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 ステンショ物語 (その9)       汽車が走り出した明治の頃        
                        駅はステーションがなまってくさ、ステンショていわれとった。
 
標高754m。J R 九州で一番高い駅
 豊肥本線(阿蘇市)

波野駅に進入する豊後竹田行き列車(原田信之さん撮影)

 波野駅(なみのえき)、JR九州では最も高っかとこにある。場所はどこかていえば、阿蘇外輪の上タイ。

 行政区でいえば阿蘇市、2005年までは波野村ていいよったっちゃが、阿蘇町・一の宮町と合併してクサ、阿蘇市波野になった。市になったけんいうたっちゃ、波野駅の近くに家が増えた訳でもなし、まったくの田舎でなぁーも変わらん。

 駅前にはもう営業しとらん店が、取り残されたごとしとる。
 駅は一日中ヒマで、列車が到着する時間に、物好きな人間が立ち寄って写真撮っていくぐらい。

 以前は1日の平均乗降客、約30人ていうことやったが、今では1日10人の乗降客があるとやろうか。

 熊本方面から来る列車は、阿蘇の旧火口にある標高535mの宮地駅から、さらに外輪山ば登って、坂の上トンネルば抜けて来る。

 いまはディーゼルカーがスイーッと走ってくるバッテン、むかしは蒸気機関車がハァハァいうて登ってきよった。

 駅前に立てられとる子供会が作った案内板。

 波野駅は昭和3年(1928)12月2日に開業し、昭和62年(1987)4月1日、 国鉄分割民営化によりJ R九州旅客鉄道が引き継いだ。
ずーっと開業当時のままの木造駅舎やったとバッテン、平成12年(2000)8月16日の夜、不審火のためにこれが全焼してしもうた。いまはジュラルミンの屋根付きベンチと、駅には不釣り合いなぐらいに立派なトイレがでけとる。

  左・ほんの雨風凌ぐだけていう待合いと、右・こらまた立派なトイレ。全然釣り合うとらん。

 駅名は「波野」バッテン、旧波野村の中心部へは隣の滝水駅からのほうが近か、周囲には森林とわずかな集落しかなかし、国道や主要地方道も遠か。秘境駅にあげられんとが不思議なごたる。

 この平和すぎる波野ば、いちやく有名にしたとが麻原彰晃(あさはらしょうこう・本名・松本智津夫)のオーム真理教タイ。平成2年(1990)5年、オーム真理教は突如として修行道場ば建て波野村に進出してきた。平和に平凡に暮らしとった波野村のもんは、びっくりしゃっくり、たまぐりこけた。

 すったもんだしたあげく、その頃の村長やった岩下一之信さんは、苦しか村の財源から、9億7千万円ばオーム真理教に払うて、土地と道場ば買い戻し撤退させなった。バッテン、一部の議員たちから突き上げられて、とうとう村長ば辞めてしまいなったと。

 バッテンもしバイ、信者がこの村に大挙して押しかけ、住民の半分ば占めるごとなっとったらクサ、議員も村長も信者にされて大変なことになっとったろう。村ば守る「勇気のある決断」やった。

 地元住民の激しか反対運動にあうて、しかも国土利用計画法違反で強制捜査ば受けたもんやケン、これがオウム真理教の被害者意識ば高めるきっかけになってクサ、麻原が警察の目ばそらすために地下鉄サリン事件(1995年3月20日)ば起こしたていう訳タイ。

 以前、ここの駅舎やらホームには「この駅が九州で一番高っか駅」て書いてあったとバッテン、いまは案内板ひとつなか。

 見かねたとかどうかは知らんバッテン、近くにある波野小の子供達が、手作りの案内板ば駅の前に立てとった。

 ここ波野村は、神楽の里として全国的に知られとるとゲナ。中江岩戸神楽、横堀岩戸神楽の伝統芸能が今も受け継がれとるていう。
 国道57号線沿いにある「道の駅波野」には、「神楽苑」があり、ときどき実演もあるらしか。

 また、波野村は「すずらんの花が咲く高原の村」としても有名で、 JR波野駅周辺のすみきった空気と山の緑が、日本の原風景ば思い出さしてくれる。ホームの日陰には、ハガクレツリフネソウが一面に咲き誇っとった。

 写真ば撮りよったら、どこから現れたとか、ばぁちゃんがひとり、ちゃんと汽車の時間に合わせて来て、さっさと宮地行きに乗っていきなった。「ここには病院のなかケン、宮地まで病院通いばいた」

 耳が不自由とみえて、人のいうことは聞こえず、自分のいうことばっかし勝手にシャベッテ、風のように去っていきなった。1日4本しか停まらん列車バッテン、いかにも自分の足ていう感じで、慣れたもんタイ。

 ここには停まらんで通過するだけの特急が、1日片道4本。停まる列車は、上りが 7:22  11:40  15:16  17:54  20:41。下りが 7:24  13:26  17:23  19:28  20:41の1日5本。

不審火で焼ける前の波野駅。(2002.4.2)

 上・すすらんのイラストが見える駅名標。

 ちかくば走っとる広域基幹林道・阿蘇東部線の遊雀川(ゆうじゃく)には、地場産のスギば使うて作った阿蘇望橋(あそぼうばし)ていうとが架かっとる。橋の専門用語でば、屋根付木造ラチストラス橋て、いうとゲナ。ベストセラー小説で、映画にもなった「マディソン郡の橋」に似とるいうて、たまーに、物好きな観光客が来たり、ツーリングのバイク野郎が来たりしとる。

 なんでもこの変わった橋、県がふるさと林道緊急整備事業として架けたとゲナ。たいして要りもせんとこに、大金投入して架けた誠ちゃん(福岡三区衆議院議員古賀誠)の「朧大橋」とは、意味もスケールも違うやろうバッテン、30分ばかり写真撮しよるあいだ、地元の車は1台も通らんやった。

 費用対効果やら「ほんことい、こげな山ん中に、こげな立派な橋がいるとや」ていうことば別にすれば、屋根付きの橋は珍しか。橋の名前は波野村の人達から公募してつけたていう、名前だけは文句なしにヨカ。地元にいわせると「ロマン溢れる名橋のひとつ」ゲナ。
 平成11年3月竣工。橋長41.6m、支間39.9m、幅7mの2車線。

場所・阿蘇市波野。阿蘇市の豊肥本線「宮地駅」までは好きーなごと行ってもろうて、国道57号線「宮地駅前」信号から東向いて3km走ると腸捻転のごたあ坂にかかる。これが阿蘇外輪山ば登る滝室坂。
坂ば登りきって5km足らずで左に「道の駅波野」があるケン、その先の「笹倉」信号ば右折。2km走って二股道ば左。突き当たってまた左。400mで右に駅への入口がある。               取材日 2006.09.28

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