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大人の存在2
<ブルカニロ博士とほんとうのさいわい>



「おまへはいったい何を泣いてゐるの。ちょっとこっちをごらん。」

4稿では完全に削除されているブルカニロ博士。

彼はカムパネルラが銀河鉄道から消えた後
泣いているジョバンニの前にあらわれ語りかけます。

彼の話は「自己と他者」の境目について、「唯物と観念」の境目についてなど、
かなり哲学が入った内容ですが、
そこにうかつに手を出すとまとまりがつかないので、
今回は3稿からブルカニロ博士の台詞を抜き出して
少しまとめてみるだけにします。


「おまへのともだちがどこかへ行ったのだらう。あのひとはね、ほんたうにこんや遠くへ行ったのだ。おまへはもうカムパネルラをさがしてむだだ。」
「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行かうと云ったんです。」
「あゝ、さうだ。みんながさう考へる。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまへがあふどんなひとでもみんな何べんもおまへといっしょに苹果をたべたり汽車に乗ったりしたのだ。だからやっぱりおまへはさっき考へたやうにあらゆる人の一番の幸福をさがしみんなと一しょに早くそこに行くがいゝ、そこでばかりおまへはほんたうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ。」
「あゝぼくはきっとさうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいゝでせう。」
「ゝあ、わたくしもそれをもとめてゐる。おまへはおまへの切符をしっかりもっておいで。そして一しんに勉強しなけぁいけない。おまへは化学をならった〔ら〕う。水は酸素と水素からできてゐるといふことをしってゐる。いまはたれだってそれを疑やしない。実験して見るとほんたうにさうなんだから。けれども昔はそれを水銀と塩でできてゐると云ったり、水銀と硫黄でできてゐると云ったりいろいろ議論したのだ。みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだらう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人だちのしたことでも涙がこぼれるだらう。それからぼくたちの心がいゝとかわるいとか議論するだらう。そして勝負がつかないだらう。けれどももしおまへがほんたうに勉強して実験でちゃんとほんたうの考とうその考とを分けてしまへばその実験の方法さへきまればもう信仰も化学と同じやうになる。けれども、ね、ちょっとこの本をごらん、いゝかい、これは地理と歴史の辞典だよ。この本のこの頁はね、紀元前二千二百年の地理と歴史が書いてある。よくごらん紀元前二千二百年のことでないよ、紀元前二千二百年のころにみんなが考へてゐた地理と歴史といふものが書いてある。だからこの頁一つが一冊の地歴の本にあたるんだ。いゝかい、そしてこの中にかいてあることは紀元前二千二百年ころにはたいてい本統だ。さがすと証拠もぞくぞく出てゐる。けれどもそれが少しどうかなと斯う考へだしてごらん、そら、それは次の頁だよ。紀元前一千年 だいぶ、地理も歴史も変わってるだらう。このときには斯うなのだ。変な顔をしてはいけない。ぼくたちはぼくたちのからだだって考だって天の川だって汽車だって歴史だってたゞさうかんじてゐるのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこゝろもちをしづかにしてごらん。いゝか。」
そのひとは指を1本あげてしづかにそれをおろしました。
するといきなりジョバンニは自分といふものがじぶんの考といふものが、汽車やその学者や天の川やみんないっしょにぼかっと光ってしぃんとなくなってぽかっとと〔も〕ってまたなくなってそしてその一つがぽかっとともるとあらゆる広い世界ががらんとひらけあらゆる歴史がそなはりすっと消えるともうがらんとしたたゞもうそれっきりになってしまふのを見ました。だんだんそれが早くなってまもなくすっかりもとのとほりになりました。
「さあいゝか。だからおまへの実験はこのきれぎれの考のはじめから終わりすべてにわたるやうでなければいけない。それがむづかしいことなのだ。けれどももちろんそのときだけでもいゝのだ。あゝごらん、あそこにプレシオスが見える。おまへはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。」

 (3稿 〜カムパネルラと離れて泣くジョバンニをさとすブルカニロ博士)

どんな正しさを選んだとしてもそれが自分で選ぶものならば
どれもが皆「ほんとうの幸福」で、
それぞれ進む道は違っても、お互いに進む姿は同じだから寂しくない。

相手との違い(精神的決別)をそういった形で受け入れることも出来る。
受け入れた上で進むことも出来る。

その時々で寂びしかったり、悲しかったりもするけれど自分で選んだ道なら
その辛さもこみで進む姿がほんとうの幸福。

ジョバンニは、
「僕きっとまっすぐに進みます。きっとほんたうの幸福を求めます。」
と力強く博士に言い町に戻ります。



1〜3稿では、
幻想第四次の銀河鉄道から現実の世界に戻る時、
天の川は「数知れない氷が美しい燐光をはなちながらお互いぶっつかり合って
まるで花火のやうにパチパチ云ひながらながれて」いる。

何が正しいか実ははっきり決まっていない見えない水なかで
自分なりの正しさを突き詰めるそれぞれの輝きをあらわしているかのようです。


さあ、切符をしっかりもっておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本統の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のな〔か〕でたった一つのほんたうのその切符を決しておまへはなくしていけない。

(1〜3稿 ジョバンニが銀河鉄道を降りる寸前にブルカニロ博士が言う台詞)

 注:「たった一つのほんたうの切符」も「ほんたうの幸福」と同義みたいです。
   切符はみんなそれぞれかたちが違う設定のようです。
   ちなみにジョバンニの切符は緑
   亡くなっている人の切符は灰色だったりします。

4稿では銀河鉄道での旅で
ジョバンニが何を決意し、何を得たかあまり書かれていません。
けれど確かに乗る前のジョバンニとは変わっています。

ジョバンニが何を決意し、何を得たのか。
読む人ひとりひとりにゆだねられています。

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