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『どこまで続くかまごころツアー、山陰、紀伊半島、無限大∞ループの旅』
4日目〜8月11日(水)〜信楽高原鐵道見学
翌朝、昨日の悪夢覚めやらぬ亀山駅へ、ところが3度目の「トラブル」が我々を待ち受けていたのだ。草津線ホームで出発を待っていた「加茂行」の列車に乗ると藤井が異変に気づいた。
「あれっ、この列車は1両編成のはずなんですけど。」
運転手の方が無線で連絡を取り合っている。どうやら昨日からの大雨でダイヤが乱れ、我々が乗車する予定の7時13分発の列車ともう一本前の列車が連結されてホームで*6 待機していたらしい 。昨日からの弱い熱帯低気圧が紀伊半島の山間部に大雨をもたらしたのだ。この「弱い」というのは風力のことで、雨量は台風並だったりするということが、今夏全国各地で水による被害が起こって話題になった。
「取りあえず柘植(つげ)までは行きます。」という不安なアナウンスのあと、ようやく出発となった。和田先生の「 加太(かぶと)越え ある鉄チャンの尻切れ回顧録vol.1 」(OHORI MODELS 4号)に紹介された加太越えも時間のことが気になって十分楽しめなかったが、約10分遅れでなんとか柘植駅に到着。草津線は直接は雨の影響はなかったが、柘植駅では接続列車が待っていてくれて、時間は取り戻せなかったものの、今日の主目的地の一つ信楽高原鐵道にたどり着けた。
信楽高原鐵道は国鉄民営化直前の昭和62年、JR信楽線から三セク化を果たした。平成3年、JRの車両と正面衝突した事故でその存在を知った方も多いのではないだろうか。貴生川(きぶかわ)を含めても6駅、14.7kmの短い路線だ。終着信楽駅では信楽焼のカエルが3匹と木製の切符が一緒になった「*7 カエル3兄弟キップ 」を販売していた。これは珍しいと喜んで購入していたら、今乗ってきた列車がもう折り返しで発車するということなのであわてて飛び乗った。4回目の「トラブル」を免れたと思い、ほっと胸を撫で下ろしていたら、岸原が駅員さんの勘違いもあり、おつりをもらえなかったらしい。結局「まごころツアー」史上最多トラブルを記録した。
先述の衝突事故の現場の線路脇には犠牲になられた方々の慰霊碑が建立されているらしく、列車から碑が見えるポイントを近藤が教えてくれた。我々の乗った列車が通過する際、手を合わせた。それにしてもこの旅行記にあまり登場しない近藤だが、この辺りの地理にはやたら詳しく、昨日の名松線でも私の質問に答えてくれた。彼は以前滋賀県に住んでいたらしいのだが、地理好きはマニアに共通の「性能」のようだ。私も地理が好きで、地図帳があれば一日暇をつぶせる。頭の中だけで旅行ができるのだ。
貴生川に戻り一路京都を目指す。東海道本線に接続する草津駅に出ると、もう関西都市圏を感じさせる混雑ぶりだ。ここで「お鉢弁当」(植木鉢を弁当の容器に使っていて、おまけにラディッシュの種まで付いている)という駅弁を買うということで藤井が一時離団、京都駅で落ち合った。京都からは午前の遅れを取り戻すということもあって、このツアー2度目の特急(「きのさき3号」)を利用する。この特急に30分乗るだけで米子到着が2時間も違ってくるのだ。(なんかさっきまでの「金はないが暇はある」という熱弁とはちょっと違うような・・・。)
今までのトラブルの疫病神を一気にお祓いするかのように「きのさき3号」は嵯峨野路を一気に駆け抜け、福知山に着いた。ここからは本来の我々のあるべき姿に戻り、車内でゆっくり弁当でも広げながら過ごすことにする。同じ山陰本線でも東側のこの辺りは西側とはまるで異なり、関西地区に近いということもあってか、線路沿いに電化や複線化を望む看板が目立つ。キハ40系にしても西側が広島色一色なのに比べ、福知山色や加古川色、津山色など4種類は見かけた。
そして今日のもう一つの主目的地「*8 餘部(あまるべ)鉄橋 」を通る。高さ41mの同鉄橋は鉄道橋としては日本一の高さを誇り、他のそれが橋下に谷底や川が多いのに対しここのは民家である。まもなく通過をする旨の車内アナウンスの後、観覧車の頂に登った時のような大パノラマが展開し、悲鳴に近い歓声があがった。高い所が苦手な私の足がすくんだのは言うまでもない。昭和61年12月に風速33mの強風で鉄橋から列車(お座敷列車「みやび号」)が下に落ちるという事故が起きたことは有名で、今ではその事故を教訓に風速20mで運休にするという基準があることもうなずける。
米子に着いてホテルにチェックインし、夕食を済ませて後は自由行動にしたら、私以外はみんなで境線(「鬼太郎列車」で有名)に乗車しに行くという。私も鉄道が好きだが、もうその意欲も体力もない。「青春18きっぷ」を最大限利用しようという彼らの姿勢には参った。
| 待機していたらしい | 藤井はさらに、先頭の列車の行き先表示が1日に1本しかない「奈良行」となっていることを見つけ、異変を確信したらしい。それだけの情報が頭に入っている藤井も恐ろしいやつだ。 戻る |
| カエル3兄弟キップ | 今年は「だんご3兄弟」の大ヒットをうけ、やたら「○○○3兄弟」というネーミングが流行った。また、この3匹のカエルは「無事かえる」、「幸福をむかえる」、そして「景気がかえる」を表しているのだそうだが、現在の経済状況を物語っている。 戻る |
| 餘部鉄橋 | 正式には「餘部橋梁」と言うらしい。 戻る |
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