このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
太宰治 (だざい・おさむ) 1909〜1948。 |
『畜犬談』 (青空文庫) |
短編。犬嫌いの私(太宰)は、犬に噛まれないように、やさしい人間であることをアピールし続けるが、その結果、皮肉にも犬に好かれてしまう。家まで付いて来た子犬をポチと呼んで飼い始める私だが…。「僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ」、「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの」。太宰らしいユーモアに溢れた楽しい一編。 |
『竹青』 (青空文庫) |
短編。親戚から厄介者扱いされ、醜い女房にも馬鹿にされている貧書生・魚容。試験に落第し、この世がいやになった彼は、烏(からす)の姿となり、美しい雌の烏・竹青に愛されるようになるが…。「人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまなければならぬものです。のがれ出る事は出来ません。もっと、むきになって、この俗世間を愛惜し、愁殺し、一生そこに没頭してみて下さい」。ありがたき哲学小説。 |
『チャンス』 (青空文庫) |
掌編。恋はチャンスに依らぬものだ。一夜に三つも四つも「妙な縁」やら「ふとした事」やら「思わぬきっかけ」やらが重って起っても、一向に恋愛が成立しなかった好例として、次のような私の体験を告白しようと思うのである──。高等学校の一年生だった太宰は、美しい芸者・お篠にすっかり気に入られ、モーションをかけられるが…。「あたしを、いやなの」、「いやじゃないけど」。太宰のオモシロ恋愛論。 |
『千代女』 (青空文庫) |
掌編。小学生の時、私(和子)が書いた綴方が雑誌「青い鳥」に掲載されて以来、私の文才を伸ばそうと熱心になる柏木の叔父さんだが、そのことで両親が言い争いになってしまう…。「お母さん、私は千代女ではありません」。和子が書いた綴方「春日町」が面白い。 |
『津軽』 (青空文庫) |
長編。 「私は津軽の人である。私の先祖は代々、津軽藩の百姓であった。謂わば純血種の津軽人である。だから少しも遠慮無く、このように津軽の悪口を言うのである。他国の人が、もし私のこのような悪口を聞いて、そうして安易に津軽を見くびったら、私はやっぱり不愉快に思うだろう。なんと言っても、私は津軽を愛しているのだから」。 太宰が、故郷の「津軽半島を凡そ三週間ほどかかって」旅行して書いたユーモア溢れる津軽風土記──。 蟹田に住む中学時代の友人・N君と一緒に、のん気に酒ばかり飲みながら竜飛(たっぴ)まで足を伸ばしたり…、亡父の生地である木造(きづくり)の町で、亡父の「人間」に触れたり…。 三十年ぶりに、育ての親である越野たけと小泊(こどまり)で再会するラストは、自然と涙が溢れてくる珠玉の名場面だ。亡妹の遺児をわが子同様に可愛がるN君の人柄や、津軽鉄道の小駅・芦野公園ののどかな様子など、ちょっとしたエピソードもほろりとさせて素晴らしい。太宰の心の旅を描いた超名作! |
『東京八景』 (青空文庫) |
短編。遺書と称する一連の作品を書くため、故郷に仕送りを泣訴し、自殺未遂を繰り返すという苦悩と絶望の日々から脱却し、生きて行くために書くという前向きな心境に至る私(太宰)の姿を描いた自伝的作品。人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか──。出征する義妹の婚約者・T君を見送る太宰の姿に感動を覚える。 |
『庭』 (青空文庫) |
掌編。生家の津軽で、兄と庭の草むしりをしながら、利休と秀吉の関係について話をする私(太宰)だが…。「私はいままで兄と競争しようと思ったことはいちども無い。勝負はもう、生まれた時から、ついているのだ」。実家を守る兄との立場や性格の違いが興味深い。 |
『人間失格』 (青空文庫) |
