で乗り換えですが、規制区間が中の湯からの袋小路なので、乗り換えが行程に与えるダメージが比較的少ないという決定的な違いがあるのです。
また、新島々、上高地、高山への「路線バス」が乗鞍に関しては「シャトルバス」に事実上一本化されています。(上高地へは平湯でシャトルバスを乗り継ぐ形での通し乗車券(片道のみ1950円と100円引き)を設定)

霧の畳平で待機するシャトルバス平湯温泉行きの濃飛バスシャトルバス

シャトルが案外と経済的で、かつ本数がしっかりしているのは予想外の収穫でした。このため往復型はもちろん、クルマではやりづらくなった周遊型にも対応出来るのは良いのですが、公共交通だけで入山した場合、特に下山の時、乗鞍高原や平湯、朴の木平での乗り換えをどう評価するのか。乗り換えで着席保証が無いとなると厳しいです。
ですから公共交通シフトというにはあまりにも力不足であり、結局はマイカー利用を前提にしているようですが、周遊コースが組めずに往復型になることから来る魅力の低下や、周遊コースを組むと、例年混雑が激しい安房峠(安房トンネル)を挟む前川渡〜中の湯〜平湯の区間に流動がさらに集中するという本末転倒の事態すら想定されるわけで、松本、高山口からの公共交通利用による周遊へのシフトをもう少し大胆に打ち出すべきではないでしょうか。

乗鞍岳シャトルのバス停上高地シャトルのバス停



●自然は誰のもの
マイカー規制のきっかけとなった乗鞍の環境問題は、自動車道の整備により安易に多くの人が入り込んだことに求めるのが通例です。そのこと及び、本来アルピニストの聖域ともいえる高山に都会の感覚で行けること自体がおかしいという意見もあることは承知しています。

しかし、あの素晴らしい自然を鍛えられた体力を備えた登山者だけが独占するのではなく、1座くらいは一般人がその自然に触れる機会を与えられる場所として確保してもいいのではないでしょうか。1948年以来、バスで2700mという高山に気軽に立ち寄れる乗鞍が、高山の世界という全くの別世界を多くの人に体験させてきた功績もまた無視してはいけないはずです。
様々な事情で山に登れない人に、こうした自然を見せる場所として敢えて俗化を守るという選択肢を、20座以上ある3000m級の山の1つだけに与えることすら許さないというのは、自然に名を借りて自分好みの環境をただ守りたいがだけではと言うのは言い過ぎでしょうか。

富士見岳から畳平を望む(2002年10月撮影)畳平のお花畑(1997年7月撮影)


少なくとも自分の意思と行動で畳平に来るマイカー客のほうが、上高地や奥飛騨温泉郷の回遊の1つとして連れて来られる団体客よりも乗鞍を愛していることは確かなのです。

クルマが環境問題を克服する日は近いですが、そうであってもマイカーで上れると言うところに時計の針が戻ることは無いでしょう。その程度は受け容れる覚悟はありますし、そうすべきでしょうが、そのためにも本当に乗鞍に来たい人に優しく、真に自然を守るマイカー規制として定着していってほしいものです。





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