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わだらんの鉄道自由研究表紙へ
13年 7月
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1277. 7/28 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 自然渋滞の理由の一つは上り勾配の速度低下
1276. 7/27 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 利用しやすい列車、利用しやすい車両
1275. 7/25 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 景色を楽しむなら間違いなく在来線だろう
1274. 7/23 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 寝台車のいない向日町なんて
1273. 7/20 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 客車列車は非日常、新快速は日常の空間
1272. 7/15 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 日本で機関車が客車を引くのはごく限られた列車だけになった
1271. 7/13 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 緊急時に電車を停める大事な仕事
1270. 7/9 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 野洲に新幹線新駅がある、という遠い将来の夢物語
1269. 7/8 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 星がまだいない空に願い事
1268. 7/4 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 滋賀県内各地へ最終電車のご案内
1267. 7/2 ○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 舞子と小舞子の浜は似ているかなぁ
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 自然渋滞の理由の一つは上り勾配の速度低下
7/28
休みになると高速道路の渋滞がニュースになる。
仕事場で大津市旧志賀町に地縁のある方と話をしていて、湖西道路の勾配が案外きついことで話が弾んでしまった。
趣味柄勾配とか標高とか気になっているのだが、一般的にはそんなことは興味がないのが当たり前。
だからこそ気にせず上り坂を何も気づかず走る車が自然渋滞を作るのだが、勾配による速度低下など気にしなければわかるまい、と思う。
滋賀県内の名神も同じもので、結構派手な上下を繰り返しているのだが、あまり話題にならない。
実際瀬田西から大津まで結構な上り坂で、結局それを知らずにそのまま走っている車が大津先頭の渋滞を作ってしまうのだ。
ちなみに鉄道でいうと大津駅が標高107m、石山駅が92mでこの間15m下ることになる。
これとて先頭で見ていればこそわかる話で、単に大津から石山まで車窓を見ているだけでは下り坂とはわかるまい、と思う。
だからこそ前を見ているのは楽しいものである。
先日家の事情で午後の休暇をもらって大阪駅12:45の3458Mの客になっていた。
編成後部まで行く時間もなく、またせっかくの日中の移動なので、久しぶりに先頭助手席後ろに立って大阪から野洲まで前を眺めていた。
C電の遅れで大阪駅2分延だったものを、運転士氏は巧みに列車を操り、京都には定刻に到着であった。
その間茨木も山崎も長岡京もそして向日町もほとんど減速のショックを感じさせずの極めてスムーズな乗り心地であった。
そして大津を出ると快調に膳所を通過していく。
次の石山上りは直前までホーム先端の停止位置が見えず、かつ膳所から続く8パーミル下り勾配が石山の手前で10パーミルにきつくなる。
