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俳 書

俳諧千鳥掛』(知足編)



知足 は尾張鳴海の人。鳴海六歌仙の一人。

宝永元年(1704年)4月13日、知足没。

正徳2年(1712年)6月、『俳諧千鳥掛』(知足編)刊。 素堂 序。 蝶羽 跋。

蝶羽は知足の子。

千鳥掛集序

鳴海のなにがし知足亭に、亡友ばせをの翁やどりけるころ、翁おもへらく、此の所は名古屋あつたにちかく、桑名大垣へもまた遠からず、千鳥がけに行通びて、殘生を送らんと、星崎の吟も此の折りのことになん、あるじの知足此のことばを耳にとゞゝめて、其の程の風月をしるし集め、千鳥がけと名付けて、他の世上にも見そなはしてんとのあらましにて、程なく泉下の人となりぬ。其の子、蝶羽、父のいひけんことわすれずながら、世にわたる事しげきにまきれて、はやとゝせに近く、星霜をふりゆけば、世の風體もおのがさまざまにかはり侍れど、父の志しをむなしくなしはてんもほいなきことにおもひとりて、ことし夏も半ばに過行くころ、洛陽に至り、漸くあづさにちりばむる事になりぬ。やつかれ折りふし在京のころにて、このおもむきをきゝ、折りならぬ千鳥のねをそへて、集のはしに筆をそゝぐのみ。我れ聞く川風寒み千どり鳴く也の詠は、六月吟じ出でゝもそゞろ寒きよし、この千鳥がけも、時今炎天に及べり、其たぐひにや沙汰し侍らん。又聞く東山殿鴨川の千鳥をきゝに出でたまふに、千本の道貞といへるもの、袖にらんじやたいをたきて出でけるを聞しめして、其の香爐を御とりかはしありて、今の世に大千鳥小千鳥とて賞せられけると也。此の後かほど至れる千鳥を聞かず、よし今香はたかずとも、星崎の千鳥にひとりもゆき、あるは友なひてもゆきてきかまほし、又そのあたりの歌枕、松風の里に旅人の夢をやぶり、ねざめの里に老いのむかしをおもひ、夜寒の里の砧をきゝ、なるみ潟しほみつる時は、上野の道をつたひ、雨雲には笠寺をたのみ、月のなきよも星崎の光りをあふぎて、猶風雅の友をよびつぎの濱千どり、これかれ佳興すくなしとせず。むべなるかな、ばせをが此の所に心をとゞめしこと。

