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私の旅日記
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2013年
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太宰府天満宮
〜碑巡り〜
太宰府市宰府に
太宰府天満宮
(HP)がある。
太宰府天満宮由緒
・祭神 菅原道真公
・鎮座 延喜3年2月25日
菅原道真公は、承和12年6月25日京都の菅原院で御生誕。国家の隆盛と文化の発展に尽され、延喜3年2月25日配所榎寺に於いて清明の一生を終えられ、現在の御本殿の地に葬り、菅聖廟安楽寺天満宮と称えて奉祀す。誠道守護・学業成就・除災招福等の信仰厚く、全国天満宮の総本社とも仰がれる御社であります。
菅原道真公 歌碑
東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ
昌泰4年(901年)に大宰権帥を命じられた菅原道真公が京都を出発される際に紅梅殿の梅に惜別の想いを込めて詠じられたもので、公を慕って一夜のうちに京より大宰府まで飛来したといわれる御神木「飛梅
(とびうめ)
」(御本殿右側)の由来として有名である。
太宰府天満宮の梅林とクスノキの森は「かおり風景百選」に認定されている。
いろんな「百選」があるものだ。
太鼓橋
大宰府三句
しぐれて反橋二つ渡る
・右近の橘の実のしぐるゝや
・大樟も私も犬もしぐれつゝ
『行乞記(二)』
文明12年(1480年)9月17日、
宗祇
は太宰府天満宮の宿坊満盛院に着く。
木屋瀬
で天神から扇を得る夢を見たが、実際に扇が与えられた。
とかく過行程に、御社近く塔婆など見ゆるより、下りて、神前を拝して、宿坊満盛院に至りぬる程、暮はてぬ。今夜は当社の縁起など読ませ奉るほどに、深野筑前守といふ人来る。この郡の郡司也。扇を携へて、心ざす当社にて此扇を得る事、夢の告思ひ合て、いとゞ神慮有難くなむ。
翌18日、、宗祇は太宰府天満宮に参詣している。
つとめて、社僧一人を友なひ神前に参る。表の鳥居さし入より、地広く松杉数添ひて、さらぬ、常盤木やゝ繁し。反橋高うして二有。又打橋だつ、その中にあり。池の廻りには千万株の梅の林を成せり。覚えず西湖の境に来るやと覚ゆ。楼門に入ほど神々しくて、左右の回廊いさぎよし。名に負ふ飛梅苔むして、老松の齡にも争へり。抑当社は延喜五年乙丑
(きのとうし)
に草創有となん。則拝し奉るも、古の御憂まで思ひやられて、看経おぼえず声やみて、只袖のうるほふより外の事なし。西行が「垂
(しで)
に涙の」と言ひけむも、かゝる折にや。等閑の事はいかゞ思ひ侍れど、たゞ敬神の心一筋にまかせて、
曇りなき跡を慕ひて我見るやたゞこれ西の秋の夜の月
浦風の吹上の秋の面影も波に立ち添ふ池の白菊
神や知る又生れても得ることのあらばと思ふ敷島の道
『筑紫道記』
慶長3年(1598年)6月27日、
石田三成
は太宰府を訪れている。
廿七日には宰府へうつり給ふ。道すがら又みる所どもおほし。かるかやの関は名乗りとがむるさはりなし。四天寺の峰は此うへ也。天拝か岳も見わたし也。都府楼の瓦の色、観音寺の鐘のこゑ、いづれも菅丞相の名句にありとか。其所を尋ぬれば、都府楼は跡かたもなし。瓦の色はもとの土とや成りにけん。観音寺の鐘の響は昔にかはらずやあらん。
『九州下向記』
寛文3年(1664年)、
西山宗因
は豊前の小倉城主小笠原忠真の許に滞在、8月10日頃太宰府安楽寺に詣でた。
所のさま聞しにまさりて神さび心すめる靈地也。かたへは山につきてふかう入所也けり。並木の櫻、松の林、苺滑かなり。堂塔いらかをならべ宮人軒をつらねたり。樓門高くそびえて朱の玉垣かうがうしき御前に拜したてまつれば、さながら配所のむかしも見る心地してまのあたり御影いますかとおぼえて、泪もたえがたし。
「筑紫太宰府記」
貞亨2年(1685年)3月、大淀三千風は安楽寺天満宮 を訪れている。
○人々此箱崎のうらを自負して。いかゞ風景はいづこかまされりといひしに。櫻川をうたひながら。
箱崎のふたみが浦の橋立の浪立ならぶ松しまの月。
かくて櫻月日。宰府の神津森に詣むと。修驗門。西河しもと
(※「木」+「若」)
を引導者にて行。みちすがら苅萱關。思川。染川。三笠森。四王寺。觀世音寺。十府樓。天智帝の舊都うちながめ。やがて宮寺に入り。内院安樂寺廟院といふ台宗。座主持。社僧五十房。社家八宇。一揖方拜のまはり魂をなし。宿坊検校
(※共に手偏)
坊に着。例の懐筆を染め法樂半軸を。
『日本行脚文集』
(巻之四)
心字池の東側に
「夢塚」
があった。
天保14年(1843年)10月12日、菊屋平兵衛が松尾芭蕉の百五十年忌にあたり、
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
の辞世より、芭蕉は、若いころに大宰府に参詣した事を記し、再度参拝の夢を持っていたとして、建碑したもの。芭蕉は連歌の先達、宗祇のように筑紫路への旅を夢みていたという。
菖蒲池に高浜年尾の句碑があった。
紫は水に写らず花菖蒲
高浜年尾は
高浜虚子
の長男。
元禄9年(1696年)、
広瀬惟然
は安楽寺天満宮に詣でているようである。
つくし安楽寺に詣
シ
ころ
神法楽のよし
これにしの梅のわらひや日の移リ
『染川集』
元禄11年(1698年)7月22日、各務支考は太宰府天満宮に参詣。
この日宰府にいたる。久留米にありし時、日田の里仙きたる。是ら此地にいざなひ、この天滿宮に詣し
(て)
この時の風雅のまことをぞいのり奉りける。かくて連歌堂に宿してわがこゝろ猶あかず。曉の月に又詣し侍りて、俳諧の腸をかたむけ侍るに、機感たゞ胸にあつまりて、終に奉納の句なし。
『梟日記』
元禄12年(1699年)9月、
向井去来
は長崎を出立。途中太宰府天満宮に参詣、句を奉納している。
宰府奉納
幾秋の白毛も神の光かな
『去來發句集』
宝永2年(1705年)、魯九は長崎に旅立つ。帰途、太宰府天満宮を訪れている。
筑前 宰府天神宮にて
むら紅葉檜皮をハしる夕日影
『春鹿集』
享保元年(1716年)5月24日、
露川
は門人燕説を伴い太宰府天満宮に参詣した。
折しも廿四日宰府の天神に詣す。森廣々として廣前物さびわたりて、有難さいふばかりなし。其夜は此地に宿す。
梅青し御袖こぼれて幾かへり
居士
梅若葉拾へ詩の種哥のたね
燕説
『西國曲』
御本殿
延喜5年(905年)、廟創建
延喜19年(919年)、社殿建立。
御神木「飛梅
(とびうめ)
」が見える。
明和8年(1771年)、蝶夢は桐雨と太宰府天満宮に参詣した。
かたへに針貫さしまはしたる梅の古木あり。社僧に問へば、名におえ
(へ)
る飛梅 とこたふ。今も朽ながらみどりの珠をつらねて実をむすびたり
青梅や仰げば口に酢のたまる
『宰府紀行』
天明6年(1786年)8月24日、沂風と祥然は太宰府天満宮の祭礼見物に赴く。蝶酔・梅珠それに尺艾も同行して歌仙興行。
『宰府日記』
天明6年(1786年)10月10日、
田上菊舎
は太宰府を訪れている。
宰府宿
とし頃願ひし詣叶ひ、ことさら今宵聖廟近きに舎り、こゝに残りし御言の葉も「都府楼纔に瓦の色を看せ観世音寺は唯鐘の声を聞と聞へさせ給ひしなど、人々の物語れる折しも、夜半を告るにも古への情頻りなるより
窓に穿つ其鐘の音も月影も
菊舎
『九州行』
天明8年(1788年)3月18日、
長月庵若翁
は太宰府天満宮に参詣して句を残している。
何事もなくて社頭の春の色
『
誹諧
曇華嚢』
御本殿の右手に芭蕉の句碑があった。
梅が香にのつと日の出る山路かな
元禄7年(1694年)春、芭蕉51歳の句。
『炭俵』
冒頭、
志太野坡
と両吟歌仙の発句である。
寛政元年(1789年)に花臺坊を取次にして建立されたもので、境内中最古の句碑でもある。
文政10年(1827年)、鶴田卓池は長崎へ旅立つ。
宰府天満宮にて
おもひでや桜の一葉を袖の上
「長崎紀行」
慶応元年(1865年)2月、五卿(三条実美、三条西季知、
東久世通禧
、四条隆謌、壬生基修)は太宰府の延寿王院に入り、慶応3年(1867年)12月まで滞在した。緊迫の中にも
武蔵寺
や二日市温泉に憩いを求めた。
明治29年(1896年)9月、
夏目漱石
は夫人と北部九州旅行をして太宰府天神を訪れている。
太宰府天神
◎反橋の小さく見ゆる芙蓉哉
9月25日(金)子規宛て書簡
明治43年(1910年)3月14日、河東碧梧桐は太宰府天満宮の梅林を逍遥した。
観音寺の国宝になっておる仏像の数々を見て、次で太宰府の盛りの梅の中を逍遥した。
『続三千里』
御本殿の裏手に
荻原井泉水の句碑
があった。
くすの木千年さらに今年の若葉なり
明治99年5月、建立。
昭和42年(1967年)である。
神苑に
富安風生
の句碑があった。
紅梅にたちて美し人の老
大正7年(1918年)、風生は福岡貯金支局長として赴任。
昭和18年(1943年)、高浜虚子の古稀賀筵で詠んだ句。
虚子先生古稀賀筵 四句
鎌倉やけふのわれらに畑の梅
一もとの老木の梅をうち囲み
紅梅に彳ちて美し人の老
ふかぶかと杖をかいこみ老の梅
『村住』
昭和54年(1979年)11月17日、建立。
全国で62番目の風生句碑である。
昭和54年(1979年)11月17日、建立。
お石茶屋に
吉井勇
の歌碑があった。
大宰府のお石の茶屋に餅くへば旅の愁ひもいつか忘れむ
荻原井泉水書
昭和6年(1931年)12月27日、
種田山頭火
は大宰府参拝。
十二月廿七日 晴后雨、市街行乞、大宰府参拝、同前。
九時から三時まで行乞、赤字がさうさせたのだ、随つて行乞相のよくないのはやむをえない、職業的だから。……
大宰府天満宮の印象としては樟の老樹ぐらいだらう、さんざん雨に濡れて参拝して帰宿した。
『行乞記(二)』
韓国人の観光客が多かった。
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