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イタリア34 フォロ・ロマーノ編(その2)


  クリア・ユリア を見終わったあたりで、小雨が降り出した。

 下の写真は、セヴェルス帝の凱旋門だ。クリア・ユリアのすぐそばにあるのだが、残念ながら通行止になっていた。
 ローマ皇帝ルキウス・セプティミウス・セヴェルスは193年に即位。東方のパルティア王国との戦いに勝利し、それを記念して203年に凱旋門が建てられた。その息子がカラカラで、ローマ帝国の衰亡が進んでいくことになる。

セヴェルス帝の凱旋門

 ついに雨は本降りとなった。フォロ・ロマーノ内の屋根の下で雨宿りをして30分ほど待ったものの、一向に止む気配がない。大事そうなところだけ見ることにし、妻の折り畳み傘を差して二人で歩きだした。

 下の写真は、フォカスの記念柱といって、 WIKIPEDIA によれば601年に建てられている。西ローマ帝国の滅亡後のことである。フォロ・ロマーノの中では比較的新しい遺構である。それでも1400年以上経過しているけれど。

フォカスの記念柱

 カエサルは紀元前44年3月15日に暗殺され、18日に火葬されている。火葬の日は雨だったために遺灰は流れてしまったとのことで、カエサルの墓はない。フォロ・ロマーノには碑文と記念柱が置かれていたが、アウグストゥスが紀元前29年に神殿に代えたとのこと。

ユリウスの神殿

 クルティウス沼はローマ建国に関連する遺跡らしいのだが、「ローマ人の物語」には記述がない。 WIKIPEDIA に記載があった。

クルティウス沼の跡

 タブラリウムは公文書館および国庫である。 WIKIPEDIA によれば、紀元前78年の建設である。

タブラリウム

  WIKIPEDIA によると、サトゥルヌス神殿は紀元前498に創建されたが、現在の遺構は497年に復元されたものとのこと。ここも国庫であった。

サトゥルヌス神殿

 フォロ・ロマーノの中央を通る道は、聖なる道(Via Sacra)と呼ばれている。下の写真は、西から東に向けて撮ったものだ。

北側南側

聖なる道

 雨は降り続き、この日は夕食時もホテルに傘を借りて出掛けた。フォロ・ロマーノは行く前から楽しみにしていただけに、雨で西半分しか見学できなかったのは心残りである。2700年ほど前にローマ人が歩いた道を、のんびりと歩いてみたかった。天気のいい季節に再訪したいところだ。



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