長編。 恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです──。 人間恐怖から、お道化を演じて生きる無名の漫画家・大庭葉蔵。悪友・堀木から「酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想」を教えられ、銀座のカフェの女給・ツネ子と心中事件を起こす退廃の日々…。 ……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる。……いつも、おどおどしていて、それでいて、滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。 夫と死別して五つの女児と暮らす雑誌記者・シヅ子との同棲生活や、人を信頼して疑わない煙草屋の娘・ヨシ子との結婚生活…。 「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる」 「やめる。あしたから、一滴も飲まない」 「ほんとう?」 「きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、僕のお嫁になってくれるかい?」 「モチよ」 「世間は個じゃないか」と思い始めてから、いくぶん図々しく振る舞えるようになった葉蔵だが、彼の生涯に於いて、決定的な事件が起こってしまう…。 人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました──。 人間生活に馴染めず、苦悩し破滅する青年の悲痛なる手記。太宰の代名詞的な作品。 |
『薄明』 (青空文庫) |
掌編。空襲で東京・三鷹の住居が壊れたため、妻と子供二人を連れて、甲府の妻の実家に移住した私(太宰)。今は妻の妹ひとりが住んでいる甲府の実家もまた空襲に見舞われ、全焼してしまう。眼病にかかった上の女の子の心配をする私だが…。「信用の無いのは当たり前よ。こんなになっても、きっとお酒の事ばかり考えていらっしゃるんだから」。太宰の甲府での疎開の様子を描いて興味深い。 |
『葉桜と魔笛』 (青空文庫) |
掌編。桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します──。余命わずかな妹が、M・Tという男と交際し、文通していたことを知った姉の私。病気を理由に男に捨てられた妹を不憫に思い、男の筆跡を真似た恋文を書くが…。「青春というものは、ずいぶん大事なものなのよ。あたし、病気になってから、それが、はっきりわかって来たの」。美しく切ない女性の独白体ものの好編。 |
『恥』 (青空文庫) |
掌編。菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました──。小説家の戸田さんの作品をほとんど全部を読んでしまった私(二十三歳の女性・和子)は、彼を醜貌・無学・欠点だらけの貧乏作家だと思い込み、高飛車な手紙を書いた挙句、戸田さんの家を訪問するが…。私がいま逢ってあげなければ、あの人は堕落してしまうかもしれない──。女主人公のひとり合点ぶりが本当に面白い。 |
『走れメロス』 (青空文庫) |
短編。人を信じることができない暴虐の王・ディオニスに捕われた牧人メロス。妹の婚礼を挙げるため、親友・セリヌンティウスに人質になってもらい、村へ戻るメロスだが…。処刑までの期限は三日間! 走れ! メロス。「私は、今宵、殺される。殺されるために走るのだ。身代りの友を救うために走るのだ」「ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか」。友情、葛藤、信実を描いて感動の名作。 |
『八十八夜』 (青空文庫) |
短編。作家としてもがき苦しんでいる笠井一さんは、ロマンチシズムを求めて旅に出る。知っている女(と言っても寝たのではなく、名前を知っているだけ)がいる上諏訪の温泉宿に一泊した彼だが、女中のゆきさんに、ある場面を見られてしまう…。「見られたね。まぎれもなかったからな」──。旅の効用を描いて面白い。「アンドレア・デル・サルト」つながり(?)で夏目漱石「吾輩は猫である」も読むべし。 |
『眉山』 (青空文庫) |
掌編。「あのかたどなた?」、「川上っていうんだよ」、「ああ、わかった。川上眉山」。新宿の飲み屋「若松屋」の女中・トシちゃん。太宰が連れて来る客たちを、みんな小説家だと思い込んでしまう彼女に付いたあだ名は「眉山」。無知で、図々しくて、騒がしく、やたらとトイレが近い彼女に、うんざりする太宰だが…。つい「若松屋」に通ってしまうのは、ツケが利くからだけじゃなかったと気付くラストが秀逸。 →川上眉山 |
『美少女』 (青空文庫) |
掌編。妻が通う甲府の大衆浴場へ出掛けた私は、老夫婦に挟まれて、湯槽につかる美しい少女を発見し、まじまじと観賞してしまう。ゆたかな乳房、なめらかなおなか、ぴちっと固くしまった四肢、ちっとも恥じずに両手をぶらぶらさせて私の眼の前を通る美少女! 「ああ、わかりました。顔より乳房のほうを知っているので、失礼しました」──。美少女に満足するという、それだけの悪徳物語(笑)。 |
『皮膚と心』 (青空文庫) |
