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俳 書

『芭蕉翁發句集』  (上)  ・ (下)

(蝶夢編・安永5年刊)


安永5年(1776年)5月、 蝶夢 自序。750余句を集録。

寛政元年(1789年)7月、再版。

芭蕉翁發句集 下

 

初秋や海も青田の一みどり

文月や六日も常の夜には似ず

荒海や佐渡に横たふ天の川

   尼壽貞が身まかりけると聞て

數ならぬ身とな思ひそ玉まつり

   舊里に歸り盆會をいとなむに

家は皆杖に白髪の墓参

盆過ぎて宵闇くらし虫の聲

簑虫の音を聞きに來よ草の庵

太田の社 にて實盛が兜錦の切をみて

むざんやな甲の下のきりぎりす

蜻蛉や取りつきかねし草のうへ

蜑の屋は小海老にまじるいとゞ哉

あの雲はいなづまを待つたより哉

或智識の曰なま禅大疵のもとゐとかやいと有がたくて

いな妻にさとらぬ人の貴さよ

稲妻や闇のかた行く五位の聲

本間主馬が宅に骸骨どもの笛鼓をかまへて能する所を畫て舞台の壁に抄(カケ)たりまことに生前のたはぶれなどか此遊びにことならむやかの髑髏を枕として終に夢うつゝをわかたざるもたゞ此生前を示さるゝものなり

稲妻や顔の所がすゝきの穂

    二見の浦 にて

硯かとひろふやくぼき石の露

   とくとくの清水にて

露とくとく試に憂世すゝがばや

   畫 讃

西行のわらぢもかゝれ松の露

   曾良に別るゝとて

けふよりや書付消さむ笠のつゆ

關こゆる日は雨降て山みな雲にかくれたるを

霧しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき

ひやひやと壁をふまえて晝寝かな

   ある草庵にいざなはれて

秋すゞし手毎にむけやふり茄子

全昌寺にとまる曙の空ちかう堂下に下るを若き僧共紙硯をかゝへて追來る折ふし庭の柳散りければ

庭掃て出でばや寺にちる柳

   角蓼螢句

蕣にわれはめしくふをのこ哉

蕣や是もまたわが友ならず

枕引寄せて寝たるに一間隔て若き女の聲二人ばかりと聞ゆ年老たる男の聲も交りて物語するを聞けば越後の國新潟といふ所の遊女なりし伊勢参りするとて此關まで男の送り來れるなり

一家に遊女もねたり萩と月

    小松 といふ所にて

しほらしき名や小松ふく萩すゝき

   歡水亭雨中の會

ぬれて行く人もをかしや雨の萩

   畫 賛

白露もこぼさぬ萩のうねりかな

浪の間や小貝にまじる荻の塵

   深川庵

芭蕉野分して盥(たらい)に雨をきく夜かな

   畫 賛

鶴啼くやその聲に芭蕉やれぬべし

ひよろひよろと猶露けしや女郎花

玉川の水におぼれそをみなへし

   或寺にて

門に入れば蘇鐵に蘭の匂ひかな

    木曾塚の舊草 にありて敲戸の人々に對す

草の戸をしれや穂蓼に唐がらし

青くても有るべき物を唐がらし

夕顏や秋は色々の瓢かな

   眼 前

道のべの木槿は馬に喰はれけり

花むくげはだかわらべのかざしかな

   高田醫師細川青庵にて

藥園にいづれの花を草まくら

草いろいろおのおの花の手柄かな

早稲の香や分入る右は有礒海

むかしきけ秩父殿さへ相撲取

何事の見たてにも似ず三日の月

三日月の地は朧なり蕎麥の花

杜牧が早行の殘夢 小夜中山 にいたりてたちまち驚く

馬に寝て殘夢月遠し茶の煙

月はやし木ずゑは雨をもちながら

明ぼのや二十七夜も三日の月

更科山は八幡といふ里より西南に横をれて冷じく高くもあらずかどかどしき岩なども見えずたゞあはれ深き山のすがたなりなぐさめかねしといひけむもことわりに知られてそゞろに悲しきに何ゆゑにか老たる人を捨てたらむと思ふにいとゞ涙も落ちそひければ

