このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
私の旅日記
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2015年
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垣生公園
〜碑巡り〜
福岡県中間市に垣生
(はぶ)
公園がある。
JR九州筑豊本線(福北ゆたか線)沿いに「文学のこみち」がある。
「文学のこみち」には数多くの文学碑があるが、その中のひとつに
芭蕉の句碑
があった。
旅に病て夢ハ枯野をかけ廻る
建立年不詳。
以下、主な文学碑を建立年順に並べて見ることにする。
林芙美子
の文学碑
放浪記
私達三人は、直方を引きあげて、折尾行きの汽車に乗った。毎日あの道を歩いたのだ。汽車が遠賀川の鉄橋を越すと、堤にそった白い路が暮れそめていて、私の眼に悲しくうつるのであった。白帆が一ツ川上へ登っている、なつかしい景色である。汽車の中では、金鎖や、指輪や、風船、絵本などを売る商人が、長いことしゃべくっていた。父は赤い硝子玉のはいった指輪を私に買ってくれたりした。
(初出)ではなく、「新版」のようだ。
昭和46年(1971年)3月23日、春分の日に建立。
山頭火の句碑
(その1)
うしろ姿のしぐれてゆくか
昭和49年(1974年)、文化の日に建立。
山頭火の句碑(その2)
生死の中の雪ふりしきる
昭和56年(1981年)10月11日、建立。
山頭火の句碑(その3)
右近の橘の実のしぐるゝや
大樟も私も犬もしぐれつゝ
昭和60年(1985年)1月12日、建立。
山頭火の句碑(その4)
焼き捨てゝ日記の灰のこれだけか
昭和62年(1987年)7月5日、建立。
若山牧水の歌碑
幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく
平成元年(1989年)3月10日、建立。
山頭火の句碑(その5)
おとはしぐれか
平成元年(1989年)3月10日、建立。
山頭火の句碑(その6)
うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする
平成元年(1989年)3月21日、建立。
林芙美子の歌碑
花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき
平成3年(1991年)3月3日、建立。
「吉田一穂」の句碑「
老いてなお集へば兵士終戦忌
」があったが、詩人吉田一穂とは同姓同名の別人であった。
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