このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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秋色桜清水観音堂〜

上野公園 清水観音堂 の片隅に「秋色桜」の碑があった。


清水観音堂


榎本其角 は清水観音堂を句に詠んでいる。

   上野清水堂にて

鐘かけてしかも盛のさくら哉


「秋色桜」の碑


井戸ばたの桜あぶなし酒の酔

 上野は、江戸のはじめから桜の名所として知られていた。数多くの桜樹の中には、固有の名を付せられた樹も何本かあり、その代表的なものが、この「秋色桜」である。

井戸ばたの桜あぶなし酒の酔

 この句は、元禄の頃日本橋小網町の菓子屋の娘お秋が、花見客で賑わう井戸端の様子を詠んだものである。桜の枝に結ばれたこの句は、輪王寺宮に賞せられ、一躍江戸中の大評判となった。お秋は当時13歳だったと伝えられている。俳号を菊号亭秋色と号した。以来この桜は「秋色桜」と呼ばれている。ただし、当時の井戸は擂鉢山の所ともいい、正確な位置については定かではない。

 お秋は、9歳で 宝井其角 の門に入り、其角没後はその点印を預かる程の才媛であった。享保10年(1725年)没と伝えられる。

台東区教育委員会

享保10年(1725年)4月19日、秋色は57歳で没。

文化5年(1808年)3月20日、 一茶 は清水観音堂裏の秋色桜へ。

 秋色が桜余所に見てやみなんも殺風景なればとて、其辺りに吟(さまよ)ふ。落華片々として、ひたすら暮春の有様を見する。


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