今年（２００２年）の夏休み旅行の目的地は難航した。合計６回の南アフリカ出張ならびにその他のアジア出張でコツコツ貯めたマイレージだが、今年の１２月３１日でＪＡＬの２０，０００マイル、ＡＮＡの４０，０００マイルが失効してしまう。まず最初に考えたのはニューヨークでＪＡＬのマイレージを一気に使い切ることであった。ところが、ニューヨーク行きのマイレージ枠の座席は９月末まで満席であった。次の候補地として、ソウルを狙ってみた。板門店ツアーという実に興味深いツアーが存在するのである。ただし、このツアーの欠点は、軍事演習が有ったり、二国間の緊張が高まったりすると、すぐ中止になってしまう点である。もっともツアー客のこちらとしても、命を賭けてまで行きたいとは思わない。
なんとなく上海にしようかと思ったが、まだ乗り気ではなかった。昨年の 二〇三高地 と比較すると、どうしてもインパクトに欠ける。そもそも上海だけで４泊５日では長過ぎるであろう。他の都市も組み合わさねばなるまい。ガイドブックを手にとってみたところ、すぐそばに非常に魅力的な都市を発見した。その名は無錫。
そのとき、あるメロディーが僕の頭の中で再生された。やや鼻にかかったような独特の歌声。そう、尾形大作の「無錫旅情」である。１番にこのような歌詞がある。
「上海 蘇州と 汽車に乗り 太湖のほとり 無錫の街へ」
今年の夏休みはこれしかない。そのときにそう決断した。翌日にフライトを予約し、会社の側の旅行代理店でビザ申請とホテルを予約した。中国文学でも読もうと思って魯迅の「阿Ｑ正伝・狂人日記」（岩波文庫）も買った。着々と準備を進めていったのだが、唯一中々手に入らないものが有った。それは「無錫旅情」の収録されたＣＤである。皆さんも店に行って、尾形大作のＣＤを探していただきたい。まず見つからない。尾形大作は事務所と喧嘩してしまったためか、ＣＤは販売されていないようなのだ。
僕は焦った。実際に歌を聴いてみないと、無錫に行っても感激が薄れてしまうというものだ。そこで、僕は御茶ノ水に向かった。ここには古レコード屋が何軒か有る。ここで見つからなければ、残念ながら諦めざるを得ない。悲壮な決意で古レコード屋に入り、真剣に「無錫旅情」を探す。その後姿には鬼気迫るものが有ったに違いない。しかし、残念ながら、なかなか「無錫旅情」を発見することは出来なかった。尾形大作の他のレコードは見つかるのだが、なぜか「無錫旅情」だけ無いのだ。「すいません、尾形大作の無錫旅情は有りませんか？」と店員に尋ねるのも何か恥ずかしくて出来なかった。
それは、もう５軒目の古レコード屋であった。演歌の「あ〜お」のコーナーを探してみたが、見つからない。ここもだめか。がっかりして別の店に行こうとしたところ、なんと尾形大作のコーナーが有ることに気づいた。見ると、１０枚ほどの古レコードが販売されているようだ。心臓が高鳴る。震える指でレコードを探していく。
歓喜の一瞬がついに訪れた。レコードを片手に思わずこぶしを握り締める。これが無錫旅情のレコードだ。
作詞・作曲 中山大三郎
編曲 斎藤恒夫
歌 尾形大作
発売 １９８６年
これで、準備は万端だ。出発日３日前の２００２年９月１日のことであった。
ここで上海の近現代史を確認しておきたい。なお、ゴシック体の大きいフォントで表示されている人物・事件関連の史跡を次のページからご紹介する。
１８４０ イギリスとの間にアヘン戦争勃発 １８４２ 南京条約締結 １８４３ 上海開港 １８４５ イギリス租界が設定される。 １８４８ フランス租界、アメリカ租界の設置。 １８６２ 高杉晋作、五代友厚ら訪問。（５月６日〜７月５日） １８９４ 日清戦争 １９１２ 中華民国臨時政府が南京に成立。臨時大総統は孫文。 １９２１ 中国共産党が上海で結成。 １９２３ 村松梢風が訪問。翌年「魔都」を発表。この頃からアール・デコ調の建物の建設が始まる。 １９２５ 五・三〇事件（上海で起こった反帝運動） １９２７ 上海クーデター（蒋介石が共産党員を逮捕・殺害） １９３２ 上海事変（日本人殺害を口実に、日本海軍が戦闘を開始した事変。 １９３６ 魯迅逝去 １９３７ 日中戦争勃発。 １９４５ 日中戦争終戦。国共内戦勃発。 １９４９ 中華人民共和国建国。 １９６６ 文化大革命 １９７２ ニクソン訪中・日中国交正常化 １９７６ 周恩来（１月）・毛沢東（９月）死去。四人組が逮捕され、文化大革命終息。 １９８５ 江沢民、上海市長となる。 １９８８ 朱鎔基、上海市長となる。 １９８９ 天安門事件 １９９４ 東方明珠塔開業 ２００２ 取締役島耕作 着任。