俤や姨ひとりなく月の友

    善光寺

月影や四門四宗もたゞ一つ

   悼遠流 天宥法印

その魂を羽黒にかへせ法の月

月のみか雨に相撲もなかりけり

   燧が山

義仲の寝覺の山か月悲し

   湯尾峠

月に名をつゝみかねてやいもの神

氣比の明神に夜參す往昔遊行二世の上人みづから土石を荷ひ泥濘をかわかせて參詣往來の煩ひなし

月清し遊行のもてる砂のうへ

   鐘が崎にて

月いづこ鐘はしづめる海の底

戸をひらけば西に山あり伊吹といふ花にもよらず雪にもよらず

そのまゝに月もたのまじ伊吹山

又玄が妻もの事まめやかに見えければかの日向守の妻髪を切て席をまうけられし事も今更に申出て

月さびよ明智が妻のはなしせむ

    正秀 亭初會

月代や膝に手を置く宵の内

鎖明けて月さし入れよ浮御堂

柴の庵と聞けばいやしき名なれども世にこのもしき物にぞ有ける此歌は東山に住みける僧を尋ねて西行のよませ給ひけるよしいかなる住居にやとまづその坊のなつかしければ

柴の戸の月やそのまゝあみだ坊

明月のよそほひにとて芭蕉五本を栽ゑて

芭蕉葉を柱に懸けむ庵の月

   深川のすゑ 五本松 といふ所に舟さして

川上とこの川下や月の友

東順 老人は湖上生れて東野に終をとれり

入る月の跡は机の四隅かな

月見せよ玉江の芦をからぬ先

名月や池をめぐりて夜もすがら

根本寺の隣室にやどる人をして深省を發せしむ

寺に寝てまこと顔なる月見哉

雲折々人を休むる月見かな

淺水の橋をわたる俗にあさうづといふ清少納言の橋はと有て一條あさむづと書ける所とぞ

あさむづや月見の旅の明けはなれ

名月や北國日和さだめなき

   古寺翫月

名月や座にうつくしき顔もなし

名月や兒達ならぶ堂の橡

名月や湖に向へば七小町

名月や門にさしこむ潮がしら

名月の花かと見えて綿ばたけ

名月に麓の霧や田の曇り

三井寺の門たゝかばや今日の月

十六夜もまだ更科の郡かな

やすやすと出ていざよふ月の雲

   堅田にて

いざよひや海老煮る程の宵の闇

   暮て 外宮 に詣侍りて

三十日月なし千年の杉を抱く嵐

   西行谷麓に流あり女共の芋洗ふを見て

芋洗ふ女西行ならば歌讀まむ

   杉の竹葉軒といふ庵を尋ねて

粟稗にまづしくもあらす草の庵

   知足弟金右衛門新宅を賀す

よき家や雀よろこぶ背戸の栗

鷄頭や雁の來る時猶赤し

桟や命をからむ蔦かづら

    北枝 見送り來るに別に望みて

物書て扇ひきさくわかれかな

   堅田にて

病雁の夜寒に落ちて旅寝かな

苅跡や早稲かたかたの鴫の聲

老の名の有りともしらで四十雀

榎の實ちる椋鳥の羽音の朝あらし

目にかゝる雲やしばしのわたり鳥

ひいと啼くしり聲悲し夜の鹿

   山中十景、題高瀬漁火

篝火に河鹿や浪の下むせび

吹きとばす石は淺間の野分哉

江上の破屋を出る程風の聲そゞろ寒げなり

野ざらしを心に風のしむ身かな

富士川を通るに三つばかりの捨子の泣くあり

猿をきく人すて子に秋の風いかに

いにしへの常盤が塚あり伊勢の守武がいひける義朝殿に似たる秋風とはいづれの所か似たりけむ我もまた

義朝のこゝろに似たり秋の風

秋かぜや藪もはたけも不破の關

身にしみて大根からし秋のかぜ

   一笑追善

塚もうごけ我が泣く聲はあきの風

あかあかと日はつれなくも秋のかぜ

那谷寺は奇石さまざまに古松植ゑならべて殊勝の土地なり

石山の石より白しあきのかぜ

   桃妖 の名を付て

桃の木のその葉ちらすな秋の風

秋風や伊勢の墓原猶すごし

座右之銘 人の短をいふ事なかれ己が長を説く事勿れ

ものいへば唇寒し秋の風

去来が許より伊勢の紀行書て送りけるその奥に書付けける

西東あはれさおなじ秋の風

   大和の國竹の内にて

綿弓や琵琶になぐさむ竹のおく

   山中温泉

山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ

   木因亭にて

かくれ家や月と菊とに田三反

痩せながらわりなき菊のつぼみかな

   九月九日乙州が一樽をたづさへ來ければ

草の戸や日くれてくれし菊の酒

   岱水亭にて

影まちや菊の香のする豆腐ぐし

   八町堀にて

きくの花咲くや石屋の石の間(あひ)

きくの香や奈良には古き佛たち

菊の香や奈良は幾代の男ぶり

   闇峠にて

菊の香にくらがり登る節句かな

   生玉邊より日をくらして

菊に出て奈良と難波は宵月夜

    園女 家にて

白菊の目に立てゝ見る塵もなし

   恕水別墅

籠居て木の實草のみ拾はばや

松茸やしらぬ木の葉のへばり付

   伊勢の斗從に山家をとはれて

蕎麥はまだ花でもてなす山家哉

   住吉の市に立て

升買て分別かはる月見かな

内宮はことをさまりて 外宮 の遷宮拜み侍りて

尊さに皆押合ひぬ御遷宮

兄の守袋より取出て母の白髪拜むに浦島の子が玉手箱汝が眉もやゝ老たりとしばらく泣く

手にとらば消えん泪ぞあつき秋の霜

見わたせば詠むれば見れば須磨の秋

秋十とせかへりて江戸をさす古郷

   留 別

送られつ送りつ果は木曾の秋

    種の濱 に遊ぶ

さびしさや須磨にかちたる濱の秋

   小名木澤桐奚興行

秋に添うて行かばやすゑは小松川

   旅 懐

此秋は何に年よる雲に鳥

秋ふかき隣は何をする人ぞ

武藏野を出し時野ざらしを心に思ひて旅だちければ

死もせぬ旅寝のはてよ秋のくれ

枯枝に烏のとまりけり秋の暮

桑門雲竹の像あなたのかたに顔ふりむけたるに

こちらむけ我もさびしき秋のくれ

   所 思

此道や行く人なしに秋の暮

人聲や此道歸るあきのくれ

   清水の茶店に遊ぶ

松風や軒をめぐりて秋暮れぬ

   長月六日になれば遷宮拜まむと

蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ

ゆく秋や手をひろげたる栗のいが

 

