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トラムやぶにらみ〜その4
福井鉄道のダウンサイジング


福井駅前

※写真は2006年9月撮影


第4回目は再び既存路線、福井の福井鉄道です。

どちらかと言うとトラムと言うよりも地方鉄道、HRTとしての印象が強い路線ですが、2005年3月の名鉄岐阜市内線などの廃止に伴う余剰車両を受け入れるとともに、2006年年初に各駅のホームを切り下げ、軌道用車両による運行にシフトしており、広島電鉄宮島線に続いて、郊外鉄道が「軌道」になったケースともいえます。

一方で福井にはえちぜん鉄道と言う地方鉄道があります。かつての京福電鉄福井支社ですが、2000年12月と2001年6月に二度の正面衝突事故を起こし、国交省から運行停止命令を受け、そのまま事業改善命令の履行不可能と言うことで営業継続を断念、地元主導の第三セクター、えちぜん鉄道が受け皿として設立され、2003年7月以降、順次運転を再開したものです。

往時は同じような地方鉄道が2社あるイメージでしたが、両社の取った施策は正反対とも言えるものでした。
この9月に両社を乗り歩いた際の印象を絡めて論じていきましょう。


●福井鉄道の変化
福井鉄道に乗ったのは2002年年始以来4年半ぶりです。当時は静岡鉄道から転じた鉄道用車両荷乗車しており、また、運行形態も独特で、日中は福井駅前に入るのは田原町発武生新行の片方向のみで、最初そのからくりが見抜けず、結局福井駅から田原町までタクシーで移動しています。

当時も今も日中20分ヘッドですが、田原町に入るのが20-40分ヘッドだった当時に比べると、全電車福井駅前に入って20分ヘッドとなった現在はわかりやすいです。ただ、福井駅前にいったん入るだけで10分近いロスになるため、田原町や裁判所前の利用はそうしたロスを気にしないか、福井駅までの短距離利用に限定されそうです。

前回一通り全線乗車しているので、今回は武生ではなく鯖江から乗車して、市内線を中心に見ることにしました。

独特のスノーシェルター(西鯖江)


●福井鉄道に乗る(西鯖江〜家久)
北陸線の普通列車を鯖江で降りて、福鉄の西鯖江駅に向かいます。 別稿 で書いたように月番で道の左右が駐車可能になる中心商店街を経ますが、思ったよりも距離があり、西鯖江にたどり着いたときには予定していた電車は出たあとでした。武生で乗り換えていれば間に合っていただけに悔しいですが、沿線の街、鯖江を見るという目的もあるだけに仕方がありません。JR鯖江も福鉄西鯖江も中心街からは少し距離があり、西鯖江のほうがこころもち近いのは福鉄有利ですが、JRの線路をはさんで反対側をR8が走り、北陸道の鯖江インターもあることから新市街となっており、中心街への近さを云々する以前の問題になっているかもしれません。

その西鯖江は交換可能の有人駅。駅前にはタクシーもおり、そこそこ使われていることがうかがえます。福鉄とえちぜん鉄道に1日乗り放題のチケットが1200円で売っており、早速購入。駅は福鉄の営業所にもなっており、どちらかと言うと高速バスの宣伝が目立ちます。

西鯖江駅外観

次の福井方面行きより早く武生新行きが来るため、1日乗車券を活かして逆行します。
ホームに出ると軌道用車両に合わせるためにホームを切り下げており、ベンチなどがあるスペースとの間が階段状になっています。そして駅の前後のポイント部分を覆うかまぼこ型の雪覆いが特徴的です。
余談ですがこの会社の特徴?は、当たり前の「お願い」を大仰に修飾することで、ホームからの転落事故防止の訴え(軌道化により落ちてもたいしたことがなくなったが...)で、「山手線新大久保駅で転落事故が発生しました。(中略)危険ですから下がってお待ち下さい」としたり、不審物への警戒に、「最近世界情勢不安定なためテロや炭疽菌が報告されています...」とあたかもアルカイダが福鉄を狙いかねないような筆致で訴えてきます。

仰々しい「お知らせ」

老婆が「上鯖江に停まりますか」と聞いてきましたが、目的地は隣の駅。かつては日中も急行があったため、そういう質問になったのでしょう。今は日中は全部各停です。
枯れた警報機が鳴り出し、やってきたのは美濃町線で活躍していたモ880。低床ホームに電車が着くと、名鉄時代でもおなじみのステップが飛び出し、2ステップ分を上がって車内に入ります。
ところが先程の老婆がそのステップを登れません。平地を歩くのは何とかなるのですが、段差がまるでダメなようで、抱えて乗車させていると運転士まで飛んでくるちょっとした騒動になりました。上鯖江で降りる際にも同じ騒動になりましたが、今度は運転士が最初から対応してました。

ホームの右手、段差の上がかつてのホーム高さ

車内は5人程度の乗車と閑散。まあ9月に入った土曜日の午前中の武生新行きですから仕方が無いでしょう。名鉄時代からのFRP製シートに背ずりのうち背中があたる部分と座布団部分に1人ずつクッションを置いた独特のシートはそのまま。登場当時は斬新なイメージでしたが、乗ってみると「プラ椅子」の無機質な冷たさと硬さが目立ち、クッションがあるとはいえ部分部分(きちんと座ればそれで充分)なので、ケチった印象さえ与えます。

モ880車内

2つ目の家久で田原町行きと交換するので下車。こちらの電車はマラソンの高橋選手が微笑む全面広告で、乗り移った田原町行きは同じ880系ながらコカコーラの赤一色の全面広告車。高橋選手のデザインにどうも見た印象があるな、と思い返すと、名鉄揖斐線にも廃止時まで同じ全面広告車がありました。実は広告主が同じと言うオチまであるのですが、岐阜時代は中日新聞で、福井では日刊県民福井。中日新聞系の地方紙です。

家久での交換

そういえば途中の日野川橋梁、相当なボロで、こちらも名鉄揖斐線の伊自良川橋梁を彷彿とさせますが、こちらは架け替えが決まっているようで、橋の寿命が鉄道の最期、と言うことにはならないようですが、奇遇にも似た点が多いです。

日野川橋梁


●郊外電車から市内電車へ(家久〜市役所前)
こちらも同じような乗客数ですが、西鯖江、水落、神明と乗ってきます。
線路の規格は必ずしも高くなく、軌間狂いが見て取れる区間も多々ありますが、この車両のふるさとである美濃町線ほど酷くはありません。

単線区間はこんな感じ

水落、浅水ではP&Rも実施しているそうですが、利用はそこそこ。その浅水で座席定員を超過したのには驚きました。
大規模ショッピングセンターがあるベル前では降車も多く、鉄道利用もそれなりにあるようです。この入れ替わりで何とか数人が立つ程度で市内線区間に向かいます。

後方にP&R駐車場(水落)

花堂から複線区間。福井新からは軌道区間ですが、なぜに花堂まで複線なのか謎です。軌道敷には草が生え、芝生軌道とも言いがたい怪しい緑の軌道敷になっています。
福井新を出るといったん停止してフェニックス通りの道路上に出ます。木田四ツ辻、公園口電停は安全地帯?やアイランドはありますが、これが狭いの何の。人一人分の幅もあるか怪しい状況で、岐阜から来た車両も、岐阜ほどじゃないにしても苦難は続く運命のようです。

夏草茂る複線区間

福井駅前の分岐となる市役所前でいったん下車します。駅前経由に乗り換えとなるケースもある電停ですが、小さな交差点をはさんで反対側の電停に向かうには横断歩道を渡って歩道に出て、交差点を渡り、さらに横断歩道か地下道という厄介な行程では、駅前乗り入れを原則にした運行も当然でしょう。

●市内区間を見る(木田四ツ辻、公園口)
市内電停を見る目的で武生新行きで戻ります。福井駅前が単線(かつては電停手前まで複線だったが、今は分岐後すぐに単線化)なので、日中は駅前から来た武生新行きと武生新からの駅前経由便、もしくは駅前から来た田原町行きと、田原町からの駅前経由便が交換といそがしいです。なお武生新行きとの交換の際には、どちらが先に渡り線を通るかは特に決まってないようです。

市役所前で転線する福井駅前経由田原町行き

再び軌道を行きますが、2002年までは交差点の武生寄りに本町通り電停がありました。
足羽川を渡る幸橋は架け替え中で仮橋。そのため軌道は東側に仮設の専用橋梁を通ることになり、道路の南行き車線を橋の両端で交差することになっており、その信号待ちが結構ネックです。そこにはなぜか電車側を遮断する遮断機がありますが、軌道用仮橋への進入防止でしょうか。
河川敷では重機が作業中ですが、2004年の集中豪雨の復旧工事が未だに続いているのです。この上流では越美北線がいまだに一乗谷−美山間で不通ですし。

足羽川を専用橋梁(仮橋)で渡る

車内は10人程度。先程までの福井市内行きに比べると少ないですが、時間帯と方向を考えると健闘の域。2つめの木田四ツ辻で降りましたが、狭いアイランドに降りるときには神経を使います。
さらに戻るのですが、福井新−花堂で交換することを考えると公園口まで歩けそうです。暑い陽気でしたが早足で歩き、公園口へ。電停手前の内側車線には「電車注意」のマーキングがありますが、右折車への注意なのか、電停からの転落、はみ出しへの注意なのか...

