このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

近海郵船
(東京〜釧路〜十勝)

 唯一の道東発着航路。残念ながら平成11年9月末で航路休止が決定している。今回の十勝港からの利用が、最初で最後の利用となってしまうことになる。
 広尾町にある十勝港は、まだまだ造成中の港だ。何もない広大な敷地には、基礎杭や鋼管があちこちに置かれている。いずれは大きな倉庫やクレーンの建ち並ぶ港になるのかもしれないが、何もない敷地の中にポツンとフェリーターミナルだけが建っているというのは、どことなく「十勝的風景」と言えなくもない気がした。
 東京行きのみが十勝港に寄港するという変則的運航となっているこの航路。釧路〜十勝間は、離島を除くとここだけという「道内航路」にもなっている。一応この間だけの利用も出来ることになっているが、自走した方が早く着いてしまうくらいの距離を利用する人などいないだろう、と私は思っていた。
 ところが、到着したフェリーから人が降りてくる!さらにその後から車まで降りてくるではないか!一体なぜ?フェリー代よりもガソリン代の方が安いというのに……。それはさておき。
 さすがに降りてくる車両は少なく、程なく乗船が始まった。車両甲板にはスペースが空いており、どう見ても満載とは言えない状況だ。そう言えば、乗船5日前に電話をしたときにもあっさりと予約が取れたっけなぁ……、などと考えてしまう。
 この航路では、ツーリストルーム(2等)とツーリストベッド(2等寝台)が同じ値段で利用出来る。貴重品と身の回り品だけで上に上がってきたので、寝台は広々として使いやすい。これで雑魚寝の2等と同じ値段というのは、ちょっと得した気分になる。しかしベッドのいくつかは空席となっており、車両甲板で見た状況がここでもまた感じられたのだった。
 午後5時出航。去りゆく北の大地を眺め、旅の思い出に浸る。甲板で缶ビールを開け、北海道と自分の旅に乾杯する。7年も続けていると、もはや帰りのフェリーでの私の儀式となっている。また来年も同じことが出来るのだろうか。こう考えるのもこれで7回目だ。
 ベッドでぐっすりと眠り、朝を迎える。天気は良く、海も穏やかだ。入港時間を計算して、朝からビールを飲み始める。陸上でこんなことをしていると「人間のクズ」扱いされそうなものだが、フェリーでは何人もの「クズ」が徘徊している。夢の世界から現実へ戻りつつある船の上で、最後の夢を見ているのだろうか。それはさておき。
 暑かった日射しが和らぎ始めるころ、両側に陸地が見えてくる。東京はもうすぐそこなのだが、ここから先がかなり時間がかかる。最短距離を全速力で突っ走れる外洋と違い、航路や速度が制限されている東京湾では、ゆっくりと進まざるを得ないのだ。何度も舵を切りながら、少しずつ東京へと近づいていく。
 あたりが真っ暗になり始めた頃、右舷前方に動かない船が見えてきた。「海ほたる」だ。暗い中でちょっと見ただけでは、船か建物か分からないくらいだ。あまり大きくは見えないが、それでも陸上から見るよりは遙かに大きく見ることができる。東京湾を往来する船の、一つの楽しみとなりそうだ。
 満載でなかったせいもあるだろうが、入港後程なく上陸できた。朝の船上での酔いもさめ、現実世界へ向けての最後の走りが始まる。それぞれの思い出を背負ったライダーが、散り散りバラバラになっていく。帰りのフェリーでいつも見られる、ちょっと淋しい風景だ。
 道東航路の休止は、北海道ツーリングの幅を狭くしてしまう。上陸地点は苫小牧から西に限定されてしまい、釧路発着よりも1日か2日、確実に道東を楽しむ日数が少なくなってしまう。休暇という日程に縛られた私達にとって、来年は確実に道東が遠くなることだろう。人を引きつける魅力ある土地が遠くなることは、淋しいと同時に悲しいことでもある。季節限定でも構わないから、道東航路を維持して欲しいものだ、と強く思ったのは、きっと私だけではないだろう。


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