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俳 書

『猿蓑』(去来・凡兆共編)


去来凡兆 共編。晋 其角 序。 丈草 跋。俳諧七部集の一。

元禄4年(1691年)7月3日、刊。

   晋其角序

只俳諧に魂の入たらむにこそとて、我翁行脚のころ、伊賀越しける山中にて、猿に小蓑を着せて、俳諧の神を入たまひければ、たちまち断腸のおもひを叫びけむ、あたに懼るべき幻術なり。これを元として此集をつくりたて、猿みのとは名付申されける。是が序もその心をとり魂を合せて、去来凡兆のほしげなるにまかせて書。

元禄辛未歳五月下弦               雲竹書

         猿蓑集 巻之一

   冬

初しぐれ猿も小蓑をほしげ也
   芭蕉

時雨きや並びかねたるいさざぶね
   千那
(※「いさざ」=魚+少)

  
幾人かしぐれかけぬく瀬田の橋
    丈艸
  膳所
鑓持の猶振たつるしぐれ哉
    正秀

   伊賀の境に入て

なつかしや奈良の隣の一時雨
    曾良

いそがしや沖の時雨の真帆片帆
    去来

   ならにて
  伊賀
棹鹿のかさなり臥る枯野かな
    土芳

   翁の堅田に閑居を聞て

雑水(炊)などころならば冬ごもり
   其角
羽刕坂田
水無月の水を種にや水仙花
   不王
(玉)
尾頭のこゝろもとなき海鼡哉
   去来

みちばたに多賀の鳥井(居)の寒さかな
   尚白

炭竈に手負の猪の倒れけり
    凡兆

   貧 交

まじはりは紙子の切を譲りけり
   丈艸

矢田の野や浦のなぐれに鳴千鳥
   凡兆

あら礒やはしり馴たる友鵆
   去来

背戸口の入江にのぼる千鳥かな
   丈艸

水底を見て来た皃の小鴨哉
   丈艸

鳥共も寝入りてゐるか余呉の海
   路通

襟巻に首引入て冬の月
    杉風

   翁行脚のふるき衾あたへらる。記あり略之
  美濃
首出してはつ雪見ばや此衾
   竹戸

   題竹戸之衾

疊めは我が手のあとぞ紙衾
    曾良

しづかさを数珠もおもはず網代守
   丈艸

はつ雪や内に居さうな人は誰
    其角

下京や雪つむ上の夜の雨
   凡兆

ながながと川一筋や雪の原
   同

   信濃路を過るに

雪散るや穂屋の薄の刈り残し
   芭蕉

ひつかけて行や雪吹(ふぶき)のてしまござ
   去来

一月は我に米かせはちたゝき
   丈艸

   住吉奉納

夜神楽や鼻息白し面ンの内
   其角

   乙刕が新宅にて

人に家を買せて我は年わすれ
   芭蕉

うす壁の一重は何かとしの宿
   去来

くれて行年のまうけや伊勢くまの
   同

いねいねと人にいはれつ年の暮
   路通

年のくれ破れ袴の幾くだり
   杉風

         猿蓑集 巻之二

   夏

野を横に馬引むけよほとゝぎす
   芭蕉

ほとゝぎす滝よりかみのわたりかな
    丈艸

心なき代官殿やほとゝぎす
    去来

   松嶋一見の時、千鳥もかるや鶴の毛衣
   とよめりければ

松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす
    曾良

うき我をさびしがらせよかんこ鳥
   芭蕉

   翁に供(ぐせ)られてすまあかしにわたりて
  亡人
似合しきけしの一重や須广の里
    杜国

   題去来之嵯峨落柿舎二句

豆植る畑も木べ屋も名処哉
    凡兆

破垣(やれがき)やわざと鹿子のかよひ道
   曾良

たけの子や畠隣に悪太郎
   去来

   明石夜泊

蛸壺やはかなき夢を夏の月
   芭蕉

   奥刕高館にて

夏草や兵共がゆめの跡
   芭蕉

   此境はひわたるほどゝいへるもこゝの事
   にや

かたつぶり角ふりわけよ須广明石
   同

這出よかひ屋が下の蟾の声
   同

   奥刕名取の郡に入、中将実方の塚はい
   づくにやと尋侍れば、道より一里半ば
   かり左リの方、笠嶋といふ處に有とを
   しゆ。ふりつゞきたる五月雨いとわり
   なく打過るに、

