このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

沢露川

『西國曲』(露川・燕説)


露川は別号月空居士。燕説は伊勢村松の松林寺の僧。止白堂。

享保元年(1716年)、露川は門人燕説を伴って西国を行脚。

享保2年(1717年)、板。 杉山杉風 跋。



西國曲集 巻之一

   月空菴と連行脚して、西の國ぶり見ん
   と思ふから、伊勢の國を立て長途の無
   事を祈。

梅櫻守れ宰府の旅はじめ
   燕説

    唐 崎

松の花散るや湖水の魚の泡
   仝

    蕉翁の碑

感涙に春も芭蕉の枯葉哉
   仝

   大津・松本の連衆に見おくられて

たんぽゝの拍子にかゝる首途哉
   居士

   燕説は此地に居士を待得て、是より同
   行二人

かき濁る關の清水や鳴蛙
   燕説

   十三日大坂に移て紗方園を訪ふ。 野坡
   月空庵に杖を休しも早三とせと過て、
   けふやいせ・尾張・難波の長物語とはな
   りぬ。

雲水を鳴や雲雀の三ツ鉄輪
   居士

   旅店の雨間をうかゞひ、野坡の閑窓を
   訪ふ。

菓子盆にあられ咲けり桃の花
   燕説

   備中の國に移りて、 吉備津 の神官高吉
   の許に足をとゞめて終日誹談して、明
   れば吉備の神前に詣でゝ、一劔國下に
   かゞやけるの徳を思へば、時ならず寒
   けだちて、正しく邊にゐますがごとし。

神風にいづれ十握(ツカ)のつばなの穂
   居士

   比しも三月十七日、恒例の會式とて、
   山下は三重四重の市店をかまえ、繁昌
   つねに万倍せり。是神徳の民をうるほ
   すならんか。

神垣に市のはこびやむら燕
   燕説

   同國倉敷にわたりて、露堂隱家に入。

    嚴島

   蒼海に獨立して廻り七里の嶋あり、彌
   山とや。本堂・虚空藏□・三鬼の宮・奥
   の院、鐘の古さは平宗盛建立と銘に記
   せり。小宮・小堂、目の行在にあり。麓
   は本社辨財天、續いて五重の塔・多寶
   塔すべて一山の寺社數をしらず。百八
   間の回廊潮にゆられ、左右の町屋甍を
   並べ、晝の市聲・夜の万灯、船に立て是
   を見れば、龍の宮古を爰に押出しぬる
   かとあやしむ。

硝子の國や若葉のいつくしま
   居士

月凉し回廊波に八重一重
   燕説

   卯月十八日、兼て聞く橋見ん迚、岩國
   に入る。板橋五桁にして百廿間とや。
   高さ虹のごとく、下に立て裏を見るに、
   その工みの奇なる事、から錦の糸組に
   似たり。覺て人に傳ふべくもはらねば
   其名斗を記す。

    錦帶橋

組橋やにしき織てふ菖蒲草
   居士



西國曲集 巻之二

   筑前の國黒崎に着。水颯・ 砂明 の二子に
   野叟が下向を待れて、一昔の物語に數
   百里の勞を消す。

蚊屋廣しいでや野の夢山の夢
   居士

此宿や槇の霖雨の乾く迄
   燕説

   五月二日黒崎を別れて直方に行、頓野
   と云所、原田一定子の庵に遊ぶ事久し。

   隱家辞

   山林に入を小隱といひ、市中に在を大
   隱といへども、其市の隱はまぎれ安く、
   山林の隱はつとめくるし。筑の前劦頓
   野といふ里の山際に、仕へをかへして
   のがるゝ人は一定何がしなり。三方は
   紫竹、翠に吹れて、向ふは生垣まばら
   に門もふけす。一宇のめぐりは荒畑に
   して、無媒の徑路草しげく、居は六疊
   二間、竹椽のみ。閑なる事彼方丈に過
   たるべし。

