このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

蕉 門

杉山杉風

indexにもどる

 通称藤左衛門または市兵衛。「鯉屋」の屋号で幕府御用の魚問屋を営む。別号採荼庵。衰翁・衰杖。

 正保4年(1647年)、江戸日本橋 小田原町 に生まれる。

 延宝8年(1680年)、杉風は芭蕉に深川の草庵を提供する。 深川芭蕉庵 である。

誹若土糞と云ふ。薙髪して風羅坊とも號し、又禾々軒桃青とも呼ふ。江戸の杉風といふ者(後衰杖)此翁を師として仕へて、小田原町に住しめ、後は深川に庵を結ふ。


 天和2年(1682年)12月28日、芭蕉庵焼失。

又初雁村に杉風 が姉ありしといへば、深川の庵焼失の後、かの姉の許へ、杉風より添書など持れて行かれしなるべしと云。

『芭蕉翁略伝』 (湖中編)

 貞享元年(1684年)、杉風と芭蕉の付合がある。

何となふ(ふ)柴ふく風もあはれなり
   杉風

  あめのはれまを牛捨にゆく
   芭蕉

無季の句である。

 貞亨4年(1687年)、杉風は芭蕉に帷子を送っている。

門人杉風子夏の料とてかたひらを調し送りけるに

いてや我よきぬのきたりせみころも


 元禄6年(1693年)、芭蕉は杉風 、 曾良 の勧めに応じて「水辺のほととぎす」を詠んでいる。

頃日はほととぎす盛りに鳴きわたりて人々吟詠、草扉におとづれはべりしも、蜀君の何某も旅にて無常をとげたるとこそ申し伝へたれば、なほ亡人が旅懐、草庵にしてうせたることも、ひとしほ悲しみのたよりとなれば、ほととぎすの句も考案すまじき覚悟に候ところ、愁情なぐさめばやと、杉風・曾良、「水辺のほととぎす」とて更にすすむるにまかせて、ふと存じ寄り候句、

ほととぎす声や横たふ水の上

と申し候に、また同じ心にて、

一声の江に横たふやほととぎす

宮崎荊口宛書簡(元禄6年4月29日)

 元禄6年(1693年)秋、芭蕉は杉風の別邸 採茶庵 の萩を見て句を詠んでいる。

白露もこぼさぬ萩のうねり哉

 元禄7年(1694年)閏5月21日、芭蕉の杉風宛書簡がある。

   野水隠居所支度の折ふし

涼しさを飛騨の工が指図かな

涼しさの指図に見ゆる住まゐかな

句作二色之内、越人相談候而住居の方をとり申候。飛騨のたくみまさり可申候[哉]。

 元禄9年(1696年)、芭蕉三回忌。

俤や火燵の際の此のはしら


 元禄13年(1700年)、芭蕉七回忌追善集 『冬かつら』 (採荼庵杉風編・採荼庵梅人校)。

 元禄16年(1703年)10月9日、浪化は33歳で没。

はゝかりも風雅の御免神の霜


 元禄16年(1703年)11月22日、関東大地震。29日、江戸大火。採荼庵類焼。

 宝永元年(1704年)、 『枯野塚集』 (哺川撰)刊。採荼庵杉風序。嵯峨野 去来 跋。

 享保2年(1717年)、 『西國曲』 (露川・燕説)板。杉風跋。

予一とせ深川にて杉風子の隱室を尋けるに衰老の床に臥されたる迚(とて)筆談に及て今江戸中に愚老を訪者一人もなし貴子遠境にして訪るゝことの風雅を感る迚悦れ鳬則挨拶の二句


八十四翁
初梅にさくらにかはり雪盛
   杉風

暮て行としとつれたつ我か身也
   々

『宗祇戻』 (風光撰)

享保17年(1732年)6月13日、没。享年86歳。

石川県加賀市の 全昌寺 に杉風作の芭蕉木像がある。


  史跡展望庭園 にある「芭蕉翁之像」は杉山杉風が画き、京都の画家 吉田偃武(えんぶ)が忠実に模写した芭蕉翁之像畫により作成したものだそうだ。

芭蕉翁之像


 明和9年(1772年)、 『広茗荷集』 (野桂編)によれば、白兎園宗瑞は雑司ヶ谷の本浄寺に「名月塚」を建立したようであるが、今はない。

杉風の句も刻まれていた。

名月や爰はあさ日のよい所

 天明5年(1785年)、 平山梅人 『杉風句集』刊。採荼庵二世となる。

 寛政5年(1793年)5月、芭蕉の百年忌に採荼庵梅人社中は 芭蕉の句碑 を建立。



白露もこぼさぬ萩のうねり哉

 裏面には杉風の「萩植てひとり見習ふ山路かな」の句が刻まれているそうだ。

 「玉川の水におほれそおみなへし」は 『芭蕉句選』『芭蕉翁發句集』俳諧一葉集』 に収録されているが、誤伝で杉風の句。

霊泉寺温泉の 白山神社 に杉風の句碑がある。


明月や爰は朝日もよい處

 千葉県芝山町の 芝山仁王尊 にある「杉家歴代」の句碑に杉風の句が刻まれている。



散りしあとさかぬさきこそ花恋し

杉風の句

蕣や梢に垣の這あまり


さく梅を作過たり横たをし


   娘ミまかりけれは

不知夜月や我身にしれと月の欠

『続別座敷集』

そろそろと花の盛や女かち


振あくる鍬のひかりや春の野ら


しほみ居て恥すや霜の女郎花


里いそく夜道をとめし梅おろし

雨次も月みる後の菜大こん

はつ雪を持ちからなく落葉かな


唐までも行くか千鳥の浦めぐり


梅見たる紙衣もけふがわかれかな

月見るや庭四五間の空の主


枕ひとつ今宵の月に友もなし


下風とはいへどふかぬよ雲の峰


笑れに行はや花に老の皺


影ちるや葛の葉裏の三日の月

川そひの畠を歩行月見かな


花鳥に隙ぬすまはや春もたち


山の井や墨の袂に汲かはづ


雪の松折れ口みれは猶寒し


冬籠夜昼竹の嵐哉


かつくりとぬけそめる歯や秋の風


むつくりと岨の枯木もかすみ鳧


我目にも師走八日の空寒し


賤か子は薺見る目のかしこさよ


影二夜たらぬ程見る月夜かな


   娘身まかりけるに

十六夜や我身にしれと月の欠


時雨つゝ雲にわれぬる入日かな


蕉 門 に戻る



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください