このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記

塩屋崎の遺跡〜翁塚〜
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諫早市高来町大戸に塩屋崎観音がある。


塩屋崎の遺跡

 塩屋崎観音 この丘は、以前は老松がうっそうと茂り数百羽の白鷺がとまり、梢が真白になる程で鷺岬と言われるほどであった。塩屋崎観音堂は諫江霊場八十八カ所の内の第26番札所である。この観音は気品ある御温厚の石座像で、座裏に墨書があるが判読困難で詳細は不明である。毎年8月10日に観音祭りが行なわれ遠近からの参詣者が多い。

 翁塚 旧深海村は江戸時代から俳句を詠じ楽しむ人が多かった。翁塚と言われる句碑は、<さざ波や風のかおりのあい拍子>翁と碑面に刻され入江種輔の建立と言われる。土に埋もれていたのを大正年間に発見され昭和29年5月現在地に建立された。

 「勝良翁功徳碑ほか」岬の南突端に、燈明・恵比須さん・龍宮さん・開拓碑(諫早の蒲池良山書、のち師範学校長)・功徳碑(明治31年当漁民建)の順に並んでいて、これは住民が翁の徳をたたえて建てたもにである。

 往時は海上輸送が主で、深海川河口は漁船や、長崎その他への農・海産物の積出港であったが、荷物の集積場が非常に狭く混雑していた。翁は私費を投じ岬を崩し海岸を埋めたて、着工より7カ月後の明治2年に竣工した。また翁は漁船や沖行く船の目あてにと明治21年灯明台を造り、灯油をも供していた。

諫早市教育委員会
高来町文化協会

翁塚


さざ波や風のかほりの相拍子

出典は 『笈日記』

元禄7年(1694年)6月、膳所の能役者游刀宅で詠まれた句。

    納涼 二句

さゞ波や風の薫の相拍子
   翁

湖やあつさをお(を)しむ雲の峰

干拓地


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