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向井去来
『去來發句集』
(蝶夢編)
明和8年(1771年)2月、蝶夢序。
安永3年(1774年)、『去來發句集』(
蝶夢
編)刊。
春
元日や家に譲りの太刀帶ん
元日や士つかふたる顔もせず
萬歳や左右
(さう)
にひらいて松の陰
獨り寐もよき宿とらん初子の日
わか菜つみ敷ものやらうさん俵
鶯のなくなくそこに樂寐かな
鶯や雀よけ行枝うつり
風叩が春の気色見んと、舟に乗て
出けるに
うぐひすが人の眞似るか梅が崎
痩はてゝ香にさく梅のおもひかな
上臈の山莊にましましけるに、候
し侍りて
梅が香や山路分入る犬のまね
五六本よりてしだるゝ柳かな
姑の氣に入る人は柳かな
たのしさよ闇のあげくの朧月
鉢たゝき來ぬ夜となれば朧なり
弟魯町、故郷へ歸りけるに
手をはなつ中に落けり朧月
うき友にかまれて猫の空ながめ
竹原や二疋あれこむ猫のこひ
一畔はしばし啼やむ蛙かな
歸るとてあつまる雁よ海のはた
上り帆の淡路はなれぬ潮干哉
陽炎や足もとにつく戻り駕
呂丸
追悼
踏きやす雪も名残や野邊の供
丈草
を哭す。
凡十年の笑は三年の恨に化し、そ
の恨は百年の悲を生ず。惜しみて
も猶名殘おしく、此一句を手向て、
來しかた行すゑを語り侍るのみ。
なき名きく春や三とせの生別
花守や白き頭をつき合せ
知る人にあはじあはじと花見哉
咲花にうき世の人や神ぜゝり
よし野山またちる方に花めぐり
小袖ほす尼なつかしや窓の花
田上の尼へ、花見にまねかれて
海を見る目つきも出す花の雲
山深く分入りて
木の空の天狗も今は花の友
朝ざくら芳野ふかしや夕櫻
一むしろちるや日うらの赤椿
手一はいゆすのかるたや躑躅山
閑 居
山藤のもとのゆがみを机かな
翁の身まかり給ひし明る年の春、
義仲寺
へ詣て
石塔もはや苔つくや春の雨
參宮の折、奉納の心を
神風の彌生はふかし門の竹
夏
郭公なくや雲雀と十文字
うかれ出て山がへするか子規
兄弟が顔見合すやほとゝぎす
心なき代官殿や時鳥
吉野にて逢れう物かほとゝぎす
伊勢にて
卯の花も海のかざりや淺熊山
うの花の絶間たゝかん闇の門
順禮のころ
卯の花に笈摺寒し初瀬山
朝々の葉のはたらきやかきつばた
元禄七年、久しく絶たりける祭の
行れけるを拜して
醉顔に葵こぼるゝ匂ひかな
竹の子や畠隣に惡太郎
たまたまに三日月拜む五月かな
大和・紀伊の境はてなし坂にて、
往來の順禮をとゞめて、奉加すゝ
めければ、料足つゝみたる帋のは
しに書付ける
つゞくりもはてなし坂や五月雨
雲とりの峠にて
五月雨に沈むや紀伊の八莊司
曲水子にいざなはれて、勢田の螢
見にまかりけるに、夕の程流れに
つゞきて下りぬると語れば、猶舟
をさし下して
ほたる火や黒津の梢兒が嶋
螢火や吹とばされて鳰の闇
鷄もばらばら時か水鶏なく
見物の火にはぐれたる歩行鵜
(かちう)
哉
妹千子、身まかりけるに
手の上に悲しく消るほたるかな
水札啼や懸浪したる岩の上
旅寢して香わろき草の蚊遣かな
木津へまかりて
山里の蚊は晝中に喰ひけり
其角
の母の悼に
蚊遣にはなさで香たく悔かな
立ありく人にまぎれて凉かな
更る夜を隣になろ納凉哉
猫の子の巾着なぶるすゞみかな
洛東眞如堂にて善光寺如來開帳の時
すゞしくも野山にみつる念佛かな
美濃の國熊坂が人見の松にて
わるあつく吹や人見の松の風
同じ國にて
夏かけて眞瓜もみえぬ暑かな
暮まつや藪のひかへの雲の嶺
夕ぐれや兀ならびたる雲のみね
伏見の舟中より都の方をながめて
夕立の雲もかゝらず留主の空
鎧着て疲ためさん土用干
秋
うちたゝく駒のかしらや天の河
酒盛となくて酒のむほしむかへ
筑前の黒崎にて、明日は此邊りの
たゝども沖に出て、雨乞の踊し侍
るといふを聞て
七夕をよけてやたゝが船踊
たゝとは此邊にて漁父の妻娘の事也。けふは七月七日
の事にぞはべりける。
黒崎
沙明
亭にて
魂棚の奥なつかしや親の顔
うちつけに星待つ顔や浦の宿
妻におくれたる人の許に
寐道具のかたかたやうき魂まつり
躍子よ翌は畑の草ぬかん
年經て長崎に歸りけるに
見し人も孫子となりて墓參り
初露や猪の臥芝の起上り
悼風國
朝夕にかたらふものを袖の露
遊女常盤身まかりけるをいたみて、
相しれりける人に申侍る。
露けぶり此世の外の身受かな
芭蕉翁の
