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コロ記

コロ記

<平成12年11月25日>
 今から20年前、大学ノートに書き始めた「コロ記」。数日間の記入の後、開く事はなかった。
 今から1年前、インターネット上の掲示板に参加するようになり、改めて「コロ記」を見た。
 そして、今から10ヶ月前、ホームページへの掲載を考えて、「コロ記」を新たに書き始めた。

 どこにでもいるような野良猫。出身も家柄もわからない雑種猫。平凡な家で飼われている普通の猫。キャットショーなどに出る訳でもなく、もちろん特技も何もない、ただの猫。そんなコロの話が成立するものなのか。これが私の最初の疑問だった。私の中だけの「コロ記」はコロの日記のようなものなので成立する。ただ、これを他の人が見た時に、読むに耐える内容なのか、いや、読んでもらう事ができるのかと言う疑問が、ずっと頭の中を駆け巡っていた。
 ホームページに載せるコロ記は、出逢った時と事故の事にしよう。たぶん、普通の平凡な生活では起こる事はないであろうから。そこで、「出逢い」「お腹」「事故」「奇跡」の4編を掲載する。「出逢い」「お腹」は20年前の「コロ記」を参考に、そして「事故」「奇跡」は当時の記憶を辿りながら。

 ホームページ開設の日、友人に違う環境で見る事ができるのかと問い合わせた所、意外な答えが返ってきた。ひとこと「泣いた」と。簡単なチェックをお願いしていたので正直驚いた。実際の公開でも、たくさんの方々から、これも考えていなかった反応が寄せられた。みなさんに読んでいただけた事がうれしかった。と同時にひとつの大きな不安が押し寄せていた。
 コロの一生の中で、大きな出来事と言えば、当時は最初の安楽死の件と転落事故の事だけ。あとは亡くなる時だけではないのかと。これ以上みなさんの期待に答えるような「コロ記」は書く事はできない。と言う不安だった。そんなある日、1通のメールをいただいてから、その不安は吹き飛んでいく。「DOOGENさんの言葉で書いてください」。そうだ、コロのありのままをみなさんに伝えよう。そして、平凡な毎日が一番幸せなのだから。そう考えると、自然とコロ記を書いていく事ができた。

 時々お邪魔する掲示板に、コロの様子を書き込む事がある。調子によってはみなさんを驚かせたりしてしまうのだが、よくよく考えて見ると、すべての掲示板に書き込んでいる訳ではない。みなさんに一番良い方法で、コロの様子を伝える方法は・・・と考え、「今日のコロ」をスタートした。今だから言える事だが、毎日の掲載は少々大変だった。どんな文章が一番わかりやすいのか。そして、たった数行の文章を毎日見ていただく事は、負担にならないのだろうか、と。更に、それ以上の大きな不安があった。毎日のコロの様子、できる限りストレートに内容をお伝えするのだが、それが不安だった。もしも、「今日のコロ」を猫の事に詳しい方が見ていたら、その様子をどのように捉えるのか、という不安だ。お世話になってる動物病院へはホームページに毎日の様子や診療の事などを記入している事は伝えていない。もしも、その獣医さんの処置が間違えていたら、病院名は公表していないが、万が一迷惑をかけてしまう事はないのだろうか。そして、私達家族の、コロに対する接し方も間違えているかもしれない。そんな時、「亡くなりました」と記入した所で、その方にとって見れば「当然だ」と思えるのではないか。この不安は、最後まで続いていた。もちろん、お世話になっている獣医さんには、コロの事は任せている。「任せる」と言う事は「不安はない」という事なので、個人的には問題はない。そして、コロへの接し方も、誰よりもコロの事は知っているつもりなので、こちらも不安はない筈なのだが・・・。やはり最後まで、そして今でもその不安は消えていない。

