このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
正岡子規ゆかりの地
大宮公園
さいたま市大宮区に氷川神社がある。
氷川神社
氷川神社
の北に大宮公園がある。
歴史解説NO.5
大宮(氷川)公園と明治の文豪たち
開園期の公園はマツや雑木林に覆われて武蔵野の面影が色濃く、熱海と並ぶ東京の奥座敷として、ホタル狩りや秋の虫聴き、ハギの花やススキ観賞等の風流が人気を呼び、多くの文人墨客が訪れています。
現動物園から遊園地にかけての一帯は、高級料亭「万松樓」のあった場所です。俳人正岡子規の随筆『墨汁一滴』の中に、明治24年の9月、当時東京帝国大学の学生であった子規が試験勉強の為この料亭を訪れ、この地を大変気に入り、東京から友人の
夏目漱石
を呼び寄せたとのくだりが書かれています。
また、『創作断片』の中で大宮公園への関心の高さを書き記した
樋口一葉
は明治25年に公園を訪れています。
その他、永井荷風、国木田独歩、森鴎外、正宗白鳥、与謝野鉄幹等がこの地を訪れて、作品の舞台としています。
大宮公園事務所
大宮公園
九月には出京して残る試験を受けなくてはならぬので準備をしようと思ふても書生のむらがつて居るやかましい処ではとても出来さうもないから今度は国から特別養生費を支出してもらふて大宮の公園へ出掛けた。万松楼といふ宿屋へ往てここに泊つて見たが松林の中にあつて静かな涼しい処で意外に善い。それにうまいものは食べるし丁度萩の盛りといふのだから愉快で愉快でたまらない。
それから夏目漱石を呼びにやつた。漱石も来て一、二泊して余も共に帰京した。大宮に居た間が十日ばかりで試験の準備は少しも出来なかつたが頭の保養には非常に効験があつた。しかしこの時の試験もごまかして済んだ。
『墨汁一滴』
氷川公園万松樓
ぬれて戻る犬の背にもこぼれ萩
一句なかるべからずさりとてはこの萩の原
『寒山落木 巻一』
昭和8年(1933年)1月29日、高浜虚子は大宮氷川公園で武蔵野探勝。
霜解の道返さんと顧し
一月二十九日。武藏野探勝。大宮氷川公園、含翠園。
『五百句時代』
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