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1−6. 親知らず抜歯(左下)編 その4

 2001年12月13日(木)、僕は検査をするために歯医者に向かった。早速椅子に座り、口を開ける。先日ついてしまった 小さな嘘 のために、立場はすでに女王様と奴隷である。

「うーん、やっぱり治りが遅いですね。」
「?」
「歯を抜いたときに歯茎を切開して、そこを縫合したんです。この前小さな骨を削ってまた縫合したんですけど、それがうまくくっつかないんですよね。つまり歯茎に隙間が開いてしまっているんで、このままだと食べ物が入り込んで、炎症を起こすかもしれません。」
「痛いんですか?」(涙目)
「いい年していちいち泣かないでください。今はまだ炎症を起こしてないので平気です。普通だったら、隙間を埋めようとして歯茎が増殖するんです。虎羽さんは歯茎があまり増殖していないんですよね。」

増殖 増殖 増殖 増殖

 増殖と聞くと、歯茎が何かひとつの生命体のような気がしてくる。自らの意思で成長を遂げようとする歯茎。成長していく上で反抗期や思春期を経て、何度かの出会いと別れを繰り返し、いずれは幸せな家庭を築いていくに違いない。
 お願いだから早く出会ってくれ、俺の歯茎。そんなところまで俺に似なくてもよいのだ。

「もう少し様子を見ますけど、もう一回縫うかもしれません。」
「はい。」
「それでも駄目だったら、上あごの肉を切り取って、下の歯茎の隙間に移植するかもしれません。」
「痛いんですか?」(再び涙目)
「いちいち泣かないでください、うっとうしい。上あごの方が肉が厚くて、下の方は薄いんです。それを切り取って、歯茎の隙間にはめ込んで、4箇所縫います。舌が邪魔するんで確かに縫いにくいんですけど、虎羽さんが大変なことはありませんよ。」

 移植という言葉は物凄く深刻なものだと僕は考えていた。
  • 名投手村田兆治は自分の左手首の筋を右肘に移植し、球界にカムバックした。
  • 名医ブラック・ジャックは黒人の級友の皮膚を顔に移植してもらい、一命を取りとめた。
  • 「パラサイト・イブ」の少女安斉麻理子は、永島聖美の腎臓を移植されたため、事件に巻き込まれていった。 
 これらの移植と比較して、僕の移植のセコさと言ったらない。上あごから下の歯茎の隙間。僕の口の中で完結してしまうではないか。これでは誰も心配してくれない。むしろギャグとして受け取られかねない。
 予想以上に長引く歯の治療。果たしていつになったらピリオドを打てるのだろうか。

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