このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

石田波郷


『江東歳時記』を歩く

西新井大師で

曇りつゝ薄日映えつゝ達磨市

 昭和33年(1958年)1月21日、石田波郷は西新井大師の達磨市を訪れている。

西新井大師


 一月二十一日は初大師、西新井大師は近郷や都内の信者が街道もあぜみちも埋めてひきもきらぬにぎわいだ。初不動、初観音、初薬師、何であれ大縁目的にぎわいにかわりはないが、西新井の初大師には、境内をまっ赤にいろどるだるま市が目をうばう。

 だるま市は群馬県少林山の だるま寺 のだるま市の如く、元来は関東の養蚕地帯の農家で市の目なしだるまを買ってきて神棚に飾っておき春蚕がとれると目を一つ入れ、秋蚕がすむとさらに残りの一眼を入れて、十二月のすす払いの日に氏神様におさめたものだ。

 だるまを売っている農家のおやじさんに、試みに「大師とだるま市とどんな関係があるのか」ときくと、「だるま大師というからだろう」極めて大ざっぱ。埼玉県春日部、越ケ谷間の農家で暮の農閑に張子紙で一家総出で日当りのよい納屋や縁側で手造りする。本堂わきの一画に二十三軒だるまの店が出ているのはすべてそれらの農家。岩槻市中のものがわずかに数件。朝の四時に車をつらねて出てきたのである。茨城、栃木、群馬などのだるま市へは品物をおろすだけ。一尺七寸から八寸のものがほとんど。

「今年はでかいのが出ない、不景気の頂上というところだ。おもちゃの小さいのも出ないのが証拠だ」という。

少林山のだるま寺


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