このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
寒菊や粉糠のかゝる臼の端
秩父市下吉田に菊水寺といわれる寺がある。
菊水寺は秩父三十四ヶ所観音霊場第33番札所である。
正大悲閣
文政3年(1820年)、再建。
本尊は聖観世音菩薩。
現在は菊水寺ではなく、大櫻山長福寺。
曹洞宗
の寺である。
参道の左手に芭蕉の句碑があった。
寒菊や粉糠のかゝる臼の端
出典は
『炭俵』
。
元禄6年(1693年)、芭蕉50歳の時の句。
寛保3年(1743年)10月12日、芭蕉の五十回忌に絮格建立。
建部涼袋
筆。
絮格は
白兎園宗瑞
門下の俳人。宗瑞没後は涼袋門に入ったという。
寛保3年(1743年)、建部凉袋は菊水寺に滞在していた。
吉田に絮格と云ものあり、是は武の白兎園が随従にして、風雅はことなれども、よく我と志をあはせて、菊水寺に翁の五十回忌をいとなみ、菊塚と云をきづく。翁寒菊の吟をきざみたれば、
えり入りて石尚寒し菊の花
『紀行ちちぶ山』
『諸国翁墳記』
に「
菊塚 武州秩父菊水寺
ニ
在 涼袋建
」とある。
長福寺の芭蕉句碑は秩父市指定の文化財。
埼玉県で最も古い芭蕉の句碑である。
正大悲閣の左手にも芭蕉の句碑があった。
寒菊や粉糠のかゝる臼の端
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