      正徳壬辰年林鐘下浣   武陽散人   素堂書

   俳諧千鳥掛集上巻

星崎の闇を見よとや啼千鳥
   芭蕉

 船調ふる蜑の埋火
   安信

築山のなだれに梅を植かけて
   自笑

 あそぶ子猫の春に逢つゝ
   知足

鷽の声夜を待月のほのか也
  ボク言

 岡のこなたの野邊青き風
   如風



京まではまだなかぞらや雪の雲
   芭蕉

 千鳥しばらく此海の月
  ボク言

小蛤ふめどたまらず袖ひぢて
    知足

 酒氣さむればうらなしの風
   如風

引捨し琵琶の嚢を打はらひ
   安信

 僕はおくれて牛いそぐ也
   自笑



   芭蕉翁、もと見し人を訪ひ、三河
   國に越へ、序おもしろければ、伊
   良古崎見んと、白波よする渚をつ
   たひ、からうじて歸給ひし旅の哀
   を聞て

燒飯や伊良古の雪にくづれけん
   知足

 砂さむかりし我あしの跡
   芭蕉

松をぬく力に君が子日(ねのび)して
   越人

 いつか烏帽子の脱(ぬげ)る春風
   足

眠るやら馬のあるかぬ暖さ
   蕉

 曇をかくす朧夜の月
   人



   寂照庵知足子の許へ、
   はせを翁を尋来て

幾落葉それほど袖もほころびず
    荷兮

 旅寢の霜を見するあかゞり
   芭蕉

今朝の月替る小荷駄に鞭當て
   知足

 星の踊に野菊折ける
    野水



   寂照庵に旅寢して

置炭や更に旅ともおもはれず
    越人

 雪をもてなす夜すがらの松
   知足

海士の子が鯨を告ぐる貝吹きて
   芭蕉



   鳴海出羽守氏雲宅にて

面白し雪にやならん冬の雨
   桃青

 氷をたゝく田井の大鷺
   自笑

船繋ぐ岸の三俣荻かれて
   知足

   寝覺松風の里も
      此近邊成べし。

火燵から友よ呼續の濱近し
    團友

 窓つきあぐる時雨一息
   知足

朝烏市の立日をわめくらん
   露川

 入かゝりたる月のまひまひ
   如瓶

笹茸は笹と思ひて取殘し
   足

 足駄で山をおりる秋風
   友

哥仙略



   冬之部發句

唐までも行くか千鳥の浦めぐり
    杉風
  三河
濱千どり緞子の夜着に聞く夜哉
   白雪

爐の炭を啼きほそめたる千鳥哉
   桃先

鷄のあとに矢橋の千鳥哉
    夕道

小夜ちどり枕焦すやたばこ盆
   龜世

けふまでは人の噂や啼く千鳥
    知足

畫のうち鴎に眠りちどりには
    素堂

鳴海知足子は芭蕉翁の古き因みにて、旅寢の夢の見所と定めて、月に雪にやどかたらはれし其の心ざし、今も空しからざれば、予も亦たづねよりて、昔しに成り行く事ども物語り聞えしに、日數とゞまりて、古翁の月忌にさへ當り侍れば、たゞにあらぬやはと、道好める人々を招き追善を催ほされぬ。ただなつかしき此の胸にうかびて、句つづるべきおもひなけれど、しきりにとあればやまず

千鳥鳴く爰やむかしの杖やすめ
    路通

此の浦のちどりに殘る紀念かな
   蝶羽

   はやこなたへといふ露のむぐらの宿
   はうれたくとも袖をかたしきて御とま
   りあれやたび人

たび人と我名よばれむはつしぐれ
  はせを

   水仙花

置く霜の敵を味方に水仙花
   乙州

   茶の花

      上野の道にて

茶の花や須磨の上野は松ばかり
   素堂

茶の花のあるじや庭に唯居らず
    團友
  
降る雪になほおほきかろふじの山
   智月

しら糸に霜かく杖や橋の不二
   その女

代々の賢き人々も古郷はわすれがたきものにおもほへえ侍るよし。我今ははじめの老も四とせ過て、何事につけても昔のなつかしきまゝに、はらからのあまたよはひかたぶきて侍るも、見捨がたくて、初冬の空のうちしぐるゝ比より、雪を重ね霜を經て、師走の末伊陽の山中に至る。猶父母のいまそかりせばと、慈愛のむかしも悲しく、おもふ事のみあまたありて

古郷や臍の緒に泣としのくれ
   芭蕉



   奉 納

笠寺やもらぬ窟(いわや)も春の雨
芭蕉桃青

 旅寝を起すはなの鐘撞
   知足

月の弓消ゆくかたに雉子啼て
   如風

 秀句ならひに高瀬さしけり
   重辰

茶を出す時雨に急ぐ笹の蓑
   安信

 賣殘したる庭の錦木
   自笑



   春之部發句

初なづな鰹のたゝき納豆まで
    素堂

這梅の殘る影なき月夜かな
    野坡

   鶯
  越後
譽めらるゝ鶯の身ぞなつかしき
   巻耳

   柳

柳垂れてあらしに猫を釣る夜哉
    木因
  
軒にさらり砂にもさらり柳哉
   魯九

しとやかなこと習はうか田打鶴
    惟然

   陽 炎

      布袋書きたる繪に

袋よりたつ陽炎にかいだるし
    杉風

汐みちて上野の方や舞雲雀
    露川
  加賀
三日月の光りや浮きてもゝの花
    句空
  須賀川
鳥雲にうんうんとてぞ花の岫
    藤躬
  美濃
懐に寢て歸る子も花見かな
    千川



   俳諧知登利懸下巻

杜若我に發句のおもひあり
   芭蕉

   麥穂なみよるうるほひの末
   知足



   芭蕉行脚のころ

夏草よあづま路まとへ五三日
   知足

 笠もてはやす宿の卯の雪
   桃青



   夏之部發句
  大垣
白雨に若葉が上の若葉かな
    荊口
  出羽
子規あとのまつりに雨が降る
    重行

   牡 丹

ほしさうに笑ふてかゝる牡丹哉
    路通

   杜 若 八はしにて

二度手打澤ほとゝぎすかはつばた
   三千風

馬に市かきつばたには人もなし
    素堂
  島田
立傘の俤殘れかきつばた
   如舟

   水 鶏

氏雲にまけじと扣く水鶏かな
    荷兮

   名所之夏

涼まうか星崎とやら扨何所じや
   惟然

涼風や夜寒の里の吹あまり
   蝶羽

   知足亭にて

麓ともおぼしき庭の覆盆子哉
    支考

夏氣色返す返すもなるみ潟
   乙州



   鳴海眺望

はつ穐や海も青田の一みどり
   芭蕉

 乘行馬の口とむる月
   重辰

藁庇霧ほのくらき茶を酌て
    知足

 やせたる藪の竹まばら也
   如風

蛤のからふみわくる高砂子
   安信

 笠ふりあげて船まねく聲
   自笑

哥仙有略



   賀新宅

よき家や雀よろこぶ背戸の粟
   芭蕉

 蒜にみゆる野菊苅茅
    知足

投渡す岨の編橋霧こめて
   安信

 風呂燒に行月の明ぼの
   芭蕉

杉垣のあなたにすごき鳩の聲
   知足

 はつ霜の下りて紙子捫つゝ
   安信



   穐之部發句

   初 穐

笹竹の雀穐しる動きかな
    杉風

   

風に名の有べきものよ粟の上
    惟然

   青瓢 初秋中一此所に遊て

夕がほや秋はいろいろのふくべ哉
   芭蕉

西瓜ひとり野分を知らぬあした哉
    素堂
  加賀
行船や苫洩月に袖の紋
    北枝

蘇鐡にも月はやどれど薄かな
   素堂

名月やいまだ増賀の裸ごろ
   言水

宵闇や霧の氣色に鳴海潟
    其角

   ばせを老人此所に杖を休め給ひ、
   俳談のあまり、付句并にほくども
   書殘し置れけるを、反古の中より
   さがし出し、なつかしさのまゝ、
   こゝに記し侍りぬ。

   琴引ならふ窓によらばや

打提る道にて菊の名を忘れ
  はせを

   酒に興ある友を集る

ぬけ初るちゝの一齒のかなしくて
   同

時ぞ秋よし野をこめん旅のつと
    露沾

冬枯も君が首途や花の雲
   其角

木枯の吹行後姿かな
    嵐雪

鳴千鳥富士を見かへれ塩見坂
   杉風
  桑門
我夢を鼻ひ霜の草まくら
    宗波

來月は猶雪降はつしぐれ
   ちり

   深川 素堂 より文の中に

十六夜の月と見はやせ殘る菊
   芭蕉

笈 銘
   蝶羽

蕉翁の世を俳諧にかくれ、ひとつの笈を友とし、身の動く所を驛とし、足のとゞまる所を宿とす。其廣き武蔵野も秋過、古郷の空に通る時雨の侘しければとて、あが軒端に立寄、笈さしおろし、かうがけの紐打ときて、そこ爰の物語に日を忘れけるが、土丹生の寢覺がちなる夜の、星崎のかたに千鳥の鳴を聞て、ほきしけるを亡父なにがし感に餘り、其道このみ給ふ人々の句をも、呼續のはしばしつぎわたして、一冊にせんと心がけしに、とゝせ過にし夏、其心ざしもむなしく、鳴海のひろふかひなき身まかりけり。予其事のすたりぬるを歎き、又我友ちどりの聲をも打添給にしをつぎ、ふたつの巻になしぬ。まことに翁の餘情もなつかしけれ。其比翁あが許よりして熱田の桐葉がかたに往しが、また難波の春におもむかんとて、いかにおもひしや、自屓(負)箱物を殘し、猶行先の霞とも消なん後のながめにもせよと、いひ置て出行しが、終に其浦風にさそはれ、世をみじかき芦の下浪とは成りぬ。此巻もと翁の句より興りしなれば、せめて其俤に此笈の見まくほしく、桐葉の花も紫のゆかりなれば、かくおもふよしをいひやりてこひけれど、はせをの露のかた見、いかにし侍らんや。我もし一葉の秋にもあはゞ、それまた我が名殘りにもみせんなどいひしが、去年の五月雨に秋をも待たぬ花と散りて、哀添つゝ送おこせたり。いかに世は露の玉手筥ふたりの記念となりて、あが許に所持しにけり。其形はさながら婦女の玉櫛笥に似て、おほいさもさる物なれ。高麗人の工みと見えしが、くろう塗りこめたるに、金泥の繪のこまやかなるもはげうせて、見るかげのあるかなきかにけしきして、物ふりたり。左右に蕨手をつけしは、屓ふにたよりとやせし。むべ獨りありきの用には、たりぬべかりける物とこそおもほゆれ。此道の好どち打寄りてとり出し、ふたゝび翁の文大につらなる心地し、其風情をしたふ。されば其心ざしをのべて銘し侍りぬ。

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