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森鴎外 (もり・おうがい) 1862〜1922。


阿部一族  (青空文庫)
短編。主君・細川忠利(熊本藩主)が病死したため、側近く仕えていた家臣たちは次々と殉死していく。忠利に殉死の願いを許されなかった家臣・阿部弥一右衛門だが、恩知らず・卑怯者という家中の噂を聞いて、追腹を切るが、阿部家の俸禄は分割されてしまう…。「一族討手を引き受けて、ともに死ぬるほかはない」。屋敷に籠城した阿部一族を討ち入る場面の臨場感! 不合理な殉死を題材に、一族の悲劇を描いた歴史小説。

ヰタ・セクスアリス  (青空文庫)
長編。
「丁度好いから、一つおれの性欲の歴史を書いて見ようかしらん」。哲学者・金井湛(しずか)の性欲的生活(ヰタ・セクスアリス)の変遷を描いた面白「性」告白小説。
少年時代のエロ本体験…、女の秘所目撃…、寄宿舎での男色危機…。先天的失恋者である彼は、吉原でdubを受けて(女を知って)、異性に対する自信を得るが…。
「自分は無能力では無い。自分はImpotentでは無い。世間の人は性欲の虎(とら)を放し飼にして、どうかすると、その背に騎(の)って、滅亡の谷に墜ちる。自分は性欲の虎を馴(な)らして抑えている。只馴らしてあるだけで、虎の怖るべき威は衰えてはいないのである」。

女の決闘  オイレンベルク・原作 (青空文庫)
掌編。翻訳。夫の愛人である女学生に決闘を申し込んだ女房・コンスタンチェ。拳銃での撃ち合いの末、女学生を殺し、復讐をし遂げた彼女だが…。「わたくしは相手の女学生の手で殺して貰おうと思いました。そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしはただ名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました」。名誉ある人妻の恋愛の始末のつけ方──。この作品をアレンジした太宰治の短編「女の決闘」も読むべし。

カズイスチカ  (青空文庫)
短編。「自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好(い)い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場(しゅくば)の医者たるに安んじている父のレジニアション(諦念)の態度が、有道者の面目に近いということが、朧気(おぼろげ)ながら見えて来た。そしてその時から遽(にわか)に父を尊敬する念を生じた」──。休日に父の診療所の手伝いをするようになった花房医学士によるカズイスチカ(診療記録)。「落架風」、「一枚板」、「生理的腫瘍」。三人の患者のエピソードをそれぞれショートショートのような味わいで描いていて面白い。

 (青空文庫)
長編。
父親を幸福にしようという目的のために、高利貸しの末造の妾(めかけ)になったお玉。急劇な身の上の変化が、彼女に愛の自覚をもたらし、医科大の学生・岡田を思慕するようになるが…。「不しあわせな雁(がん)もあるものだ」──。偶然が引き起こす運命の悪戯…。鴎外の小説の中でも、特に読みやすいオススメの作品。
●『雁』は、高利貸しの妾になったお玉と、医科大学生・岡田の悲恋を描いた長編小説。前半はもっぱら、高利貸しの末造(すえぞう)とお玉の交渉が描かれている。
お玉を囲っていることが、妻・お常にバレてしまった末造。二人の夫婦喧嘩の場面がユーモラスで楽しめる。

「妾だの、囲物だのって、誰がそんな事を言ったのだい」
「誰だって好いじゃありませんか。本当なんだから」
「本当でないから、誰でも好くはないのだ。誰だかそう云え」
「それは言ったってかまいませんとも。魚金(うおきん)のお上さんなの」
「なにまるで狸(たぬき)が物を言うようで、分かりゃあしない。むにゃむにゃのむにゃむにゃさんなのとはなんだい」
「魚金のお上さんだと、そう云っているじゃありませんか」  

お玉は「金を貸している吉田さんの女だ」と苦しい弁解をする末造。しかし、その弁解が功を奏して、してやったりの態(てい)。

「それはお前さんの云う通りかも知れないけれど、そんな女の所へ度々行くうちには、どうなるか知れたものじゃありやしない。どうせお金で自由になるような女だもの」
「馬鹿言え。己がお前と云うものがあるのに、外(ほか)の女に手を出すような人間かい。これまでだって、女をどうしたと云うことが、只の一度でもあったかい。もうお互いに焼餅(やきもち)喧嘩をする年でもあるめえ。好い加減にしろ」
「だってお前さんのようにしている人を、女は好くものだから、わたしゃあ心配さ」
「へん。あが仏尊しと云う奴だ」
「どう云うわけなの」
「己のような男を好いてくれるのは、お前ばかりだと云うことよ。なんだ。もう一時を過ぎている。寝よう寝よう」  