郭公山の一字で猶ゆかし
   居士

   端午は一定老人の閑居にありて、浮世
   の幟を垣越に見る。

もらひ粽むけや菖蒲は生(ハヘ)ながら
   燕説

    善導寺 に参詣して、雪刀子が宅にあそ
   ぶ。家は南を面に作るべしといへど、
   又、東より來る凉風もあれば、主の此
   物數寄を合点して

凉風をのがす日はなし二方窓
   居士

   木端亭の閑居に興行

凉しさを隣へ分ん菜花畠
   燕説

   折しも廿四日 宰府の天神 に詣す。森廣
   々として廣前物さびわたりて、有難さ
   いふばかりなし。其夜は此地に宿す。

梅青し御袖こぼれて幾かへり
   居士

梅若葉拾へ詩の種哥のたね
   燕説

   長堤五里の暑さに草臥、博多未雷子が
   宅に入る。宵は倉庫の間に凉床をなら
   べ、更ては座敷の障子をあけて、東南
   の風に朝寐のもてなし

朝風にさすり加減や蚊屋の足
   居士

ない風を呼や八手の下凉み
   燕説

   未雷子にいざなはれて、 箱崎の八幡
   詣でゝ、かの松原を廻る。

箱崎や麻に蓬の松林
   居士

   熊本の城下を見懸て、折ふしの雨乞、
   數百人の里人の鉦太鼓にはやされて、
   何某の院に至り、使帆子に對す。

雨乞の數によばれん笠の露
   仝

   長洲のおのおのに案内せられて、 宇佐
    の宮 に詣づ。茂林の梢概すがごとく、
   甲に似たるが故に、萬代の龜山となん
   いへる。遠く寶劔の徳を仰ぎて、

神息のみだれ燒にや霧の山
   居士

   鳥居に笠ぬぎて、くれ橋を渡り、よる
   も川・月の瀬を左右にながめて、仁王
   門の内に入れば、神社・佛閣石ずえの
   跡のみそれが中に殘りて、歴々と棟を
   並べたる、本社の廣前にひぎまづきて

紅葉した中を鎮めて榊哉
   仝

きざはしや兀目彩る蔦紅葉
   燕説

   節句の九日、難波に入て 生玉 祭にあふ。

生玉に咲やこのはな菊祭
   居士

   萬里のいとま乞せしもきのふと過て、
   戀しき人にあふみなる松本の 正秀 亭に
   入。
   月空庵はさる事ありて京に行ば、燕説
   法師は古翁の旧友に逢んとて、伊賀の
   上野に別れ行ぬ。其日は雨に降られて
   南都に宿す。