 平成12年10月初頭、「コロ記」の最後のページの題名を私は決めていた。その題名は「コロ」。そして内容は最後の瞬間だ。それで最後にしよう。もう他に書く事はないのだから。そう決心していた。つい最近まで。
 コロが亡くなった後、たくさんの方々から私宛にメールを送っていただけた。ひとつひとつ読ませていただくと、多くの方から、「続けて」と寄せられている。いろいろと考えてみると、コロに起こった出来事を、まだ完全に伝えている訳ではない。更に、寝たきりになったコロへのお手伝い(介護)についても、ほとんど触れていない事に気がついた。
 私は決めた。コロ記を続けていく事を。もしも、コロと同じ様な境遇の猫ちゃんが、少しでも幸せになれればと願いながら。



21歳のBirthday

<平成13年3月20日>
 「コロ、おめでとう。21歳のお誕生日だよ」 朝、起きた私がコロの頭を撫でながら、一番に口にした言葉。コロが生きていれば・・・・・。実際にはコロの写真に手を当て、「おはよう、お誕生日だね」としか口にはしていない。それは、コロがいないのだから・・・・・お水と猫缶を替え、お線香を供える。

霊園で お昼、猫缶とお花とお菓子、それに永平寺と唐招提寺のお線香を持って家を出る。駐車場にはチッコちゃんが見送りに来ていた。いつもより混んでいる動物霊園、駐車場は車であふれている。やっと車を停め、霊園の建物へと入っていった。たくさんのお花にたくさんの人々、色とりどりのお花が供えられている。お線香も途絶える事はない。コロのお水を取り替えて、今まで霊壇の上に直接置いていたコロの骨壷の下に、一枚の布を敷いた。今までうちで眠っていた時には、必ずコロは布団の上で寝ていたのだから、納骨から今日まではちょっと寝心地が悪かっただろう。動物霊園のコロへのささやかな誕生日プレゼントとして。そして父への供花より、少しボリュームのあるお花を供え、持っていったお線香に霊園のお線香をくわえ火をつける。静かに手をあわせ、コロと少しだけみつめあう。
 「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色・・・・・」静かに般若心経の262文字を唱えた。本来は、動物霊園の宗派は浄土真宗なので、このお経を唱える事はない。ただ、彼岸への道を説いている私の知っている唯一のお経なので、コロにはこの般若心経を唱える事にした。たぶん30分ほどを過ごしたであろう、御本尊様へのお参りもすませ、コロの頭をちょこっとさわりながら、「また来るね、じゃあね」と言い、霊園を後にした。

家で 夜、本当ならここで、コロの大好きなホタテやタコが食卓に並び、コロを抱っこして食事をしていたのであろう。「おいちいかな、こっちも食べてみようか」こんな会話を繰り返しながら。
 コロの祭壇にはタコを供えた。コロの大好きなお店の品物。そしてコロの誕生日プレゼントとして買ってあった、燭台とおそろいのお線香立てに新しいお線香を入れ、再び般若心経を唱えながらコロに供える。「南無阿弥陀佛」 字の出るお線香と共に。こうしてコロの祭壇から、煙が絶える事はなかった。


コロへ

 けーち、元気かな?いまはどこにいるのかな?跳んだり跳ねたり走ったり、ゆっくり楽しく過ごしているかな?お友達は出来た?コロは人見知りがすごいから、それが一番心配なんだ。みんなと楽しく過ごしてくれるといいな。こっちの事はなんにも心配しなくて大丈夫だよ。コロが心配する事は、なんにもないからね。

 そうだ、コロがいなくなってからの事を少し教えるね。覚えてるかな?あの日、コロは朝から元気がなくて、なんにも食べなかったんだよね。呼吸も荒くてさ、でもいっつもコロは休んでいれば少しして「にゃ」って。お腹すいたよ〜って。言うんだもんね。
 だからちょっと休んで・・・って思ってたんだ。抱っこした時には辛そうだったから、抱っこはちょっとだけだったけどね。それでも何度かお話ししたよね。この調子なら今日の夕飯は!って思ってたんだよ。そして夕方、コロが呼んでるみたいだったから、コロの横に行って手を握ったんだよね。でも。

 だんだんと遠くなっていく意識の中で、コロは最後に何を言いたかったのかな?声のでない「にゃ」を何回か繰り返してたよね。そして呼吸の間隔が長くなって・・・・・・・精一杯生きようとしていたコロの、どんな事にも負けなかったコロの、ほんとうに最後の時が訪れたことに、兄ちゃんは気がついたんだ。
 自然に、ほんとうに自然に、コロは消えていったんだよ。大好きなお布団の中で、兄ちゃんと手をつなぎながら。
 その後少しあわてちゃったけど、コロは教えてくれたのかもしれないね。これでいいんだよって。コロを見ていたら、もう戻ってこないんだ、もうお別れなんだ、って事に気がついたよ。ほんとうは、ゆっくり眠ってほしいから、眼を閉じようとしたんだけど、顔が腫れていたからかな、閉じないんだよコロのお目目。だから横に並んで、いつまでもみつめあっていたんだ。けーちゃんの眼の中には、兄ちゃんが映っていたんだけど見えたかな?見えていたらいいなっておもってたんだ。
 そのあと、小さな小さなお葬式をしたよ。けーちゃんと母ちゃんと兄ちゃんだけの。もしかすると父ちゃんも来ていたかもしれないね。眠るけーの顔に白い布をかけて、お線香と猫缶とチーズに牛乳を供えて、兄ちゃんが知っているお経の全部を読んだんだ。静かにゆっくりと時は流れて、コロのお葬式は他のどんなお葬式よりも心がこもっていたと思うんだ。あれからけーちゃんは小さく軽くなって、今はみんなと一緒に眠っているね。そしていつまでもみんなを見守っててね。

 けーちゃんがいなくなった家の中は、けーちがいた時とあんまり変わっていないんだよ。けーちが眠っていたお布団と枕は、今はしまってあるけれど、使っていた爪とぎも、たくさん食べ物が入っているカラーボックスも、すぐに取り出せるペットシーツとおむつも、ベランダの柵につけた網も、そのまま残ってる。さんぽひももノミ取ブラシも、爪切りも、全部そのままの所にしまってあるんだよ。けーのトイレは、普通の排水溝に戻ったけど、トイレの時間を書いていたホワイトボードは、動物霊園に供えてある猫缶の覚え書きになったんだ。けーちがいなくなったからって、すべてを無くすことはできなかったよ。困った兄ちゃんだね。
 そうそう、けーちゃんは直接逢った事はないけれど、時々食事に来てくれるチッコちゃんに、けーちのお皿貸してるからね。

 けーちゃんは今ごろどうしているのかな。とってもいい子だったから、もうこっちで暮らさなくてもいいのかな。それとも今度は、兄ちゃん達みたいな人間になって産まれてくるのかな。元気に走りまわれる猫ちゃんかも知れないね。またしあわせな暮らしができるといいね。兄ちゃんと暮らしたのよりも、もっともっとしあわせになってね。けーなら大丈夫だよね。もしも、しあわせじゃなかったら、兄ちゃんに逢いに来てもいいよ。でも、兄ちゃんは鈍感だから、ちゃんと「コロだよ」ってわかるようにしてくれるとうれしいな。

 それじゃあ、またね。

 おそらの上のお誕生日、おめでとう。



平成13年 春 彼岸の中日
21回目のコロの誕生日
兄ちゃんより 合掌



 約1年に及んだコロの寝たきり生活をふりかえると、昨年の今頃がコロの体調も一番良く、私達もコロの手伝いに、ちょうど慣れてきた頃でした。その後、暑い夏が来てコロの体調は徐々に悪くなっていきました。でも、寒い冬を乗り越えて、21世紀を迎えた21歳の誕生日にはまた、元気になれる。そんな事を考えている1年でした。昨年の誕生日に、もっともっとお祝いをしてあげれば良かった。
 今ではかなえられない夢・・・・・・・・・・あれから増えたコロの写真を見ながら、そう想っています。

(文中に出てくる「けーちゃん」「けーち」「けー」などは、私がコロと話す時にコロの事を呼ぶ言葉です)



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