そんな下り坂の曲線をほとんどブレーキハンドルを動かさずに停止位置にぴたりと停める、乗っていて本当に気持ちのいい走りであった。
とはいってもそんな凄腕の運転を気にする客などいないだろうな。
自分の運転する車でさえ勾配に気がつかない人が多いのだから、ましてや電車で勾配など絶対に気にならないだろうな、と思うのである。
まぁ車でも高槻バス停とか旧山科バス停の前後なら見晴らしが効くので坂の存在もよくわかるだろうけれども、
新名神の草津JCTから信楽にかけての上り勾配など気がつかないだろうなぁ。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 利用しやすい列車、利用しやすい車両
7/27
夏休みである。
朝は朝で大阪駅の改札前に遠征や試合であろうか多数の中高生が群れて通路をふさぐし、夜は夜で遊び疲れた子供たちがところ構わず寝に入るし、
いつもながらそしてしかたないとは言え、やはり面倒くさいものである。
そんなある日の3520Mでの話である。
大阪駅御堂筋改札を抜けたのが19:42で、ホームに上がると既に電車が入り、降車が終わった状態であった。
乗り込む人たちの列を避けるように後方に進むがさすがに人が多く、4号車まで来たが限界である。
後ろまでいけばもう少し余裕がありそうなのだが、ここは我慢。ところが幸いにも高槻で座れ、1号車乗車の時とあまり変わらぬ帰宅ができた。
よかったよかった。
ところで、ちょっと気になったのが大阪駅直後の2人連れの子供である。
小学生高学年か、中学生か、女の子二人が大阪駅を出てすぐの車内で延々と電話で話している。
少し離れた位置なのですべてを聞いているわけではないが、どうやら野洲より先に帰るこの女の子が親にどうしてその電車に乗ったのかと問い、
女の子は「9番線の電車に乗れと言われた」と応戦しているようだ。
手には某此花区の遊園地土産、その帰り道のようだ。
新大阪に着く直前まで話し込んでいて、その後どうなったかわからない。
が、近くにいた通勤客に「野洲で乗り換え」と諭されていたようなので、あまり遠いところではなさそうだ。
それ以上深入りする必要もない、と高槻で座って寝てしまったわだらんは石山で目が覚める。
少し空いた車内でまだ二人連れ女の子は立っている。
京都でも座らなかったのか、座れなかったのか、よくわからない。
結局その子たちは草津まで立っていて、草津を出てわだらんの通路反対側に座ったのである。
すぐに声をかけられる近さなので「どこまで帰るのか」と聞くと「彦根だ」という。
実は北陸線か岐阜名古屋方面かと思っていたので、意外な近さにちょっと拍子抜け。
ましてや滋賀県民なら、野洲までの電車に乗って大騒ぎをする必要もなかろうに、と思う。
そんな3520Mは定刻で野洲に着き、いつものように大量の乗り換え客が向かいの818Tに吸い込まれる。
ところが件の女の子たちはさっさとホームを歩き、階段を上がっていく。
さては野洲まで迎えに来てもらったのだろうかなどと考えながら改札を抜けようとすると、改札で彦根への次の電車を聞いている二人を見る。
威勢よくホームを走って行ったのは野洲の駅員に聞くためだったのか、とちょっとびっくり。
改札で後続の3522Mののりばを聞いて再びホームへと降りて行った。
それなら向かいの818Tに乗って彦根に6分早く着く方がよほどいいはずなのに、
どうも普通電車というのは彼女たちにも、そしておそらくその親たちにも選択肢ではないようだ。
まぁ野洲どまり新快速が米原への普通電車に接続し、それが後続の新快速より先に着くのはいわば通勤客では常識であるが、
でもそれはいつも使っているからこその常識なのだろうか、と思う。
しかし常識というとびっくりしたのがこの3520Mの4号車。
草津を過ぎてもちっとも客が減らない。
さすがにいつもの1号車とは様相が違うなと思っていた矢先、4号車乗客のほとんどが守山で降りてしまった。
見るとコンビニ内改札に一番近いのが4号車である。
そう、狭いコンビニ内通路を早く抜けるためには、よいコース取り、つまり至近距離の4号車狙いが通勤客の常識のようだ。
いやはや日頃の学習からくる常識とは恐ろしい。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 景色を楽しむなら間違いなく在来線だろう
7/25
今からもう30年近く前、福塩線の70系電車がお別れの日、福山は日中雪であった。
なぜそんなことを覚えているかというと、この日初めて九州まで普通電車でとことこと出かけていく途中だったからである。
さすがに帰路は寝台特急のお世話になったが、往路は一日かけて普通電車で移動であった。
そんなわけで福山駅にいた70系も思い出深いのだが、一方東福山の手前で車窓に突然現れた山陽新幹線が
乗っている山陽線電車と同じところを目指しているのに、頭上を直交していくのが何とも不思議だった。
のちに東北線を上っていて白石の先で同じように東北新幹線が直交していて、あれあれ、と思ったものである。
地図上で見れば地形に忠実な山陽線や東北線に対して、できるだけ直線を引きたい新幹線では当然ルート取りが異なるわけで、
直交していても何ら不思議ではないのだが、でも下から上を垣間見るとちょっとびっくりしてしまう。
以下はそんなルート取りの話ではあるが、可能ならネットでの地図を見ていただくとよくわかる話である。
というのもなかなか皆さんになじみのないスペインの話だからである。
マドリッドを15:00に出る4541列車はオーレンセ・サンフランシスコ駅(42.332535,-7.86096)から
サンティアゴ・デ・コンポステーラ駅(42.870885, -8.544693)まで高速新線でほぼ直線を抜けていき、
およそ100kmの距離を40分で走っている。
正確な鉄道キロがわからないのでざっとであるが、平均時速150km/hの俊足である。
ところが地図で見ると在来線は同じ区間を右に左にカーブを連続させながら進んでいく。
高速新線から見ればまるで千鳥足のようにふらふらとしているのである。
この区間、某ストリートビューで見ると確かに斜面の連続で、在来線がまっすぐ線路を敷かないのがよくわかる。
その一方、高速新線は谷を大きな高い橋で越え、山をトンネルで抜け、なんとも大胆なコース取り。
どこまでも続くなだらかな丘陵をぐるぐる回りながら進むのはずいぶん楽しそうであるが、
トンネルと高架橋で一気に進む方が列車のほとんどの乗客には便利であることは間違いない。
さて、今回の列車事故はどうやら速度超過が原因のようだが、事故現場はこの高速新線の終点にあたる所。
威勢よく走りすぎて減速が効かなかったのか、実際のところはよくわからない。
まずは事故の再発防止とそして事故に遭われた方とその周囲のみなさまがこの先幸多かれと祈るものである。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 寝台車のいない向日町なんて
7/23
世間は夏休みに入ったようで、早朝の駅に小学生の旅行者姿を見たりする。
とはいっても毎朝の713Mの最後尾8号車はあまり学生の夏休みに関係がない。
京都までほぼ増える一方、そして京都で1/4程度動き、立ち客が座席に着く、いつも通りの混雑具合。
ところでわだらんは野洲駅で他の客に取られない限り指定席である右側窓側に座っているので、
反対左側はなかなか景色が楽しめないものである。
梅小路もとい京都貨物駅や吹田貨物駅は流れゆく車窓でチェックできるものの、
向日町の京都総合運転所や吹田工場はほとんど見ることができないし、あまり周囲を見回すこともしない。
あくまで713M車内では通勤客であって、鉄ヲタではないことにしているのである。
とはいえ、幸い月曜日の朝は朝の陽ざしが雲に遮られて極めて弱く、
いつもなら着席した客がすぐに下ろすブラインドも今日はほとんど上がったまま、
おかげで京都から長岡京まで左側の景色もよく見える。
こうなるとやはり左側も気になるもので、なんとなく向日町運転所もとい京都総合運転所を眺めてみる。
しかし眺めていて思うのは国鉄時代とまでは言わないまでも、昔に比べて構内がずいぶん寂しくなったものである。
洗浄線には到着した寝台車が、出発線には長編成の列車がいて、構内南側の留置線群には
編成をばらされた中間車などの特急車がごろごろいたものだが、
先日583系の最後の編成が吹田工場に送られてついに京総から寝台車がいなくなってしまった。
南側の留置線にいるのは団体臨時用の117系とか、土日しか運用のない381系とかがいるのだが、何か華やかさがない。
そもそも長距離列車の基地であった向日町運転所は今や113系や221系の基地として、
そして日中の223系の留置場所として、通勤電車の車庫に変わってしまっている。
長距離列車がなくなっていくのは時代の流れだし、これから先寝台車や夜行列車が増えていくとも思えないので、
ますます単純な車両たちのいる姿になっていくのだろうな、とがっかり。
まぁ確かに左側車窓が楽しめるのはうれしいが、なかなか今の京都総合運転所を見るのは少しつらい思いがする。
と思いながらもやはり気になって構内を見てしまう、鉄ヲタの悲しい性である。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 客車列車は非日常、新快速は日常の空間
7/20
先日、機関車の牽く客車列車がもう希少価値と書いたのだが、
その翌日下松の車両工場から九州向けの客車が出場してきた。
大きな車体がとても印象的な編成で、早くフル編成の運転を見たいものだ。
何しろそう簡単に、そもそも残りのわだらんの人生で乗れるかどうかわからないような列車なので、
実際に見ることができるだけでも十分なような気がする。
関西まで遠征してくれることがあるかどうか、
逆に先日発表になったJR西日本のクルーズ列車が九州に遠征するのかどうか、今後の進展が楽しみである。
最近は中高年、特に引退後の人間を狙った鉄道旅、旅行がブームである。
鉄道好きと堂々と口に出せるのは以前なら考えられなかった、というか鉄道好きは
いわゆる精神異常と思われることが多かった時代からすると、
今の鉄道に対する各種メディアの取り上げ方は隔世の感がある。
まぁ鉄道を移動の手段としてではなく、鉄道に乗ること自体を目的にする旅行が一般的になるのはうれしいことだ。
そんな時代が来たからこそ、わだらんの欧州旅行のように博物館にも美術館にも行かず、
史跡めぐりもせず、ただ列車に乗っているだけというスタイルでもなんとなく理解されるのかな、と思う。
そんなわけで世間は夏休み。
さっそく夏休みの話題がニュースでも取り上げられていて、毎年恒例のJR東海浜松工場のお客様感謝デーで
喜ぶ子供の顔がテレビに流れたりするわけだが、一方でまたいつもの18切符の季節でもある。
わだらん自身が18切符を使うのでけなすことはできないのだが、
でも本来の狙いである若者の利用より中高年の特に女性の集団のほうが目立つのはどうしたものだろう。
まぁ中高年の鉄道ブームと言えばいい話なのだが、少なくとも平日夜に乗るなら整列乗車はしようよな、と思う。
JR九州のななつ星のような非日常空間を提供する列車ならともかく、
新快速が非日常の空間でない客はわだらん以外にも多数いるのだから。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 日本で機関車が客車を引くのはごく限られた列車だけになった
7/15
できることならしたくないものの一つに葬式鉄という部類がある。
名残を惜しみに、いや最後にもう一回、あるいはここで乗っておかないともう乗れない、
理由はさまざまであるが、まぁ世の中何かなくなるというとわんさか人が押し掛けるものである。
以前のと鉄道能登線区間で最初で最後の乗車だと張り切って出かけて行った車内で、
おばあさんが「いつもこんなに乗っていたら廃止にならないのに」とぼそっと言っていたことを思い出す。
確かに利用率の低迷で廃止された寝台列車だって廃止前の騒ぎのように
平常時に満席がずっと続けば廃止にはならないだろうにと思うのだ。
ところで、そんな葬式鉄は海外にもいるもので、しかもわだらん自身海外で葬式鉄をしたことがある。
2007年春改正で、スイス国境に近いストラスブールやミュールーズにTGVが新たに入るので、
従来の客車による急行列車がなくなるといことがあった。
バーゼルからパリへは客車編成による列車が日に数本あって、うち一本は夜行列車であった。
座席のみの簡単な編成であるが、逆に言うとわだらんのようなレイルパス保有者には
寝台のような追加料金なしに一晩の宿となるありがたい列車である。
これがTGVに置き換わって夜行もなくなるダイヤ改正の前日に偶然立ち会うことになった。
もちろんその夜行列車を旅程に選んだのは言うまでもない。
ただ、開放室の固定座席はあまり寝やすいものではないが。
ところでそんななじみ深い客車編成の列車が先日パリ郊外の駅で脱線転覆してしまった。
どうやら分岐器の不具合によるもののようだが、なかなか正確な情報がなくて事情がよくわからない。
ただ、事故の当該車両がコライユと総称されるフランス国鉄の代表的な客車であることはわかった。
ちなみにこのコライユという客車、製造初年が1975年なので、国鉄12系客車より新しい。
日本では何かと邪魔者扱いの客車列車だが、欧州ではまだまだ一般的。
TGVや高速新線に縁のないこのパリ発リモージュ行き列車もそんな客車列車の一つ。
事故の原因がどうこうなどと考えず、ただ単純に客車に乗ってみたくなった、
と事故のニュースを見て不謹慎に考える。
ちなみに、そのバーゼルパリ間の客車列車の最後の日、沿線にカメラマンを何人も見つけたので、
廃止となる列車が鉄ヲタの標的となるのは洋の東西を問わないなと思ったものである。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 緊急時に電車を停める大事な仕事
7/13
下関で防護無線の不具合が見つかった車両があった、と発表があった。
結果的に不具合の期間中に何も問題がなかったのでよしとなるわけだが、
もともと防護無線など使わないがいいわけで、まずはややこしい話がない平和な一日であるように、と思う。
ところで、その不具合についての記事を読むと、防護無線は1km以内の列車を緊急に停める、とある。
もっともどんな悪条件でも1km飛ばなくてはならないのだから、逆に条件が良ければかなり伝わるわけだ。
環状線の防護無線が本線を停めるのはよくあることだし、学研都市線の電車も防護無線を高槻で受けたこともある。
そういえば5日の金曜日、明るいうちに帰ろうと張り切って大阪17:45の3498Mに乗ったところ、
山科駅に入る直前で防護無線にひっかかってしまった。
最後尾1号車の一番後ろの座席で寝ていたのだが、乗務員室から聞こえる無線の音で目が覚めてしまった。
事故は唐崎で、大阪駅で3498Mに乗る直前に見ていたサンダーバードが当該列車だそうだ。
その唐崎の防護無線が小関の山越えをして山科までおよそ5km飛んできた。
5kmが近いか遠いか判断に困るが、まぁ結果的に琵琶湖線の電車には影響がなかったし、
3498Mは安全確認やブレーキ解除など10分ほどかかってしまったものの、まだ10分で済んだので、よしとしよう。
まぁ多重事故を防ぐために防護無線はなくてはならないものではあるのだが。
12日は夜に石山駅で線路内立ち入りの話があって、石山駅前後で上下線の電車が止まってしまった。
運転再開まで時間がかかり、大阪21:30の3534Mあたりはほぼ1時間遅れになってしまった。
深夜近くで、折返し運用まで気にしなくてもいい時間ではあるが、逆に最終接続など気になる時間でもある。
3534Mは大垣行き最終接続、つまり京都大阪から
滋賀県内醒ヶ井とか近江長岡へ帰る最後の電車なのだが、どうなったのだろうか。
やはり防護無線など使わずにいるのがなによりである。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 野洲に新幹線新駅がある、という遠い将来の夢物語
7/9
何があったのかよくわからないのだが、乗っている3532Mは京都場内で停止信号をもらって停まってしまった。
この日は阪和線美章園で車両故障があったそうで、そんな関係で何か列車が遅れているのだろうか、
確かくろしおの一部は京都駅2番を使っているなぁ、などと考えていると、
すぐ隣をN700系のこだま名古屋行きが通過していった。
この西大路京都間は梅小路への下り貨物をまたぐ本線高架区間が新幹線とかなり近く、
並走するとよく新幹線が観察できる場所。
そこで止まっているのだから、当然通過する新幹線はよく見える。
もちろん方向幕もしっかり読めるからこそこだま名古屋行きとわかるわけだ。
こっちは大阪21:15で新大阪21:19なのだが、場内開通待ちの間に
新大阪を14分も後に出た新幹線に追いつかれた、というわけだ。
新快速も十分俊足だと思うが、さすがに新幹線はその上を行くわけだ。
ところで方向幕がLEDだったので、横を通った名古屋行きこだまがN700系だとわかったのだが、
こだまでN700とは贅沢だ、と家に帰ってから時刻表をよく見ると、
今やこだまでも半数近くがN700系である。
よく考えてみれば700系は順次減っているわけで、既にJR東海の新幹線車両数の
半数以上はN700系なのだから、こだまに入っていても何ら贅沢ではないわけだ。
リニア新幹線の開業までまだあと10年以上、しばらくはN700系の天下が続くわけだ。
ところで、世間は参議院選挙の選挙運動中である。
ここで政治の話をするものではないのだが、ただ滋賀選挙区の立候補者すべてが
北陸新幹線米原ルートに対して積極的賛成でないのがちょっと気になる。
多少の地元負担はあっても、北陸新幹線を米原につなげておかないと、
滋賀県のメリットは何もないと思うのだが、どうも一般的にはそう思われていないようだ。
どっちにせよリニア新幹線が大阪まで開業すれば今の東海道新幹線は並行在来線になってしまうわけで、
すると今の東海道新幹線の維持のためにも北陸直通列車を通さねばならないはずなのに、
どうもみなさんにはその理解がないようだ。
将来リニア大阪開通後には滋賀県内に新幹線新駅を作ることも考えていかねばと思うのだが。
京都米原間、新幹線だと20分。
新快速だと草津までの時間で米原まで走ってしまう。
さすが新幹線なのだが、でもそれが将来どんな姿になるのか、
リニア大阪開業までわだらんは生きているだろうか、まだまだ先の長い話である。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 星がまだいない空に願い事
7/8
7日は七夕である。
いつの頃からか駅に笹と短冊が用意されるようになって、みんないろいろと願い事を書いている。
さすがに大阪駅のものをゆっくり見ることはしないが、野洲駅のものはちらちら見ている。
いかにも高校生が書いたと思われる進学や部活のことが多く、
おっさんが書いたと思われるものはすぐに見つからない。
だからといっておっさんのものと思われるものをずっと探すわけにもいかないので、
結局高校生(または中学生か)のものを見ておしまい。
まぁおっさんの夢などあまり面白いものはないと思うのだが。
昨年は、野洲駅の短冊に「3502Mが野洲まで来ますように」と書いたのだが、
願いはかなわず、逆に3510Mが草津で切られてしまった。
なので今年は「3502Mと3510Mが野洲まで来ますように」とお願いをしたのだが、どうなのだろう?
神様に願いが通じるといいが。
ちなみに大阪駅には「3552Mが野洲まで来ますように」と書いたが、これとて難しいだろうな、と思う。
昨今各地の地下鉄で終電延長の動きがあるのだが、一旦早くなった琵琶湖線の最終電車が
再び遅くなる日は来るのだろうか?
しかし少しはいいこともあるもので、大阪17:45の3498Mは
最後尾1号車ならかなり座りやすい電車になった。
8両が12両になるとずいぶん変わるものである。
しかも編成の後ろ側、桜橋口の階段でもさらにそこから後ろ向きになるところは、
一見さんがとても少なく、並んでいるのはいかにも着席を目的とする慣れた客がほとんど。
つまり車内にさっと入っていく客ばかりで、より座席の確保がしやすい集団。
もっともそんな席取りに慣れていなくても座席が取れるのがいいに決まっているが、
なかなかそんな余裕のある車両数はないわな。
大阪駅で座れることと、終電が遅くなるのなら、座って帰ることができるほうが回数的にはいいか。
とはいえ、着席可能なことより最終電車が遅いほうが不動産広告には効きそうな気がするが。
日の長いこの頃、その3498Mで野洲に着くとまだ19時前でまだ日の入り前。
草津を過ぎて4席を一人で使って西の赤くなった空を見ながらの贅沢な帰宅。
やっぱり遅く帰るより明るいうちに帰るほうがいいわな。
とするなら、来年の短冊には「サマータイムを採用しよう」とでも書くか。
夢があるかどうか、他人はどう見るのか判断できないが。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 滋賀県内各地へ最終電車のご案内
7/4
火曜日のことである。
大阪駅に着いたのが22:05という中途半端な時間。
21:45の3536Mを逃すと、いつもは22:40の3542Mに乗っている。
野洲終点で安心できるからだ。
その間の3538Mも3540Mも下手をすると米原まで連れて行かれるから、怖くて乗れない。
野洲で寝過ごした人たちをいやほど見ているから、自分がそんなようにはなりたくないな、と思うのだ。
とはいえ、今から22:40まで待つのも面倒。
これが運用調査ならまったく苦にならないのだが、帰宅時にしかも大阪駅で電車を見る元気はない。
どうしたものかと思案の挙句、22:20の3540Mで帰ることにした。
これなら最悪近江八幡で下り最終を捕まえることができるので、
近江八幡までに目が覚めれば何とかなる、と踏んだのである。
携帯電話の目覚ましが草津守山間で鳴るようにセットして、大阪で着席するとすぐに寝てしまった。
新大阪も知らず、目が覚めると南草津であった。
おかげで野洲で無事に降りることもでき、まずは安心。
実は目が覚めてから乗っている3540Mが5分遅れであることに気がつき、遅れていれば
下手をすると近江八幡で下り最終を捕まえることができなかったのかもしれない、とちょっと肝を冷やした。
ところが、改札を抜けて駅構内を歩いていると、下り最終が10分遅れと案内が聞こえてきた。
案内によると、接続待ちで10分遅れなのだそうだ。
加えて、草津線湖西線の最終に連絡するという。
そう聞いて気がついたのだが、この923Mという列車、なかなか芸達者である。
草津5分で最終柘植ゆき、山科3分で最終近江今津行き、そして京都2分で最終大阪行きに接続している。
よくこの列車が遅れて草津線からの京都回送が営業運転をしたり、18きっぱーが接続撮れずに騒動を起こしたりと。
でも逆に考えればそれだけよくできたダイヤなのだろうと思う。
この日の923Mの遅れ理由が北陸線なのか東海道線なのかは不明なのだが、
米原で少なくともこの923Mに乗れれば滋賀県内の各地へは帰れるということである。
そう、願わくばこの923Mに米原で接続する東海道下りや新幹線があればもっと便利なのだが、
でもあまりに接続ばかり取るダイヤではどれか遅れた時に厄介かな。
ところで、この日の遅れ923Mが京都で大阪行き529Cと接続を取ったのかどうかはわからない。
おそらく草津あたりから京都を越える通勤客もいるはずで、高槻まででよしとしたのか、
摂津富田〜大阪間の客がいたのかどうかはわからない。
まぁいずれにせよ、滋賀県内で接続が取れていればいいことにしよう。
というわけで、この日は3540Mが5分遅れで近江八幡についても、
無事に923Mを捕まえることができたわけだ。
もっともそれは結果論だし、そもそも野洲で乗り越しせずちゃんと降りられたのだから、
杞憂であったのが何よりである。
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○わだらんの琵琶湖線雑記帳▽ 舞子と小舞子の浜は似ているかなぁ
7/2
富士山の世界遺産登録で世間は富士山の山開きばかりが騒がれているようだが、
7月1日は琵琶湖の日でもある。
この日は夏の観光シーズンの初日で、各地の水泳場がオープンしたのだが、
どうもマスコミの取り上げ方はパッとしなかったようだ。
まぁ浜開きといっても白良浜のような有名な海水浴場にはひけを取るし、
そもそも派手さがないのがなんとも残念。
とはいえ、昔は琵琶湖で遊ぶのは夏の定番で、江若鉄道は国鉄乗り入れ列車も含めた
臨時列車を多数出して、観光客の輸送にあたっていた。
湖西線ができた初めの頃も新快速の延長運転やその運用増に伴う送り込みを使った
大阪発着の臨時列車などあったのだが、今はそもそも定期列車が多いので、わざわざ臨時電車を出すほどのこともない。
何しろ湖西線ができた頃は、日中新快速が堅田まで時間1本、普通電車が今津まで時間1本しかないので、
今津では倍増、舞子なら4倍ということになる。
逆に観光客は車中心になってしまい、近江舞子などの水泳場に電車で来る客は少なくなってしまったのが残念だ。
ところで、この近江舞子とは、神戸市垂水区の舞子にちなんだ名前である。
要するに浜のきれいなところで、他にも例えば名鉄常滑線の新舞子とか、
北陸線の小舞子とか、みな舞子の浜に似ているという理由で地名になっている。
確かにどの駅も海(または湖)のすぐそばにある、
駅からすぐ浜に出ることのできるところばかり、駅で言えば舞子と同じである。
そのためだろうか、小舞子も近江舞子もそして舞子も、何かにつけ強風で運転見合わせになる区間である。
とはいえ、景色がいいのはいいことだ。
この夏の天候はどうだろう?
たくさんの観光客が電車で各地の舞子浜に出向きますように。
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