お常の目の内の刺(とげ)になっているお玉という存在。それを抜いて、お常を安心させてやろうという発想がない末造は、相当に身勝手なわけだが、どこか憎めないキャラクターなのである。

護持院原の敵討  (青空文庫)
短編。侍が親を殺害(せつがい)せられた場合には、敵討をしなくてはならない──。仲間(ちゅうげん)・亀蔵に金銭目的で殺された姫路藩の家臣・山本三右衛門。三右衛門の弟・九郎右衛門、三右衛門の倅・宇平、罪人の見識人・文吉の三人は、当てのない敵討の旅に出るが…。困窮、病痾(びょうあ)、羇旅(きりょ)の三つの苦艱(くげん)…。住所不定の男のありかを、日本国中で捜そうとするのは、米倉の中の米粒一つを捜すようなものである──。三右衛門の娘・りよの勇ましさに感嘆、文吉の心意気に感銘。敵討物の傑作。

最後の一句  (青空文庫)
短編。入牢中だった父・桂屋太郎兵衛が死罪になると知った十六歳の長女・いちは、自分の命と引き換えに父の助命を訴える願書(ねがいしょ)を奉行所に出す。子供にしては巧すぎる文章に疑念を抱いた大阪の西町奉行・佐佐又四郎は、いちを取り調べるが…。「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞届けになると、お前達はすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることは出来ぬが、それでも好いか」、「よろしゅうございます」──。氷のように冷かに、刃(やいば)のように鋭い「最後の一句」はまさに強烈カウンターパンチ! 犠牲的精神に感銘。権力への反抗に胸がすく。

堺事件  (青空文庫)
短編。堺を警備する土佐藩の歩兵隊が、上陸したフランス水兵を攻撃し、多数の死傷者を出す事態に。仏側の要求により、歩兵隊二十人の切腹が決まるが、あまりに惨憺たる切腹の状況に、フランス公使は堪らず退席してしまう…。「フランス人共聴け。己は汝等(うぬら)のために死なぬ。皇国のために死ぬる。日本男子の切腹を好く見て置け」──。幕末の事件を題材にした歴史小説。切腹する二十人をくじ引きで決めちゃうのって何か凄くない?

佐橋甚五郎  (青空文庫)
掌編。「わしは六十六になるが、まだめったに目くらがしは食わぬ。太い奴、ようも朝鮮人になりすましおった。あれは佐橋甚五郎じゃぞ」。朝鮮通信使の中に、逐電した旧臣・佐橋甚五郎の姿を見た徳川家康──。そのころ家康が手こずっていた武田家の重臣・甘利をたやすく討ち果たした甚五郎だが、切れ者ゆえに家康に疎まれてしまう…。佐橋甚五郎の凄腕エピソードが面白い。歴史もの。

山椒大夫  (青空文庫)
短編。父親のところへ訪ね行く覚束ない長旅の途中、人買・山岡大夫に浚われ、母親と引き離されてしまった姉・安寿と弟・厨子王。丹後・由良の分限者・山椒大夫にこき使われる二人。安寿の意思に従い、山椒大夫のもとを脱走する厨子王だが…。「お前はこれから思い切って、この土地を逃げ延びて、どうぞ都へ登っておくれ。神仏のお導で、善い人にさえ出逢ったら、筑紫へお下りになったお父う様のお身の上も知れよう。佐渡へお母あ様のお迎に往くことも出来よう」、「姉えさんのきょう仰ゃる事は、まるで神様か仏様が仰ゃるようです。わたしは考を極めました。なんでも姉えさんの仰ゃる通にします」──。ラストは涙、涙…。名作中の名作。

心中  (青空文庫)
掌編。「わたしこわいから我慢しようかと思っていたんだけれど、お松さんと一しょなら、矢っ張行った方が好(い)いわ」。夜中に小用に立った料理屋「川桝(かわます)」の女中・お松とお花だが、お化けが出ると怖がられている四畳半から、ひゅうひゅうという謎の音が…。「あの、ひゅうひゅうと云うのはなんでしょう」、「そうさねえ。梯子(はしご)を降りた時から聞えてるわねえ」。恋人・佐野の跡を慕って上京した機屋の娘・お蝶の入り組んだ事情…。題名がネタバレなのがちょっと残念だけど、怪談として充分イケてる。

青年  (青空文庫)
長編。
己はあの奥さんの目の奥の秘密を知りたかったのだ──。Y県から上京してきた作家志望の青年・小泉純一。劇場で出会った未亡人・坂井れい子の誘惑に苦悩する。彼女が宿泊している箱根へ行くが…。家へ遊びに来る少女・お雪や、十六歳の芸者・おちゃらとの交流…、親しくなった友人・大村との哲学談義…。鴎外版「三四郎」。
●『青年』は、上京青年の成長(肉体的ではなく精神的)を描いた青春小説。「鴎外云。小説「青年」は一応これで終とする」で終わっちゃう小説です(笑)。

意を決して、坂井夫人のいる箱根へ出かける小泉純一。途中、国府津で一泊するが、若い女と同じ部屋で寝るという状況に。寝ている純一を「もしもし」と云って起こす若い女。

 慥(たし)かに自分に言ったのである。想うに女の方では自分の熟睡していた処へ来て、目を醒(さ)ました様子から、わざと女の方を見ずにいる様子まで、すっかり見て知っているのらしい。純一はなんと云って好(い)いか分からないので、黙っていた。女はこう云った。
「あの東京へ参りますのですが、上りの一番は何時に出ますでしょうか」
 純一は強情に女の方を見ずに答えた。「そうですね。僕も知らないのですが、革包の中に旅行案内があるから、起きて見て上げましょうか」
 女は短い笑声(わらいごえ)を漏した。「いいえ。それでは宜(よろ)しゅうございます。どうせ起して貰うように頼んで置きましたから」
 こう云ったきり、女は黙ってしまった。純一はやはり強情に見ずにいる。女の寐附かれないらしい様子で、度々寝返りをする音が聞える。どんな女か見たいとも思ったが、今更見るのは弥(いよいよ)間が悪いので見ずにいる。そのうちに純一は又寐入った。
 朝になって純一が目を醒ました時には、女はもういなかった。

この辺のエピソードはまさに夏目漱石「三四郎」における「名古屋の女」ですね。この小説には魅力的な女性が多く登場するので、その辺を楽しみに読むのも大いに結構。文豪作品は、ミーハー的に楽しく読むべし。

「黙っていらっしゃいよ」「わたし又来てよ」──純一の部屋に度々遊びに来る銀行頭取の娘で可憐な少女・お雪。
「もうお帰りなさるの」「こん度はお一人でいらっしゃいな」──忘年会で出会った十六歳の芸者・おちゃら。
「あの、新聞を御覧になりますなら、持って参りましょう」──箱根の宿で出会った含羞のある美しい女中・お絹。

高瀬舟  (青空文庫)
短編。高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である──。弟殺しの罪で遠島を申し渡された罪人・喜助を高瀬舟で護送する同心・羽田庄兵衛。しかし、少しも悲しがらずに、まるで遊山船(ゆさんぶね)にでも乗ったような顔をしている喜助の態度を不思議に思った庄兵衛は、喜助の身の上に興味を抱く…。「待っていてくれ、お医者を呼んでくるから」、「医者がなんになる、ああ苦しい、早く抜いてくれ、頼む」──。財産と幸福、安楽死について問題提起した永遠の名作。凄絶。

独身  (青空文庫)
短編。帝国採炭会社の理事長・大野豊(ゆたか)の家に遊びに来た二人の友人(裁判所長・戸川と市病院長・富田)。今年四十になる大野がなかなか再婚せず、独身でいることを攻撃する富田と、淋しさから下女とそういう関係になり、とうとう妻にしてしまった友人の話をする戸川。主人のためを思ってよく働いてくれる下女のお竹のことを、女として視てみようとする大野だが…。「そりゃあ独身生活というものは、大抵の人間には無難にし遂げにくいには違ない」。森鴎外の小倉時代の様子が垣間見える作品。鴎外は面食いだった?!

身上話  (電子文藝館)
掌編。夏の間、大原の旅館に逗留している圭一。旅館の女中・花から、辻村という男へ出す手紙の代筆を頼まれた彼は、花と辻村の関係に興味を抱く…。「話して聞せれば、手紙は幾らでも書いて遣るのだがな」、「あら。書いて下すって。そんなら話しますわ」、「現金な奴だなあ」──。圭一と花の恋の行方(?)など、もう少し続きがあってもと思わせる面白さ。生き生きとした会話文が読んでいて快い。

安井夫人  (青空文庫)
短編。江戸末期の儒学者・安井息軒(仲平)を描いた歴史小説──。「痘痕があって、片目で、背の低い不男(ぶおとこ)」である仲平。そんな息子に嫁を取ってやりたいと思う父・滄洲翁だが…。「わたしは仲平さんはえらい方だと思っていますが、ご亭主にするのはいやでございます」──。思わぬ形で縁談が纏まる前半部分が抜群に面白い。




  森鴎外・翻訳のリルケ『駆落』は こちら



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