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国道135号線 トモロ旧道

静岡県東伊豆町
2007・2・4 来訪

伊豆半島は道路遺構、特に隧道が豊富だ。
歴史文化遺産にも登録される 天城山隧道 を筆頭に、
その他にも多くの旧隧道が残され、しかも意外と簡単に行ける所が多い。

丁度、旧道に興味を持ち始めた頃の時だった。
その日、旧道屋の必須品であるツーリングマップルを片手に伊豆の旧道めぐりをしていた。
そして、伊豆南部を周りUターンをしてR135を北上。
その途中、何か面白い道は無いかと地図をチェックしてみたら、なにやら気になる道を見つける。
伊豆稲取の駅からR135と伊豆急行と平行して走る道。
その後、トモロ岬と言う小さな岬をトンネルでパスし、やがてR135と合流するという道だった。
「間違いなく、これはR135の旧道だ!」
そう意気込みその道へと向かったのだが・・・。


だがその日、自分は殆どその道を辿る事は出来なかった。
そして後日、このトモロ峠の旧道について調べたが、ネット上に措いては殆ど情報が無かったのだ。
この旧道はいったい・・・?



そして約一年後、再びこの旧道を訪れた。
重い過去を持つ旧道に。

R135より分岐していく古びた舗装路。
ちょっと旧道にかじっている者ならば、この道が旧国道であることは一目瞭然であろう。
実は旧道の世界に足を踏み入れる以前からこの道は妙に引っかかっており、
何か普通では無い空気を感じていた。
そして、どっぷり旧・廃世界に使った今でも、この道は他の旧道とは違う感じを受ける。
旧道となった現在も、分岐点から2、300m離れた場所に二軒程の民家があるために現役の道として使われている。
この民家の住民にしか使われることの無い寂しい道であるが、画像左側に停車している車の陰には間違いなくここが国道であった事を物語る遺構が残されていた。
道路規制表示板。
ボロボロに錆び付き、最下段の幕が破れてしまっている。

そして、そこに表記されている災害情報。



『土砂崩れ』



この道は、「あの日」から時を止めた。
民家の前を過ぎると路面の荒廃度は一気に増す。
路面の両脇から植物が侵食してきて一車線分のみの舗装が顔出すのみ。
画像の先のカーブを曲がった所にチェーンゲート。
そこを越えると、一転して広く開けた場所に出た。
何一つ曇りの無いスカイブルーの空。
その下には群青の大海原。
今でこそ枯れ草が揺れるのみとなっている空き地も、
国道時代には海が見えるレストランなんかがあったのかも知れない。

この素晴らしい景色が広がるこの場所。
前回訪れた際、実はこの場所に出た時点で撤退してしまっている。
何故か?


実は言うと、怖くなったのだ。
この開けた美しい空間が何故か怖かった


この画像は現道分岐方面へ振り返るようにしてとっている。
丁度、向かいの木々に囲まれたあたりがチェーンゲートがあり、
前回はそこら辺で立ちすくみ撤退してしまっている。

この画像だと人工物が多く写っているが、
岬へ向かう進行方向には全く人気を感じさせる物は無く、
ただただ山が海岸線へとなだれ込んでいる。
そして、その日は風が強く まるで海が鳴いているようで怖かったのだ。


まあ、簡単に言えば単なるチキン野朗だったと切り捨ててしまう事も出来るが、
この先状況を見れば、あの時決断も間違ってはいなかったとも思える。
道、消滅。

突如として道は森に飲み込まれる。
最初、全く状況が理解する事が出来なった。
この場所から数十m後には、多少くたびれているとは言え舗装路があるのに・・・

舗装路と森の境界線には1mの段差が出来ていた所から
恐らく廃道区間を封鎖する為に人工的に土砂を盛ったのであろう。

そしてその先は、ここがかつての観光道路であった事が信じられないような状況となっていた。
バイクの進入はまずムリと判断し、徒歩にて先に進む事とした。
どう考えても、ここに車が走っていたなんて信じられないような状況。
だが、落石や倒木に混じって落石フェンスの残骸などが転がっており、山側を見ればコンクリの法面が先の方まで続いている
前後の様子からかつては1、5〜2車線程の幅員があったはずである。
だが、今ではかなりの部分の路肩が海へと崩れていってしまい、僅かに1m程度しか平地が残っていない。

また、言っておくがここはダートではない。
かつてはちゃんとした舗装路だったのだ。
堆積した土のそこから、たまにアスファルト、またはその残骸が顔をのぞかせるのである。

完膚なきまでに崩壊した旧・国道。
密林と化した道(と言えるのか?)を2〜300mほど進み、徐々に岬が近づいてきた時だった。

はっきりと舗装路と判明できる状態まで回復し、海側にはガードレールが現れた。

そして、その先には怪しげな 闇。
隧道である。
白田隧道。
昭和3年竣工となかなか年代物。

坑口はフェンスで封鎖されているが、右端に扉が。
しかも、開いているではないか!
ここより進入を試みる。
ピンボケ内部画像。
延長88、9mと対して長くもなく、出口の光が見えている。
だだ、光の射し方が何やら不自然である。

前回の探索よりしばらくして
廃線隧道ホームページ 」の管理人しろさんが探索され
サイトにレポをupされたのである。
今回こちらのサイト情報を元に探索したのであるが、どうやら坑口付近が崩壊しているようなのだ。
僅かに口をあけてはいるが上部辛うじて岩が引っかかって穴が空いているだけで、
非常に危険な状態であると言う。
また、その先の道も崩壊し、斜面があるのみと言う事なのでここらで引き返す事にした。


カブの元へと戻り、現道の友路トンネルを抜け反対側の稲取方面から進入へするのだが・・・。
稲取側はイキナリこんなのです。

続く

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