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名曲−8. 津軽海峡冬景色(その2)
このページでは、竜飛岬をご紹介したい。
< 太宰治文学碑 >
太宰治の名作、「 津軽 」。太宰が故郷の津軽地方を訪問し、旅行記を執筆したのは1944(昭和19)年のことである。
僕は1996年に来たことがあるのだが、今回7年ぶりに訪問したところ、以前は海を背に立っていた文学碑が、今回は山を背に立っていた。いつの間に移動したのだろうか。
2003年8月 1996年6月
文学碑には、「津軽」の一節が書かれている。
ここは、本州の袋小路だ。読者も銘記せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に至り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小屋に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。
< 階段国道 >
地理オタクであれば、一度は訪れてみたいのが階段国道(339号線)である。日本で唯一の「車が通れない国道」として、その名をとどろかせている。勾配はかなり急であり、車が上るのは無理であろう。歩いて上れば10分足らずだ。階段国道の総延長は388.2メートルであり、全部で362段有るそうだ。
下から見た階段国道 階段国道から津軽海峡を望む。
< 津軽海峡冬景色の碑 >
階段国道を登りきって左に曲がったところに、津軽海峡冬景色の碑が立っている。
津軽海峡冬景色の歌碑
< 灯台他 >
とにかく、竜飛岬は風が強かった。なにしろ年平均で風速10メートル/秒を超えるというからすごい。巨大風車は11基立っており、3000軒分の電力を賄えるという。
龍飛崎 風力発電機
また、竜飛岬には旧日本軍の監視所が残っている。旧日本軍の防衛拠点である。対ロシアの意識が強かったのであろう。太宰は、このように記している。戦時中に書かれた文章だということを感じさせられる。
けれども、ここは国防上、ずいぶん重要な土地である。私はこの部落に就いて、これ以上語る事は避けなければならぬ。
旧日本軍の監視所
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