このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


先たのむ椎の木もあり夏木立

八王子市鑓水に永泉寺という寺がある。


高雲山永泉寺


弘治元年(1555年)、開創。

曹洞宗 の寺である。

本堂の向かいに芭蕉の句碑があった。


先たのむ椎の木もあり夏木立

出典は 『猿蓑』 (幻住庵の記)。

 元禄3年(1690年)4月6日から7月23日まで芭蕉は国分山の幻住庵に滞在した。47歳の時である。

明治43年(1910年)、建立。大教正 三森幹雄 書。

同年10月17日、三森幹雄は82歳で没。

芭蕉句碑の右に松原菴一知の句碑があった。


興と興尽したうへや花と月

松原菴一知は本名城定右衛門。

明治29年(1896年)、松原菴六世を襲名。

明治30年(1897年)3月17日、立机披露を前に急逝。

芭蕉句碑の左に蚯菴可屋の句碑もあった。


志ばらくは夢のかりきのはれ衣

 蚯菴可屋は八王子市寺町の 長心寺 住職で、三世寛譽泰道大和尚・俗名滝見泰道。

芭蕉の句碑 に戻る


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください