このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
私の旅日記
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2012年
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「房州海水浴発祥地」
〜夏目漱石〜
鋸南町保田に保田海岸がある。
保田海岸
勝山
が見える。
保田海岸に「房州海水浴発祥地」の碑があった。
由来
明治22年、
夏目漱石
は旧制一高の前身、第一高等中学校の文科2年在学中 学友4人と共に房総を旅した。
8月7日、舟で房州に渡り、
鋸山
に上り外房二総を経、利根川を遡って帰った。日を経ること30日、行程90余里その間保田に滞在中、日々海水浴を楽しんだ。
そのことを誌した明治22年9月9日脱稿とある全漢文の「木屑録」には「日に鹹水に浴すること少なきは二、三次多きは五、六次に至る。浴時ことさらに跳躍して児戯の状をなす。倦めば則ち熱砂上に横臥す。温気腹を浸し、意甚だ適するなり」とある。
昭和丙寅七月 谷川徹三
昭和38年(1963年)、谷川徹三は法政大学総長に選出される。
昭和丙寅は昭和61年(1986年)。
平成元年(1989年)9月27日、没。
Kはあまり旅へ出ない男でした。私にも房州は始めてでした。二人は何にも知らないで、船が一番先へ着いた所から上陸したのです。たしか保田とかいいました。今ではどんなに変っているか知りませんが、その頃はひどい漁村でした。第一
(だいち)
どこもかしこも腥
(なまぐさ)
いのです。
『こころ』
(下 先生と遺書28)
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