このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

2019年の旅日記

出水御仮屋門〜出水小学校〜
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出水市麓町に出水小学校がある。


県指定有形文化財 出水御仮屋門

 薩摩島津家が文禄2年(1593年)、 豊臣秀吉 により改易された後、一時この地は秀吉の直轄領となりました。その後、慶長の役での島津氏の活躍に対する恩賞として慶長4年(1599年)に再び島津氏に返還されると、島津忠恒(初代薩摩藩主)は、出水地頭に本多正親を任命し、領地の復興に当たらせました。

 藩主の実父である 島津義弘 は、出水が国境の重要な地であると考え、この地に移住し防衛に当たるため、帖佐(姶良市)にあった居館の門を移築しましたが、義弘の居住は 関ヶ原の戦い などで実現しなかったと伝えられています。

 その後、この門は、藩主の地方巡狩や参勤交代の宿泊所である御仮屋の門として、現在は出水小学校の校門として400年以上経った今も利用されています。

出水市教育委員会

出水小学校に「耕読館の跡」の碑があった。


「耕読館」は、河添白水が設立した学問所である。



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