奥の細道
を拜して、その
書寫の奥に書付ける。
ぬれつ干つ旅やつもりて袖の露
長崎丸山にて
いなづまやどの傾城とかり枕
都にも住まじりけりすまひとり
淺茅生やまくり手下す虫の聲
田上にて
山家にて魚喰ふ上に早稲のめし
ひみといふ山にて、卯七に別るゝ
とて
君が手もまじる成べし花すゝき
岩端や爰にもひとり月の客
盲より唖のかはゆき月見かな
名月や椽とりまはす黍のから
月見せん伏見の城の捨郭
名月や海もおもはず山も見ず
名月やむかひの柿屋照らさるゝ
嵯峨に小屋作りて、折ふしの休息
仕候なれば
月のこよひ我里人の藁うたん
長崎素行亭
浦人を寐せて海みる月夜かな
長崎より田上に旅寢うつしける時
名月やたが身にせまる旅ごゝろ
園木の宿にて、小姫のまだらぶし
うたふを聞く
月かげに裾を染たようらの秋
長崎諏訪の社にて
詞書あり
尊とさを京でかたるも諏訪の月
十六夜やたしかにくるゝ空の色
駒牽の木曾や出らん三日の月
海山を覺へて後の月見かな
宰府
奉納
幾秋の白毛も神の光かな
あき風やしら木の弓に弦はらん
秋風に耳の垢とれわたし守
吉備津宮奉納
秋かぜや鬼とりひしぐ吉備の山
夜あらしや空に吹とる鹿のこへ
おく山や五聲つゞく鹿の聲
伊都岐島
にて
みつ潮の岩ほに立や鹿の聲
長月のすゑ筑
(筑)
紫より上りける
道、安藝の廣島を通けるに、人々
とらへけれども、故郷に心いそぎ
せられて、のがれいづる曉、一夜
の宿に書とゞめ侍る。
けふ翌と成ていそがしわたり鳥
長崎に旅寐のころ
ふるさとは今はかり寐や渡りどり
同黒崎にて
気遣ふてわたる灘女や鱸つり
田 家
聞まつといふか案山子の腰刀
松茸や人にとらるゝ鼻の先
難波津にて
芦の穂に箸うつかたや客の膳
園女
にて先師の事ども申出ける
序に
秋はまづ目にたつ菊の莟かな
筑前博多にて
菊の香にもまれて寐ばや濱屁
(庇)
自題落柿舎
柿ぬしや梢はちかき嵐山
芽立より二葉にしげる柿の實 と
丈草
申されしも、いつの頃にや有
けん。彼落柿舎もうちこぼつよし。
やがて散る柿の紅葉も寐間の跡
長崎にて
支考
に逢て、京の事など
たづねられて
息才
(災)
の數に問れん嵯峨の柿
木のもとに圓座とりまけ木練どし
周防にて
徳山の蕎麥白たへや綿もふく
讀甲陽軍鑑
あら蕎麥の信濃の武士はまぶし哉
長き夜も旅草臥に寐られけり
聖護院にて
樫の木の色もさめるや秋の空
冬
かはらけの烏帽子の上や初時雨
一時雨しぐれて明し辻行灯
雲よりも先にこぼるゝ時雨かな
翁の病給ふを聞て、伏見より夜舟
さし下す。
舟に寐て荷物の間や冬籠
看病も一人前する火燵かな
翁の病中祈祷の句
木がらしの空見直すや鶴のこへ
傷亡師終焉
わすれ得ぬ空も十夜の泪かな
丈草
の許より、芭蕉翁の七日七日
とうつり行あはれさ、猶無名庵に
寓居して心地さへすぐれずとて、
朝霜や茶湯の後の藥鍋 といへる、
かへし
朝霜や人參つんで墓まいり
翁三回忌に
義仲寺
にて
夢うつゝ三度は袖のしぐれかな
行かゝり客に成けり蛭子講
木曾墳
に參りて
船馬に泣よるや神無月
應々といへどたゝくや雪の門
せめよせて雪のつもるや小野の嶺
九重に見なれぬ雪の厚さかな
雪雲や鬼も腕
(かいな)
を出すべう
悼
浪化
君
その時や空に花ふる野邊の雪
暖簾や雪吹わたす旅籠町
ひつかけて行や雪吹
(ふぶき)
の豊嶋御座
訪僧
丈草
馬道や菴をはなれて霜の屋ね
山畑や青みのこして冬がまえ
卯七
亭
霜月や日まぜにしげく冬ごもり
其角
へかへし
放すかと問るゝ家や冬籠
冬がれの木の間覗ん賣屋敷
鴨なくや弓矢を捨て十五年
荒礒やはしり馴たる友千鳥
尾頭の心もとなき生海鼠かな
悼僧
丈草
寒き夜や思ひつゞける山の上
堀川を通りて
有明にふり向がたき寒さかな
廣澤
池の面雲の氷るや愛岩
(宕)
山
除風子の撰集を祝ひ、發句參らせ
んとおもふに、
青むしろ
はことし
の藁をもて織出たる物なりと、人
の申ければ、かならず冬季なるべ
しと沙汰し侍りて
草庵に一の寶や青むしろ
くれて行年のまうけや伊勢熊野
うす壁の一重は何かとしの宿
神鳴もさはぐや年の市の音
長崎の浦に旅寐して
年浪のくゞりて行や足の下
としの夜の鮴や鰯や三の膳
年の夜や人に手足の十ばかり
向井去来
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