笠嶋やいづこ五月のぬかり道
   芭蕉

   大和紀伊のさかひはてなし坂にて、往来の順
   礼をとゞめて、奉加すゝめければ、料足つゝ
   みたる紙のはしに書つけ侍る

つゞくりもはてなし坂や五月雨
   去来

日の道や葵傾くさ月あめ
   芭蕉

縫物や着もせでよごす五月雨
    羽紅

百姓も麦に取つく茶摘哥
   去来

   しら川の関こえて

風流のはじめや奥の田植うた
   芭蕉

   出羽の最上を過て

眉掃を面影にして紅粉の花
   芭蕉

(ひま)明や蚤の出て行耳の穴
   丈艸

下闇や地虫ながらの蝉の声
    嵐雪

頓て死ぬけしきは見えず蝉の声
   芭蕉

日燒田や時々つらく鳴く蛙
   乙刕

日の岡やこがれて暑き牛の舌
    正秀

   千子が身まかりけるをきゝて、みのゝ
   国より去来がもとへ、申しつかはし侍
   りける

無き人の小袖も今や土用干
   芭蕉

唇に墨つく児のすゞみかな
    千那

夕ぐれや兀(※「山」+「兀」)並びたる雲のみね
   去来

         猿蓑集 巻之三

   秋

   此句東武よりきこゆ、もし 素堂 か。

がつくりとぬけ初る歯や秋の風
    杉風

芭蕉葉は何になれとや秋の風
   路通

   加賀の全昌寺に宿す

終夜(よもすがら)秋風きくや裏の山
   曾良

文月や六日も常の夜には似ず
   芭蕉

みやこにも住まじりけり相撲取
    去来

手を懸てお(を)らで過行木槿哉
   杉風

   つくしよりかへりけるに、ひみといふ山
   にて卯七に別て

君がてもまじる成べしはな薄
   去来

   元禄二年翁に供せられて、みちのくより
   三越路にかゝり行脚しけるに、 かゞの国
   にていたはり侍りて、いせまで先達ける
   とて

いづくにかたふれ臥とも萩の原
   曾良

  亡人
初雁に行燈とるなまくらもと
   落梧

   堅田にて

病鴈の夜さむに落て旅ね哉
   芭蕉

海士の屋は小海老にまじるいとゞ哉
   同

   元禄二年翁に供せられて、みちのくより
   加賀の小松と云処、多田の神社の宝物と
   して、実盛が菊から草のかぶと、同じく錦
   のきれ有。遠き事ながらまのあたり憐に
   おぼえて