いちおうホームはあるが(木田四ツ辻)


●市内区間を見る(福井駅前〜田原町)
公園口から再び乗車。市役所前で転線して福井駅前に入ります。電停からの地下道の側壁にスイッチがあり、運転士が手を伸ばして操作すると駅前方面への進路が開通するようです。
駅前通りは4年半前に比べると少し綺麗になったという印象。ただそれと引き換えに駅前ギリギリまで複線だった線路は、早々に単線化されています。なお、クルマやバスは一つとなりの中央大通りを走るため、トランジットモールの社会実験が行われたこともありました。

駅前通りはすぐ単線に

路上停留所で大型車両にステップでよじ登る恐るべき構造だった福井駅前電停は、小奇麗な上屋付きの電停に変身です。
ただ、JR福井駅までの間には昔ながらの飲食店や土産物屋が並ぶ一角を通る必要があり、さらに福井駅の高架化で高架下になった駅舎までの距離が伸びました。
一方で、電車通りのメインとなるだるまや西武は逆に手戻りになる感じで少し歩くわけで、駅前と言いながら電停の位置が中途半端になっています。

だるまや西武方面を見る(福井駅前)

福井駅前での折り返し時間は所定は4分。実態は3分から4分と言ったところですが、エンド交換に客扱いを考えたら、軌道区間での遅れを踏まえた余裕時間は1分程度です。上記の通り単線化されたため、駅前に入れるためにはダイヤがキツキツです。
同じ電車で田原町に向かいますが、乗客は市役所前、福井駅前であらかた降りてしまい、乗り込んだら「田原町行きですよ」と言われたくらいでしたから、この区間の利用の実態が透けて見えます。
裁判所前を経て終点田原町に入りますが、ここの左折、道路から専用軌道に戻る箇所に信号はなく、電車は左を並走するクルマの動向を確認して左折します。

左折して田原町へ

終点田原町は木造の上屋が立派な、しかし古色蒼然とした駅。えちぜん鉄道との乗り換え駅ですが、20分ヘッドの福鉄と、30分ヘッドのえち鉄との接続は最悪でした。
福鉄は15,35,55分に着いて、07,27,47分に出発ですが、えち鉄は14,44分に三国港行きが出て、12,42分に福井行きが到着。三国方面行きへは19分、接続無し、9分。三国港からは15分、5分、接続無しで、実はかつての20、40分ヘッドと大差なかったりするのです。

古色蒼然とした田原町駅


●軌道化の問題点
広電宮島線の場合、市内線区間の占める割合が、距離も利用もそれなりに大きかったわけで、市内線電車がそのまま直通と言うメリットは明らかでした。しかし福鉄の場合はどうでしょう。ターミナルと市内中心である福井駅前、市役所前が軌道区間であり、そこでの乗降が鉄道用車両だと絶望的に不便だったことは事実ですが、軌道用車両に変更しても、鉄道区間も含めてステップは残るわけで、逆に鉄道区間でもステップ使用になったことはバリアが発生したともいえます。
このことは前述の西鯖江から上鯖江まで乗車した老婆の様子を見れば一目瞭然であり、去年までなら老婆はここまで苦労をしなかったのです。

後方の高床式ホームを捨てて低床化(神明)

ですから逆に福井駅前、市役所前の2電停のアイランドをかさ上げするという対応もありえたのですが、構造的に厳しいのも事実です。
高岡や富山のように超低床車を導入すれば良いのですが、そこまでする余裕もありません。今回の更新も、名鉄岐阜市内線などの廃止と言う特殊条件下において軌道用車両にまとまった出物があったという好条件があって初めて出来たことです。

路面区間の電停は構造が苦しい(公園口)

さらに、車両が鉄道用車両と比べて小さくなったことから、輸送力が下がったことも指摘できます。福井駅前の構造から運転間隔を詰めにくいため、ラッシュ時は福井駅前に入らない系統の設定で凌いでいますが、肝心な車両の定員が少なくなっていることで、見かけの混雑が増している懸念があります。

今回試乗した電車でも、浅水で立客がでてますが、これが旧型車だったらまだ大丈夫だったわけで、JRを比較的住み分けが出来ている中間での着席チャンス低下は、電車離れを呼びかねません。また、車内が狭い印象も否めず、着席サービスを筆頭にした「快適性」と言う意味で問題とするところが大と見ます。