大竹を割るや町屋の鹿の聲
   燕説



西國曲集 巻之三
  居士
雲水を鳴や雲雀の三ツ鐡輪

 顔はほかめく酒に蕗味噌
   燕説

帳につく長屋の禮の春は來て
    野坡

あるく日はひばり寐る日は庭椿
    野坡


  高吉
兩の手に預る杖やわらび時

 鳥も羽虫をふるふ巣がまへ
   居士

晴あがる空ゆつたりと東風吹て
   燕説

   餞 別
 吉 備
市人に見かはす笠か華曇り
   高吉

   餘 興

魚に餌をあたえてあそべ春の暮
   露堂

鳥の目はさぞや舞ふらん鳴子繩
   高吉

西國曲集 巻之四
  居士
蚊屋廣しいでや野の夢山の夢

 田植も客も共に飯時
   水颯

だら降の跡は手際に照出して
   燕説

 落た釣瓶をあぐる鳶口
    砂明



   同國頓野
  居士
杜鵑山の一字でなを床し

 袴の入らぬさみだるゝ時
   一定



   同國博多
  居士
朝風のさすり加減や蚊屋の足

 田植の聲の超る袖垣
   まん女

樗散るたしかな雨と守り居て
   未雷

 綿の相場の爰も同前
   燕説



   餞 別

惜めども急ぐ物あり夏の月
   未雷

晴るゝ間もあるか五月の此別れ
   砂明

五月雨を甲出す日にわかれけり
    水颯

   いつ迄草と思ひしも此別れとなり
   ぬ。崎陽の行脚を思へば、半入唐
   の大義とも云べし

兩行脚聞け唐音のほとゝぎす
   一定

   餘 興

しばらくは律儀の膝やけふの月
   一定

はじめ迚思案で降か雪曇
   ゝ

炭竈や岩間に燃る馬の沓
   砂明

大根の二葉裂きけり比良下風
   ゝ

小洗ひの水田すみゆく早苗哉
   水颯

いなづまや鮨賣通る八ツ下り
   まん女

蚊柱の中通したる螢かな
   未雷



   筑後國 善導寺
  居士
凉風をのがす日はなし二方窓

家鴨は出る若竹の中
   雪刀

畑物は鑷あてたがごとくにて
   燕説

欲しがる雨にぬるゝ嬉しさ
   木端

   餞 別

   空翁の顔の若きは、此道の仙を得
   給ひけるや。今まれに逢て後會を
   祈る

死なで居て身は花咲ん夏の草
   木端
 塩 足
杜鵑一筋鳴て通りけり
   市山

   兩翁の袂にすがるといへども、長
   崎の急ぎあれば其歸りをまつ

待て居る風の久しやことし竹
   雪刀

   餘 興

鶯の足どりかるし笹の雪
   雪刀

梅咲やまだ伊勢道の小淋しき
   木端

青柳の吹かれぬ隙や下駄の音
   市山



   肥前國曲   長崎
  宇鹿
吉日の窓みな明て凉みかな

 月影流す若き竹の葉
   燕説

植つけていまだ水ひく沙汰もなし
   居士

 跡で工夫の出來る生魚
   古道

   三 物
  居士
六尺の池に風あり朝凉み

 乾かぬ色をもつて若竹
   卯七

雀啼く半元服をほめに來て
   燕説

   餞 別

   たまたまに逢て、其親むこと銀河の
   波より深し

別れては星にしらせじ旅の笠
   宇鹿

   餘 興

滿月になるや眞向の馬の影
    卯七

沖の火に行聲早し郭公
   宇鹿


  居士
永き夜や寐物がたりの鳥の聲

 大方西にまはる晨明
   江柳

萩薄隙になる身の旅だちて
   使帆

 たゝむに手間のいらぬ縮綿(マゝ)
   燕説

   餞 別

虫なくや一夜前からいとまごひ
   使帆

   餘 興

雨がちに咲てしまふや蜜柑畑
   使帆


  居士
萩桔梗無事で咲けりわれもかう
 
 初鴈をろす北のため池
   りん

有明に錢ほしがりの名を請て
   紫道

 手織紬の物にまぎるゝ
   燕説

箱入の梅や小春にひらくらん
   野紅

 雨を通して灘を一のし
   野螢

目のうへの瘤山右は何の嶽
   朱拙

 窓から麥の鳴子からから
   釣壺

   露川老居士、此秋此里の我人をおどろ
   かしぬ。旅寐の明暮、正風の奥義を聞
   ふに一ツとして荅ずと云事なし。五十
   年來の大望此時に得たり。仍、季をえ
   らばず其事を述。

月よ華寸の楔のしめどころ
   紫道

   兩翁を茅屋に留て、夫婦のよろこ
   びを伸(マゝ)

墨うすき繪に似て里の碪かな
   野紅

   今やと待る空翁、我里に拠らずし
   て、日田に趣き給ふと聞て、夜通
   にし駒を馳す。兼て待もふけの句、

 筑前杷木
二張は釣らで語らん蚊屋の月
   兎城

   十年不遇の思ひを述て、廿日ばかり席
   をしりぞがずして語ると云詞書、長篇
   爰。

此わかれ腸をたつ瓠かな
   朱拙

いつの秋か鶴の瞳に見合せん
   野紅

最一聲聞けや寒くと峯の鹿
   紫道

   餘 興

蕣やあぶら氣もなき花の色
   朱拙

風馴て心やたけやおみなへし
   りん女

何段の替りか旅と國の秋
   紫道

紫苑咲く塚やむかしの鬼の首
   野紅




 奥刕桑折
雨しよぼしよぼことにあやなし梅の花
    馬耳

 江 戸
梅見たる紙衣もけふがわかれかな
    衰杖

寂滅の鐘の響きや雲の峯
    正秀
 江 戸
落かへる風より後のほたるかな
    その女

 越中イナミ
耳調子取て鳴なりほとゝぎす
   路健

 越中イナミ
忍べとの水鷄の聲か茶の木原
   林紅

 相刕 鴫立澤
人しれぬ秘藏娘や華葵
   朱人

 ナゴヤ
うら門の白張共や合歡の花
   巴雀
 江戸杉風□
月見るや庭四五間の空の主
   衰杖
 岩 城
雲晴るゝ後朝分けて月見哉
    露沾子

名月や空と水との二住居
   燕説

十六夜の遅さや親を疊輿
   馬耳

 奥刕須賀川
末枯やさらでも庵のつるし柿
   晋流

 晋流妻
寐ぬ星のそしりもがもな二おもて
   霜楠

 駿刕嶋田
あかゞりもつら扶持とるや年忘
    如舟

引かぶる蒲團短し鴫のこゑ
   晋流

 ナゴヤ
歸華さくや隠居に産枕
   夕道

 加賀山中
一年を辛苦で越すや室の梅
    桃妖

さるを説子、今、松嶋、象潟に趣(赴)く事、嗚呼過し世に亡師奥の細道の首途も思ひ出られたるを、此一紙の奥に巻入れて贈りぬ。


七十一老
享保二丁酉仲夏下旬
     衰  杖

 舊名杉風

沢露川 に戻る



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください