このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
鼻の頭
<平成12年4月10日>
いつからだろう、あんなにみずみずしかったコロの鼻の頭が乾いていたのは。いつもいつも、たっぷりと湿っていたはずの鼻の頭の乾きに気づいたのは。
朝、まだ眠っている私の所にやって来て、あの冷たい鼻先をちょんと顔につける。その一点の冷たさに驚いて、目を覚ます。そんな毎日が続いていたのは、もう遥か昔のように感じられる。
ハッキリとは覚えていないのだが、コロの鼻の異常に気づきだしたのは、たぶん自由に歩けなくなって来た頃だと思う。転落事故後、毎日飲む薬。薬を与えた時に、女の子であるコロの身だしなみをチェックする。以前はそれほど気にしなかった事だが、毎日顔を近づけていると、気にしたくなくても、気になるものである。
薬を与え「にがにがのおっく飲んだね、元気元気になるんだもんね、おっく飲むのはいい子だもんね」。私が、この言葉を毎日コロに対して話しているとは、仲の良い友達でも想像がつかないとは思うが、事実は事実なので、そのまま載せる事とする。こんな会話を交わしながら、コロの顔を見る。目や鼻、口の周りを見て、汚れていたらきれいにする。本来なら自分の手を器用に使い、顔の汚れをとるのであろうが、すでにコロには、その力が無くなってしまっている。時には自分で、顔を洗おうと手を動かすのだが、その手は自分の顔には届かないのである。
猫の健康のバロメーターとして有名な鼻の頭の湿り気、体調が悪くなければ湿っているはずのコロの鼻の頭は、いつもカサカサ。ほとんど眠っているからなのかも知れないが、それにしても、いつも乾いている。
もうひとつのバロメーターである目やにも、毎日出てくる。最初のうちは心配していた鼻のカサカサと目やにも、毎日続くと、不思議なことにそれが当然の事となっていた。
その日も、いつものように薬を飲み、身だしなみをと思っていたが、今は毛の生え替わる季節である。実は私はうっかりしていた。と言うよりも、コロが高齢な事と、寝たきりである為に、体の新陳代謝が上手に出来ないことがある。排泄も、1日以上出ない事もあるため、毛の生え替わりなどは、起こらないとも思っていた。
そんな或る日、車を運転中にふと気がついたダッシュボード上のコロの毛。新しい車になってから、コロは乗っていないので、私についてきたのだが、それにしても多い。家に着いてからコロを抱くと、コロにも毛の生え替わりの季節が来ている事を実感した。
さっそく身だしなみチェックの前にブラッシング。身だしなみチェックもブラッシングもコロは好きではないのだが、その中でも、一番嫌いなブラッシングを先に済ませようという私の考えだ。抱っこをしながら、「きれいきれいになるんだよね」とあやしながらブラッシングをしていたその瞬間、私にはささやかな喜びの発見があった。
それは手に感じた一点の冷たさだった。昔感じられたのと同じ一点の冷たさ。私は、もう一度確かめるようにコロの鼻の頭に自分の手を付けた。冷たい。たぶん一年以上湿る事のなかった鼻の頭が湿っていた。目やには、まだ出ているものの、鼻に湿り気が戻ってきた事は、他には変える事のできない、ささやかな喜びだった。
さて、私の行動に、迷惑そうな顔をしたコロだったが、私の喜びに戸惑った事であろう。コロの目の前には満面の笑みをした私がいるのだから。
目が痛い
<平成12年5月14日>
コロを抱いていた4月のある日、ふと気づいた事がある。コロの右目が少しおかしいのだ。上まぶたの中央に黒くて四角い2ミリ四方の突起物がついている。ゴミにしては何日間も動かないので、どうも固着しているように見える。しかし眼球に密着する形の、その突起物を取る事は場所が場所だけに容易ではない。ただ、コロ自身が気にする様子もなく、あまり目立つものではない為、少し様子を見る事にしたのだった。
それから1ヶ月後の5月14日深夜、いつもと同じように毎日の薬を与えている時だ。薬を飲み終わったコロは左目を開けようとしない。と言うよりもむしろ、開けたくない様子で、涙を浮かべながら目を閉じている。今までの2年間、薬を飲ませた後にこの様な事は一度もなかった。もしかすると、薬がはねてコロの目に入ったのか、飲み終えた後に目やにを取る時、私の指に付着していた少しの薬が目に入ったのか、それとも他の原因か、などと考えながら、ちり紙で優しく涙を拭いても、コロの涙は止まる訳ではない。水に濡らしたちり紙で、もう一度左目の周りを拭き、その日はそのまま寝かせる事にする。朝起きたらいつもの、両目をパッチリと開けたコロに戻っている事を願って。
朝、目覚めた私は一番にコロの顔を見る。しかしそこには、目を開けられないでいる昨夜と同じコロが眠っているだけであった。目を開けたい気持ちと、目を開けられない痛みとが重なり合ったような顔で。
実は私は目について、あまり良い思い出が無い。ポーの最後の原因は目だったのだ。ポーと言うのは、私が小学校の3年生だった当時、飼っていたゴールデンハムスターの名前である。元気で可愛かったポーがある日、自分の目を自分の爪で引っ掻いてしまったのだ。まだ、獣医さんへ連れて行くという意識はなく、その数日後、ポーは亡くなってしまった。過去のペットたちとの生活の中で、一番の悲しい出来事だった事を、私の脳は記憶している。そしてコロは今、目を開けられないでいるのだった。内容は違うのだが、やはり目の病気だ、心配である。
その日の午後、コロを病院へと連れて行く。今までは、元気なコロを連れていくのが習慣だった為、獣医さんも少し困惑した様子だ。さっそくまぶたを見ると、かなり大きく腫れ上がっている。よく見ると、その腫れは顔の正面からもわかる大きさである。「飼い主失格」の文字が私の頭の上に大きく揺らいでいるようだ。「結膜炎」と診断されたコロは、おしりに注射を1本し、目薬を処方される。
その日の夜から、コロに目薬をさす事となる。朝昼晩と1日に3回。ただ、朝と昼は問題がないのだが、夜の目薬に疑問を感じる私がいた。その疑問とは、さす事への疑問ではなくタイミングの問題だった。コロには毎晩、強心剤などの、比較的強いと思える薬を与えている。目薬をさした私の経験から考えると、目にさしたはずの目薬の味を口で感じる事がある。もちろん、目や鼻や口は、頭の中でつながっている部分があるので、当然の話しだが、そこから考えると、コロの目薬も、口の中へと入ってしまう。果たして、強心剤などの薬と混ざってしまって大丈夫なのか。
少しでも疑問を感じたならば、それは行わない方が良いであろう。実は私自身も、市販の薬で意識を失いかけた経験がある。薬+アルコールという、自業自得の結果だが、薬とは恐いものだ。
そこで、夜の薬の投与は、間隔を2時間ほどあける事にした。つまり、夜の11時に毎日の薬を与えた後、深夜1時に目薬をさす。私の睡眠時間は短くなるが、コロの健康と比べたら、比べる事が出来ないくらい大きな差になるであろう。どちらにしてもコロは、毎日の薬を飲んだ後に2時間程眠ってしまう。薬の影響だとは思うのだが、2時間の間隔と言うのは、必然的なものであった。
獣医さんへ行った次の日も、コロは目を開けようとしない。腫れの大きさは前日と変わっていない様にも見えたのだが、次の日には腫れが半分程の大きさになっていく。しかしここから、別の問題が発生する。コロの毛が抜けるのであった。目薬が油性の原因もあるだろう。コロの目の周囲の毛が、どんどんと抜け落ちていく。薬を止める訳にはいかないので、そのまま様子を見る事となった。
発病から5日後、コロをもう一度病院へと連れて行った。獣医さんの見解では、あまり良くなっていないようなお話しだ。また、私の頭上を駆け巡る「飼い主失格」の文字。注射を2本打った後、私は4月に発見したコロの右目の突起物の事をお話しする。その結果、今日からは両目に目薬をさす事となる。さっそく家に帰り目薬を右目にさすと、なんと突起物はすぐに流れ落ちる。ほっとしながら困惑する私。しかしここで、更に新たな心配が浮上する。コロは自分で体を動かす事は出来ない。つまり寝返りも人任せである。事故の後遺症からか、コロの骨格は曲がっている様で、右向きに眠ると顔を上げる事が出来るのだが、左向きで眠ると顔を伏せたままとなる。左目が悪いコロを左向きに寝かせると、目をシーツなどに擦ってしまう可能性がある為に、今までの間コロは右向きに眠っていた。通常なら1日に何度か、向きを変えるのだが、連続して同じ方向で眠るコロにとって、床ずれの心配があったのだ。途中可能な限り抱いたりしていた結果、この6日間で床ずれは発生しておらず、比較的目の具合も良いので、今日からは通常通り、1日に数回左右を変える事とする。床ずれの心配も無くなり、後は目が良くなって、毛が生えるのを待つだけだ。
発病から1ヶ月後、再度コロを病院へと連れて行く。左目の結膜炎は完治したものの、右目は乾いている様子だ。老人性特有の症状で、目が乾いてしまう子と、涙で湿ってしまう子のどちらかに分かれるとの事だが、コロは前者の様である。最悪の場合失明の可能性もあるので、細菌の繁殖防止と角膜の乾燥防止の為に、新たな目薬が処方された。コロの目薬人生に終わりはないのか?
しかし、この目薬はコロには合わない様である。角膜の表面に、透明な目やにの様なレンズが形成されてしまう。薬の混同は良くないであろうから、1日間をあけて元の目薬を投与した。こちらは、毛を抜いてしまう欠点もあるのだが、目やにを良く出す薬だった。それまでは、コロの目の周囲が汚れる事や、ちり紙で汚れを取る事などを考えると、あまり良い印象ではなかったのだが、逆転の発想で、この薬なら、先程の目薬が形成してしまった、レンズの様なものを溶かすのではないか。私の予感は的中し、次の日のコロの目は元に戻っていた。コロのお友達からのメールで、目を拭くのにコットンを使用した方が良いとのアドバイスなどを経て、コロの両目は今、以前のパッチリとしたまん丸な目に戻ったのである。まだ、目の周囲の毛には、油性薬の独特な艶が残ってはいるものの、夏が終わる頃には、いつものコロの顔に戻っている事であろう。
さて、2度も「飼い主失格」のレッテルが頭上を駆け巡った私は、二度と同じ事がおこらない様に、現在は反省中の身である。
前のページへ | 目次へ戻る | 次のページへ |
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |