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万世大路(旧国道13号線)
(2006 秋編)
福島県福島市
2006・10・14 来訪

万世大路の見所の一つである『二ツ小屋隧道』。
その荘厳なる坑口は、多くの隧道マニアの心を捉えて離さない。
また、隧道の周りには幾つかの旧・万世大路の遺構が残されている。
はっきり言って二ツ小屋隧道周辺部だけ探索して帰っても十分に満足できるであろう。
歴史遺産『万世大路』をご覧あれ。

斜面に向かってカーブを描く。
二ツ小屋隧道の登場である。
まるで神殿の入口のような坑口。
前回は霧に覆われ内部は完全な暗黒空間だったが、今回はバッチリ出口が見える。

何も知らないと単なる一車線のダート林道にも見える現在の旧・万世大路。
だがこの大口の隧道の姿こそ、かつてここが大幹線道路であった事を物語る。

かつては多くの車が砂埃を上げながらこの隧道へと入っていったのだろう。
比較的早くに車道街道として整備された万世大路だが、
この二ツ小屋隧道福島口の様に隧道の直前に急カーブといった幹線道路としては危険な線形も多い。
本格的モーターリゼーションの前に新規格の栗子バイパスを建設することは必至だったと思われる。

この道の現役末期は徐々に出来上がる高規格道路を横目に
大型車を先頭に数十台の車が列をつらなせていたのではないか。
さて、隧道入口付近の切り通しの上に何やら石碑らしき物が見える。
あそこへ行って見るとしよう。
切り通しの法面がきれる辺りに階段がある。
草に覆われてわかり難くなっているが。
さらに階段と路面の合間には底溝があるのだが、そこも草に覆われ落とし穴状態になっていてちょっと危険。
階段をを上がるとそこにも石垣の法面が。
なんでも二ツ小屋隧道を車道化する際に路面を掘り下げたそうで、この階段を登った先の高さが明治に開削された当時の路面位置だそうだ。
それでは石碑の所へ行ってみよう。
 
石碑には『鳳駕駐蹕之蹟』とある。
わかり易く訳すと「天皇がここで乗り物を降り、ご休憩をおとりになられた場所」といった感じか。

この人気の無い場所で、かつて明治天皇とその付き人達、
三島通庸を初めとした山形・福島両県の指導者達が言葉を交し合っていたのだ。
恐らく、来るべき東北、そして日本の未来について語り合ったのではないか。

万世大路開通から数年後、日本は日清・日露戦争の勝利で列強国入りをする。
その一方、富国強兵の歪みが全国各地で続出。
民衆は自由民権運動を通してその是正を求める。
が、当時の権力者たちはそれを『弾圧』という形で答えていく。
その弾圧の先頭に立っていたのが三島通庸だ。

三島が福島県令の時、会津三方道路の開削に反対した住民を弾圧し、わざと暴動を起こさせる。
それをきっかけに反対住人はもちろん、反対運動を支援してきた県内の自由党員を一斉に逮捕(福島事件)。
福島県内で民権運動を盛んに行なっていた自由党の活動を壊滅させた。

栃木県令時代には足尾鉱毒問題で駈けずり回っていた田中正造を投獄。
その後、警視総監に任命されたが、やはり民衆を『力』で押さえ込む手段を取り続けている。

ちなみに三島通庸は薩摩藩出身だが、
もちろんこの時に権力を握っていたのは薩長連合の人々。

良くも悪くも三島通庸は明治が凝縮された人物である。
『鳳駕駐蹕之蹟』の石碑の後には更に上へと登る階段がある。
そこには『山神』の石碑が。

他のサイトさんでよく『天皇の上に山神が・・・』と言うコメントをよく見かける。
が、天皇神聖化が強化されたのは太平洋戦争間際である。
まだ、これが建立された時にはそれほどとやかく言われなかったのでは。

しかし、明治初期は国家神道による統制強化が図られ廃仏稀釈なんかが行なわれていた。
民間信仰もまた攻撃の対象になっていたりしたので、やはり危なかったのでは?

何せ工事の最高責任者は『豪腕』三島である。

が、やはり自らの政治生命を賭けて開削した万世大路の安全を祈願するならその土地の土着神に頼むの一番だと思ったのかも。
さて、ここで不思議な体験を一つ。

ちょうど『鳳駕駐蹕之蹟』の石碑の辺りをうろちょろしてた時の事。

「ウワハハハハハハアハハッ!」

・・・・・・!?

何?何、今の笑い声?
とりあえず、下には誰もいない。
隧道内より聞こえたっぽいが・・・。

下へ降りて隧道の前に。
しかし人がいる気配はない。

・・・・・・。

その後、二人ほど人に出会うが時間的に言ってその時に隧道内にいた人とは思えない。
では、あの笑い声は・・・?

言っておくが自分は霊の存在など信じてはいない。
正直言って隧道を心霊スポットなどにしたくは無い。

が、あえて言おう。

山神と明治天皇の霊が千葉から原付でワザワザ来たバカモノを笑ったに違いない!

と思うことにします。
取りあえず隧道へ。
ちょっとへタレモード入っています。
何故か、坑口から少し進入した所で僅かに坑内が狭まる。
あと所々でプチ崩壊。
しかし、二ツ小屋隧道の崩壊箇所で一番の有名なのはやはりアレでしょう。
二ツ小屋隧道名物『隧道ノ滝』。
隧道上部が崩壊して穴ができ、そこに沢が流れ込んでしまっている。
この上部の崩壊箇所は沢に削られて、徐々に穴が広がっているらしい。
いつの日かこの場所で大崩壊が起こるのでないかと危惧されている。
滝の下はご覧通り『池』と化し結構な深さがある。
歩いていこうとすれば足元ずぶ濡れになるであろう。
山形坑口付近から外を望む。
ちょっと幻想的。
二ツ小屋隧道を後にし、かつての二車線道を進んでいく。

続く

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