むざんやな甲の下のきりぎりす
   芭蕉

菜畠や二葉の中の虫の聲
    尚白

   いせにまうでける時

  亡人
葉月(はちぐわつ)や矢橋に渡る人とめん
    千子

月見せん伏見の城の捨郭
   去来

   翁を茅舎に宿して

  伊賀
おもしろう松笠もえよ薄月夜
    土芳

向の能き宿も月見る契かな
    曾良

   元禄二年つるがの湊に月を見て、気比
   の明神に詣、遊行上人の古例をきく

月清し遊行のもてる砂の上
   芭蕉

   一鳥不鳴山更幽

物の音ひとりたふるゝ案山子哉
    凡兆

上行と下くる雲や穐の天
   凡兆

   自題落柿舎

柿ぬしや梢はちかきあらし山
   去来

   神田祭

    さればこそひなの拍子のあなる哉
    神田祭の皷うつ音      蚊足
    拍手さへあづまなりとや

花すゝき大名衆をまつり哉
    嵐雪

行秋の四五日弱るすゝき哉
    丈艸

立出る秋の夕や風(かざ)ほろし
   凡兆

         猿蓑集 巻之四

   春

   上臈の山荘にましましけるに候し奉りて

梅が香や山路猟入犬のまね
    去来

  加賀
むめが香や分入里は牛の角
    句空

   子良館の後に梅有といへば

御子良子の一もと床し梅の花
   芭蕉

   武江におもむく旅亭の残夢

寝ぐるしき窓の細目や闇の梅
   乙刕

ひとり寝も能宿とらん初子日
   去来

   憶翁之客中

裾折て菜をつみしらん草枕
    嵐雪

我事と鯲(どぢやう)のにげし根芹哉
    丈艸

鉢たゝきこぬよとなれば朧なり

   田家に有て

麦めしにやつるゝ恋か猫の妻
   芭蕉

うき友にかまれてねこの空ながめ
   去来

出替や稚ごゝろに物あはれ
   嵐雪

  三川
もゝの花境しまらぬかきね哉
   烏巣

 加刕山中
紙鳶(たこ)切て白根が嶽を行衛哉
    桃妖

かげろふや柴胡の糸の薄曇
   芭蕉

狗脊(ぜんまい)の塵にゑ(え)らるゝわらびかな
   嵐雪

泥龜や苗代水の畦つたひ
   史邦

振舞や下座になを(ほ)る去年の雛
   去来

闇の夜や巣をまどはしてなく鵆
   芭蕉

ひばりなく中の拍子や雉子の声
   芭蕉

   芭蕉庵のふるきを訪

菫草小鍋洗しあとやこれ
    曲水

子や待ん余り雲雀の高あがり
    杉風

   画 讃

山吹や宇治の焙炉の匂ふ時
   芭蕉

うぐひすの笠おとしたる椿哉
   芭蕉

   東叡山にあそぶ

小坊主や松にかくれて山ざくら
   其角

鷄の声もきこゆるやま桜
   凡兆

真先に見し枝ならんちる桜
   丈艸

   葛城のふもとを過る

猶見たし花に明行神の顔
   芭蕉

知人にあはじあはじと花見かな
   去来

   いがの國花垣の庄は、そのかみ南良
   の八重櫻の料に附られけると云傅え
   はんべれば

一里はみな花守の子孫かや
   芭蕉

ある僧の嫌ひし花の都かな
   凡兆

   庚午の歳家を焼て

  加刕
焼けにけりされ共花はちりすまし
    北枝

   大和行脚のとき

草臥て宿かる比や藤の花
   芭蕉

   望湖水惜春

行春を近江の人とお(を)しみける
   芭蕉

         猿蓑集 巻之五

市中は物のにほひや夏の月
    凡兆

 あつしあつしと門々の声
   芭蕉

二番草取りも果さず穂に出て
    去来



   餞乙刕東武行

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁
   芭蕉

 かさあたらしき春の曙
   乙刕

雲雀なく小田に土持比なれや
    珍碩

 しとぎ祝ふて下されにけり
   素男



         猿蓑集 巻之六

幻住庵 の記

 石山の奥、岩間のうしろに山あり、国分山と云。そのかみ国分寺の名を伝ふなるべし。麓に細き流を渡りて、翠微に登る事三曲二百歩にして、八幡宮たゝせたまふ。神体は弥陀の尊像とかや。唯一の家には甚忌なる事を、両部光を和げ、利益の塵を同じうしたまふも、又貴し。日比は人の詣ざりければ、いとゞ神さび物しづかなる傍に、住捨し草の戸有。よもぎ・根笹軒をかこみ、屋ねもり壁落て、狐狸ふしどを得たり。幻住菴と云。あるじの僧何がしは、勇士菅沼氏曲水子之伯父になん侍りしを、今は八年斗許むかしに成て、正に幻住老人の名をのみ残せり。

 予又市中をさる事十年計にして、五十年やゝちかき身は、蓑虫のみのを失ひ、蝸牛家を離て、奥羽 象潟 の暑き日に面をこがし、高すなごあゆみくるしき北海の荒礒にきびすを破りて、今歳湖水の波に漂。鳰の浮巣の流とゞまるべき蘆の一本の陰たのもしく、軒端茨(ふき)あらため、垣ね結添などして、卯月の初いとかりそめに入し山の、やがて出じとさへ思ひそみぬ。

 さるを、筑紫高良山の僧正は加茂の甲斐何がしが厳子にて、此たび洛にのぼりいまそかりけるを、ある人をして額を乞ふ。いとやすやすと筆を染て、幻住菴の三字を送らる。頓(やが)て草菴の記念となしぬ。すべて山居といひ旅寝と云、さる器たくはふべくもなし。木曽の檜笠、越の菅蓑計、枕の上の柱に懸たり。昼は稀々とぶらふ人々に心を動し、あるは宮守の翁、里のおのこ共入来りて、いのしゝの稲くひあらし、兎の豆畑にかよふなど、我聞しらぬ農談、日既に山の端にかゝれば、夜座静に月を待ては影を伴ひ、燈を取ては岡(罔)両に是非をこらす。

 かく言へばとて、ひたぶるに閑寂を好み、山野に跡を隠さむとにはあらず。やや病身、人に倦んで、世をいとひし人に似たり。つらつら年月の移り来し拙き身の科を思ふに、ある時は仕官懸命の地をうらやみ、一たびは佛籬祖室の扉に入らむとせしも、たどりなき風雲に身をせめ、花鳥に情を労じて、しばらく生涯のはかりごととさへなれば、つひに無能無才にしてこの一筋につながる。「楽天は五臓の神を破り、老杜は痩せたり。賢愚文質の等しからざるも、いづれか幻の住みかならずや」と、思ひ捨てて臥しぬ。

先づ頼む椎の木も有り夏木立

元禄庚午仲秋日
震軒具艸

   几右日記

鶏もばらばら時か水鶏なく
    去来

涼しさやともに米かむ椎が本
    如行

   贈簔

しら露もまだあらみのゝ行衛哉
    北枝

啼やいとヾ塩にほこりのたまる迄
    越人

   越人と同じく訪合て

蓮の實の供に飛入庵かな
   等哉

   明年弥生尋旧庵

春雨やあらしも果ず戸のひづみ
   嵐蘭

   同 夏

涼しさや此庵をさへ住捨し
    曾良

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