このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

新年の旅日記

大照院〜芭蕉の句碑〜
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萩市椿の県道64号萩三隅線沿いに大照院という寺がある。

拝観料は200円。

裏から見た鐘楼門


明暦2年(1656年)、萩藩初代藩主毛利秀就の菩提寺として建立。

毛利秀就は毛利輝元の長男。

大照院本堂


臨済宗 南禅寺派の寺である。

庫裏の前に 芭蕉の句碑 があった。


月早し梢はあめを持ながら

出典は 『鹿島紀行』

貞亨4年(1687年)8月15日、芭蕉は 根本寺佛頂和尚 を訪れた。

 仙石蘆元坊の「住倦た世とはうそなり月よ花」、東花坊の「すゝしいに我にもたせよ馬の綱」、田中五竹坊の「四五本の竹におくあり朧月」の3句を刻んだ碑があったようだが、分からなかった。

致一坊の句碑


臘八や世は一へんに雪の花

致一坊は聴松庵二世。

天明8年(1788年)11月14日、歿。享年不詳。

 聴松庵初世箇枕、三世安藤亜声坊、六世熊谷蘿月の句碑もあったようだが、分からなかった。

夕庵悟葉の句碑


ぬるみ江や一日遊ふ雲の影

山晴の句碑


人声の聞へてさひし秋の山

文久3年(1863年)4月、建立。

萩藩主毛利家大照院墓所


国指定の史跡である。

大照院書院


 国指定重要文化財(建築物)

 書院は、本堂と庫裏をつなぐ西後方に位置し、南側に3室、北側に3室を並べた主棟と、西突出部の座敷および茶室など4室2列を並べた北突出部からなっている。

 主棟は桁行11.8m、梁間9.8mで、屋根は主棟東側と北突出部北側が入母屋造、主棟と西落棟の西側は寄棟造、桟瓦葺である。西側突出部は桁行7.9m、梁間5.9m、北突出部は桁行13.5m、梁間7.0mである。

 主棟東側の入一間は畳廊下で、北は庫裏の広縁、南は本堂への渡廊下が接続し、主棟南側と西突出部にかけて3室が並んでいる。

 建築年代は、18世紀後半と思われるが、簡素ななかに品格のある造作がみられる傑作である。



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