部分低床車 モ800

今回の「新車」導入の中には、美濃町線からの800系がありますが、これは部分低床でバリアフリー対応である反面、単車です。美濃町線時代でも関市内から立客を出していたこともありましたし、車内の床が斜めになっていて立つと非常に辛いです。車両と輸送量とのミスマッチと言う問題を福井にも持ち越している懸念が払拭できませんし、なぜこの車両を福鉄が購入したのかと言う根本も問われます。

●そして福井鉄道の問題
先にも述べたとおり、福井駅前電停が中途半端です。これなら中央大通りを通して旧駅舎があったスペースに滑り込ませるというような抜本的改善を図るべきですが、交通量や商業施設へのアクセスを考えると、今のルートも捨てがたいです。

将来的に北陸新幹線が来る前提での福井駅の高架化ですか、それに関わらず高架化した「福井県の顔」として駅前を早期に整備すべきでしょう。そのとき、今のあの一角をなんとか再開発したいものであり、あのスペースを活かして軌道を旧駅舎の位置に入れられればベストです。
その際に、今の電停はだるまや西武側に移動して、電停を一つ増やすことで、あの通りの活性化も図れる(JR駅前で降りて、商店街を歩いてだるまや西武前(仮称)から乗車という回遊コースの確立)可能性もでてきます。

JR福井駅は後方の建物の後ろ

田原町乗り入れも微妙です。裁判所前の利用や、えち鉄からの乗り換えがどの程度あるのか。
えち鉄自体が福井駅まで乗り入れているだけに、三国芦原線沿線から裁判所前や市役所前まで、といったピンポイント需要に限定される上、運転間隔の不一致と軌道区間での遅れを考慮した冗漫な待ち時間を維持せざるを得ない以上、乗り入れ構想はおろか、接続自体の意義も再検討すべきかもしれません。

田原町に入る福鉄電車

北陸新幹線が福井、さらに南越(仮称)から関西方面に伸びた際には、「並行在来線」である北陸線のローカル化が不可避です。
その時、現在の特急で稼ぐ体制を一変させ、地域需要を如何に掘り起こすかという体制にならざるを得なくなったとき、今の北陸線と福鉄の住み分けが崩壊する可能性は高いです。

第三セクターになった?北陸線が駅をこまめに新設して需要を拾って来たらどうなるのか。武生や鯖江は諦めて、浅水あたりからの市内輸送に徹してやっていけるのか。道路事情は決して悪くなく、幸橋の架け替えで中心街のボトルネック改良が見込まれるだけに、経営環境は厳しいです。

●対象的なえちぜん鉄道を見て
半年に二度の正面衝突事故という、21世紀の日本とは思えないような無様な安全環境で事実上退場させられた京福を引き継いだわけですが、もともと地味な路線だけに、再開後の状況も、良いも悪いもあまり聞こえてこないのが実情です。

福井駅にて。終点ではアテンダントがお見送り

田原町で福鉄からえちぜん鉄道に乗り継いで三国港やあわら湯のまちに行って来たのですが、まず面食らったのが「アテンダント」の存在。かすかに記憶の中に残っていましたが、どうせ地元のオバちゃんやご老人のボランティアだろうと高をくくっていたら、これが結構うら若き女性です。「華」だけでなく実務もしっかりしており、案内に集札、パンフレットの販売(1部50円)など忙しいのに、ホームや出口の位置に応じて車内の立ち位置を変えるなど、まさに人間ならではのサービスです。

もと阪神車に乗務するアテンダント

車両も元阪神の車両がかなり減り、愛知環状鉄道からやってきた車両がメインになっていますが、モケットもつややかになったセミクロス車は、単行ながら鉄道車両ならではのゆとりを感じます。福鉄と実乗に大差はない感じですが、車両の大きさやアテンダントのサービスから、えち鉄のほうが「快適」を感じたのは事実です。

もと愛環車の車内

人件費と設備投資の微妙なバランスなんでしょうし、お金がないがゆえの奇策かもしれませんが、有人駅ではきっぷを手売りしているなど、人間によるサービス、と言う特徴を打ち出しているのは作戦勝ちでしょう。逆に福鉄は中途半端な合理化に見えてしまっています。

やり方次第では福鉄の「軌道へのダウンサイジング」もプラス効果を利用者、会社両方にもたらすのでしょうが、えち鉄の「鉄道としてのサービス提供」が出色の出来の域になっているだけに、どうしても福鉄への点数が辛くなってしまいます。
福鉄は「ダウンサイジング」以降の利用者が若干増えていると言う指摘もあるでしょうが、運賃割引などの誘導策が同時に講じられているため、「低床車」導入効果と即断はできません。

同程度の地方鉄道が取った正反対ともいえる対応。他の鉄道にそのまま当てはまるとはいえませんが、福井においては「鉄道への固執」に軍配が上げたいと思います。




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