このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
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昔の温泉
土肥温泉「グランドホテル明治館」
大沢温泉
から県道15号下田松崎線で松崎に出る。
国道136号を北上し、土肥温泉へ。
「グランドホテル明治館」
(HP)のお風呂に入ることにする。
「グランドホテル明治館」の日帰り入浴は受付時間がAM11:30〜PM5:00まで。
料金は1,500円。1,500円だから、誰も入っていない。
大浴場「銀沙の湯」
駿河湾に面した大浴場に一人だけ。1,500円でも仕方がない。
「銀沙の湯」露天風呂
源泉名は混合泉土肥温泉。
泉質はカルシウム・ナトリウム−硫酸塩・塩化物温泉(低張性弱アルカリ性高温泉)。泉温は57.8℃。
「金沙の湯」露天風呂
「明治館」は明治37年(1904年)創業。
若山牧水
や
与謝野鉄幹・晶子
夫妻などが泊まっている。
大浴場通路のギャラリーに若山牧水の短冊があった。
大正7年(1918年)2月7日、牧水は「明治館」から奥さんに手紙を出している。
沼津で大急ぎでお晝をすますとすぐ出船、凪いでゐたが寒かつた。下の狹い室にまるくなつて寝通し、案外速くこちらについた、鑛山の人たちとかゞ一杯だとかで、また變な部屋へぶち込まれた。奥まつた土蔵の二階だ。十畳に四畳半、天井も割に高いし、同じ物置の二階でも下浦のよりいゝ。第一隣室といふものを持たないので、仕事には都合がいゝ。他を探すといふもおつくうだし、このまゝ此處にしやがんでゐやうと思ふ。
伊豆田方郡土肥温泉明治館より
多少の不満はあるが、2月16日まで「明治館」に滞在したようだ。翌17日には「吉村屋」に移った。
いま宿かへの途中だ。こんどのところは海のすぐそば、一寸下浦の丸屋くらゐのところだ。やはり内湯などがある。
伊豆土肥吉村屋方より
与謝野晶子の掛け軸があった。
字はよく読めない。
昭和10年(1935年)2月25日、
与謝野鉄幹・晶子
夫妻は土肥温泉「明治館」に一泊。「色即是空」と題する15首を詠んでいる
殘りたる春のここちす伊豆に咲く木瓜も杏花(きやうくわ)もしどけなければ
濱ぢさが沙にも土肥の川瀬にも緑を交ぜてなつかしきかな
同年3月26日、与謝野鉄幹没。
昭和32年(1957年)2月16日、
水原秋桜子
は土肥温泉明治館に泊まっている。
土肥温泉明治館に泊る
前庭の梅も後庭も夜の雨
梅一枝つらぬく闇に雨はげし
『蓬壺』
船原温泉
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