桐葉のぬし心ざし淺からざりければ暫とゞまらむとせし程に

此海に草鞋を捨てむ笠しぐれ

草枕犬も時雨ゝかよるのこゑ

   江戸を立出るとて

旅人とわが名呼ばれむ初時雨

一尾根はしぐるゝ雲か富士の雪

初しぐれ猿も小簑をほしげなり

   草 庵

人々をしぐれよ宿は寒くとも

時雨るゝや田のあら株の黒むほど

   島田の驛 塚本が家 にいたりて

宿かして名をなのらする時雨かな

馬かたは知らじ時雨の大井川

けふばかり人も年よれはつ時雨

一しぐれ礫や降て小石川

冬ごもりまたより添はむ此はしら

   しばしかくれ居ける人をなぐさめて

まづ祝へ梅をこゝろの冬籠

   千川亭

折々に伊吹を見てや冬籠

留守の間にあれたる神の落葉哉

   霜月のはじめ深川の舊草にかへりて

都出て神も旅寝の日數かな

御影講や油のやうな酒五升

   支梁亭口切の日

口切に堺の庭ぞなつかしき

木がらしの身は竹齋に似たるかな

   參州 鳳來寺

木殺風に岩吹き尖る杉間哉

   同新城菅沼權右衛門宅

京にあきて此木がらしや冬住居

   多度權現を過るとて

宮人よわが名をちらせ落葉川

三尺の山もあらしの木の葉かな

平田明照寺木立物ふり殊勝に覺侍れば 二句

百年の景色を庭の落葉かな

たふとかる泪やそめて散る紅葉

熱田 に詣づ社頭大にやぶれ築地はたふれて草むらにかくる

しのぶさへ枯れて餅かふやどり哉

三秋を經て 草庵 に歸れば舊友門人日々に來りていかにと問へば答へ侍る

兎も角もならでや雪の枯尾花

   十月八日旅中吟

旅に病て夢は枯野をかけめぐる

   美濃耕雪別墅

木がらしに匂ひやつけし歸り花

寒菊や粉糠のかゝる臼のはた

   熱田梅人亭塵裏の閑を思ひよせて

水仙や白き障子のともうつり

梅椿早咲ほめむ保美の里

打寄りて花入探れうめ椿

   杜國が庵を尋ねて 二句

麥はえてよきかくれ家や畠むら

さればこそ荒れたきまゝの霜の宿

貧山の釜霜に啼くこゑ寒し

葛の葉のおもて見せけり今朝の霜

    深川大橋 成就せし時

ありがたやいたゞいて踏む橋の霜

初雪やさいはひ庵に罷りある

   旅 行

はつゆきや聖小憎の笈の色

初雪や掛けかゝりたる橋のうへ

   雪見にありきて

市人にいで是うらむ雪の笠

   旅人をみる

馬をさへ詠むる雪のあしたかな

箱根こす人もあるらし今朝の雪

   對友人 曽良

君火たけよき物見せむ雪丸げ

鳴海の驛本陣ボク言亭に泊りけるに飛鳥井雅章の君都をへだててと詠みてあるじに給はりけるをみて

京まではまだ半空や雪の雲

    熱田の宮 御修覆なりぬ

磨ぎ直す鏡も清し雪のはな

雪ちるや穂屋の薄のかり殘し

いざゝらば雪見にころぶ處まで

   湖水眺望

比良三上雪かけわたせ鷺の橋

つねににくむ烏も雪の朝かな

   竹の讃

たわみては雪まつ竹のけしき哉

   自畫自讃

いかめしき音や霰の檜笠

おもしろし雪にやならむ冬の雨

月花の愚に針たてむ寒の入

すくみ行くや馬上に氷る影法師

こを焚て手拭あぶる寒さかな

   越人と吉田の驛にて

寒けれど二人旅寢ぞたのもしき

葱白く洗ひ上げたる寒さかな

によきによきと帆柱さむき入江哉

   鳳來寺に參籠して

夜着一つ祈り出したる旅寝哉

   長頭丸の讃

をさな名やしらぬ翁の丸頭巾

ためつけて雪見にまかる紙子哉

海くれて鴨の聲ほのかに白し

毛衣につゝみてぬくし鴨の足

   呼續の濱はくれてから笠寺は雪のふる日

星崎の闇を見よとや啼くちどり

闇の夜や巣をまどはして鳴く千鳥

冬牡丹ちどりよ雪のほとゝきす

伊良古崎は南の海のはてにて鷹のはじめて渡る所といへりいらこ鷹など歌にもよめりと思へば猶あはれなる折ふし

鷹一つ見付けてうれしいらこ崎

長嘯が塚もめぐるか鉢たゝき

何に此師走の市に行くからす

   洛御靈別當景桃丸興行

半日は神を友にやとしわすれ

   乙州が新宅に春をまちて

人に家を買せて我は年わすれ

魚鳥の心はしらず年のくれ

   旅寝ながらに年のくれければ

としくれぬ笠着てわらぢはきながら

ふる里や臍の緒になく年のくれ

蛤の生ける甲斐あれ年のくれ

 

   みづから雨の侘笠をはりて

世にふるも更に宗祇のやとりかな

桑名より馬に乘て杖突坂引上すに荷鞍うちかへりて馬より落ちぬ

歩行ならば杖つき坂を落馬かな

   三聖人圖

月花のこれや誠のあるじ達

朝よさに誰まつ島ぞ片ごころ

かたられぬ湯殿にぬらす袂かな

   越後新潟にて

海にふる雨や戀しきうき身宿



寛政元歳酉七月再版

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