このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

九州2002

3日目

今日も朝から快晴だ。今日もレンタカーを借り、まずは鹿児島本線の列車の撮影に伊集院方面に向かう。地図を見ると国道と併走しているようなので、適当なポイントを見つけて撮ろうかと思っていた。まずは薩摩松元駅へ立ち寄る。目立った駅舎も無く、階段と上がって行くといきなりホームに出る駅だった。駅員の事務室及び改札もホーム上にある感じだった。ここで普通列車の撮影をした。

そして、伊集院方面へ向かうが、なかなかポイントを決められなかった。そうこうしているうち、列車が来る時間が近づく。結局は米丸踏切の付近で撮影することになった。寝台特急「なは」や特急「つばめ」などを撮影した。11時近くに次の目的地「清水の湧水」へ向かう。松元インターから南九州自動車道に乗り、そのまま指宿スカイラインへと入る。今日は出校日(登校日)だとラジオで放送していた。どうりで小中高校生をたくさん見かけるわけだ。通学途中の彼ら彼女らに恐怖感を与えないように静かに走った。

指宿スカイラインはとても眺めのよい道だった。桜島はもちろん、鹿児島の市街を見渡すことができた。

川辺インターで降り、国道225号を西へ。「清水の磨崖仏」という表示があったのでそちらへ行ってみる。名水百選は普通近くまで行けば案内が出ているものだが、ここは何も出ていない。仕方なく地元の人に聞いて場所を教えてもらうことにする。湧水源自体は塀に守られて見ることができないが、きれいな水が流れてくる。飲んでみるとうまい水だ。塀を見て、案内が出ていないのに納得できる気がした。(もしかすると私が見落としただけかも) 観光客が環境を壊す恐れがあるのでなるべくしらせたくないのではなかろうか。何が何でも行きたい人に環境を破壊する人なんていないだろうから。

清水の磨崖仏を見てから次の目的地、日本最南端の駅「西大山」を目指す。県道をひた走り、特攻隊の町、知覧を過ぎた。その資料館も見たかったのだが、指宿枕崎線の列車の写真を撮るために、ここは次の機会に見ることにした。海沿いに出る途中より開聞岳が見えてくる。「薩摩富士」という名が納得できる形の山だ。時刻表を見ると、西大山駅での列車撮影には間に合いそうにない。途中、開聞岳をバックに列車の撮影ができるところを見つけ、そこで列車を待つことにした。

薩摩川尻駅を見ながら、隣の西大山駅に2:10頃到着。当然だれもいないと思ったが、後から中年の2人連れの男の人たちがやってきた。開聞岳をバックに写真を撮ってもらう。

その人たちに「山川駅」が有人の日本最南端の駅であることを聞き、行ってみることにする。

山川駅は海に程近いところにあった。ちょうど枕崎方面への列車が出発するところであった。

今日は帰りの飛行機に間に合わないと大変なので、とりあえず指宿スカイラインを使い、空港方面へ戻ることにする。鹿児島空港は鹿児島の市街よりもかなり北にある。途中、桜島SAで休憩をしながら空港近辺のどこかへ行くことができないか思案しながら地図を広げてみた。すると空港に沿って「ひょうきやま」「なかふくら」「かれいがわ」という駅が並んでいる。いずれも肥薩線の駅である。
そして、空港に行かなければならない時間が来るまで「かれいがわ」駅へ行くことに決める。地方の空港には多いパターンだが、鹿児島空港も山を切り開いたところに作られている。その山を下ると「嘉例川駅」の表示があった。その表示の方に進み、嘉例川駅に着いたとたんに声をあげるほどの古い駅舎。中のベンチまで木のままである。映画に出てきそうな世界がそこにはあった。時刻表を見ると、まもなく列車がやってくる時間だ。するとほどなく男の子を連れたお母さんが駅にやってきた。列車に乗ってどこかへ行くのだろうか、と思っていたが、そのお母さんは男の子を駅に残したままどこかへ行ってしまった。それでは、男の子が列車に乗って習い事でも行くのであろうか、と思った。が、列車には乗らなかった。降りた客は高校生の女の子1人。乗った客は結局だれもいなかった。

その後、ふと気づくと、その男の子はいなくなってしまった。再び誰もいなくなった待合室。ここだけ時が止まってしまったような感じだった。木のベンチに腰をおろしてみる。次の列車まではまだかなり時間があったが、ふと「もう少しいてみよう・・・」と思った。空港まではすぐ。楽に間に合う。しかし、時折する飛行機の爆音とその駅とが妙にアンバランスであった。飛行機は飛行機で大好きなのだが。結局、次の列車が来るまで、ちょっとしたタイムスリップの世界を楽しみながら時を過ごした。次の列車がやって来た。西日に向かって走り去るその列車を見送りながら、この旅も終わったな、と思った。

薩摩松元駅
西大山駅
嘉例川駅
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