このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

2019年の旅日記

粟井坂大師堂〜碑巡り〜
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JR予讃線松山駅


光洋台駅下車。

松山市小川の県道347号平田北条線沿いに粟井坂大師堂がある。


粟井坂大師堂の入口に子規と漱石の二句一基の句碑 があった。


しほひがた隣の国へつゞきけり
   子規

釣鐘のうなる許に野分かな
   漱石

『寒山落木 巻四』 (明治二十八年 春)に収録の句。

 子規の句は『寒山落木』に所収のもの。この地の対岸である広島で詠まれたものであるが、松山と風早の郡境に相応しい句として選ばれたのであろう。

 漱石の句は、明治39年(1906年)10月、松根東洋城 宛ての手紙に書いた作品として『漱石全集第二十三巻』(岩波書店版)に所収されている。

 いずれの句も自筆。

松山市教育委員会

『俳句の里 松山』

 漱石の句は、新居浜市の 合田氏宅 の子規と漱石の二句一基の句碑にも刻まれている。

昭和51年(1976年)春、子規・漱石生誕百十年を記念して建立したそうだ。

大師堂の左手に 正岡子規の句碑 があった。


涼しさや馬も海向く淡井阪

『寒山落木』 (廿五年 夏 時候 人事)に収録。

 JR予讃線粟井坂トンネルの上に残る細い道が昔の街道で、この山越えの道が「粟井坂」と呼ばれる本来の場所であった。

 粟井坂大師堂には、村上壷天子書の「涼しさや馬も海向く粟井坂」が建てられていたが、『寒山落木』に所収されている原句が「淡井阪」となっていることから、これに忠実にするため、昭和52年1月に改めてこの句碑が建立され、古い句碑は大師堂の右奥に移された。

松山市教育委員会

『俳句の里 松山』

大師堂奥の古い句碑


涼しさや馬も海向く粟井坂

昭和34年(1958年)春、小川部落建立。



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