短編。三十五歳のバツイチのデザイナーの男(あの人)と結婚した二十八の私。からだをきゅっきゅっとこすりすぎたためか、「醜い吹出物だらけのからだ」になってしまった私は、あれやこれやと思い悩むが…。「男は、吹出物など平気らしうございますが、女は、肌だけで生きて居るのでございますもの」──。「痛さと、くすぐったさと、痒(かゆ)さと、三つのうちで、どれが一ばん苦しいか」の話が面白い。 |
『ヴィヨンの妻』 (青空文庫) |
短編。あちこちに女を作り、たまにしか小金井にある家に帰って来ない酒飲みの夫・大谷(詩人)が、中野にある行きつけの小料理屋・椿屋のお金を盗んだと知った私(さっちゃん)。お金を返済するため、椿屋で働き始めた私だが…。「人悲人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」──。終戦後の退廃した世相を背景に、実際的な境地に至る女主人公の姿を描いて印象に残る。 |
『富嶽百景』 (青空文庫) |
短編。富士山の景色が美しい御坂峠の天下茶屋に滞在し、小説を執筆する私(太宰)。作家・井伏鱒二氏や、縁談相手の甲府の娘さん(石原美知子)、茶屋の十五の娘さんとの微笑ましい交流…。富士山、さようなら、お世話になりました。パチリ。「はい、うつりました」、「ありがとう」。観光客の女性二人に記念写真を頼まれた太宰の悪戯心が面白い。「富士には、月見草がよく似合う」で有名な作品。 |
『待つ』 (青空文庫) |
掌編。いったい、私は、誰を待っているのだろう──。大戦争がはじまって、何だか不安で、毎日、小さな駅のベンチで、誰かを待ち続けている私(二十歳の娘)。「誰かひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る」。最後の一言が、何だか怖くて、ああ、困る。 |
『未帰還の友に』 (青空文庫) |
掌編。よく家に遊びに来ていた鶴田君が戦地へ行くことになり、上野駅へ会いに行く主人公の作家。物資不足の中、酒が飲みたいがために、鶴田君とおでん屋の娘・マサちゃんとの縁談を企てた“ささやかな事件”のてん末…。「心を鬼にして、ノオと言ったんだ。先生、僕は人が変りましたよ」──。ノオと言わざるを得なかった青年の悲しみを描いて出色の悲恋話。戦争さえなかったらとつくづく思う。 |
『女神』 (青空文庫) |
掌編。「私は、正気ですよ。信じますか?」。満州から引き揚げてきた知人・細田氏と再会した私(太宰)だが、彼は狂人となっていた。自分と私とは兄弟で、自分の女房は母であり、女神であると信じる細田氏に、私は気の毒とも可哀想とも悲惨とも、何とも言いようのないつらい気持になるが…。「狂ったって、狂わなくたって、同じ様なものですからね」──。太宰の妻の台詞が真理を突いていて面白い。 |
『メリイクリスマス』 (青空文庫) |
掌編。妻子を連れて津軽の生家から東京へ戻って来た笠井は、昔付き合っていた女の娘であるシズエ子ちゃんと五年ぶりに再会する。彼女の母の話をするとなぜか元気がなくなってしまうシズエ子ちゃんの様子に、彼女が母に嫉妬し、私に恋していると思い込む笠井。母と二人で住んでいるというシズエ子ちゃんのアパートへ行くが…。「ハロー、メリイ、クリスマアス」──。しんみりと優しい好編。 |
『やんぬる哉』 (青空文庫) |
掌編。津軽に疎開している私(太宰)は、中学校時代に同級生だった医師の家を訪問する。「ゆっくり、東京の空襲の話でも」と言いながら、細君がいかに創意工夫に長けているかという自慢話を延々とする医師に、いい加減うんざりする私だが…。オチがあって面白い。 |
『雪の夜の話』 (青空文庫) |
掌編。おなかに赤ちゃんがいるお嫂(ねえ)さんのために、美しい雪景色を眼の底に写して帰るしゅん子。お変人の小説家である兄さんは、しゅん子の眼を見るよりも、俺の眼を見たほうが百倍も効果があると言うが…。ある家庭の情景を童話チックに描いて微笑ましい。 |
『律子と貞子』 (青空文庫) |
掌編。極度の近視眼である三浦憲治君は迷っていた。遠い親戚である美しい姉妹のどちらと結婚したらいいか。すまし屋でしっかり者の姉・律子と、おしゃべりで感情豊かな妹・貞子…。「おや、笑ったな、ちきしょうめ」。とめどなく喋り続ける貞子の台詞回しが楽しい。 |
『列車』 (青空文庫) |
掌編。恋人・テツへの愛情が冷めた汐田は、上京した彼女を青森へ帰らせる。汐田の友人である私は、彼女を気の毒に思い、妻を連れて見送りに行くが…。見送人にとって、この発車前の三分間ぐらい閉口なものはない──。見送人の心理を見事に描写して面白い。 |
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