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学校、時間割、授業などのこと
開設:2000/10/20
更新:2000/12/07

目次 
(表題をクリックするとジャンプします)
   
北京語言文化大学って? どこにあるの? 日本人が多いけど...
なんで北京を選んだの? なんで語言大を選んだの? 学校の設備は?
学費は? 寮生活は? 留学生の在籍形態は?
学期と入学時期、長期休暇は? クラス分け、履修登録、授業の開始時期は? 時間割は?
クラスの学生の国籍構成は? 輔導老師って? 互相学習って? *
クラスの学生の年齢構成は? * 【番外編】劉老師、再見! *



北京語言文化大学って?
ここ北京語言文化大学(旧称「北京語言学院」)は1962年に創立された「外国留学生高等予備学校」を前身とし、主に外国人向けの中国語教育および中国文化教育と、中国人向けの諸外国語教育および中国語教授法教育を行っており、教育部(日本の文部省に相当)直属の大学です。約7000名の学生を擁し、そのうちの2000名程度が中国人学生で、残りは留学生が占めています。留学生の中では今年は韓国人が一番多く、次がインドネシア人で、日本人は500名程度で三番目とのことです。教師数は700名以上で、そのうちで中国語の教鞭を取るのは600名近くです。
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どこにあるの?
四環路(環状四号線)の外側に位置し、北京市の中心である天安門から西北に約12km離れたところにあります。距離だけ見ると大したことはなさそうですが、慢性的な渋滞のせいでバスで中心部に出るには1時間程度かかります。学校は学院路という道路に面しており、近くには最高学府の北京大学やら理系のトップである精華大学を始めとして、地質大学、石油大学、鉱業大学、林業大学、航空大学などが軒を連ねています。仕事で来ていた頃は主に二環路(環状二号線)の内側(東京で言うと山手線の内側)を生活圏としていた私は、四環路のさらに外側だなんて所は何も無い田舎に違いないと思っていましたが、来てみるととても生活しやすいので驚きました。学生街なので物価は安いし、たいていの物は揃うスーパーが目の前にあるし、五道口という商店街も近いし、自転車で20分ほど走れば中関村という北京最大のコンピューター街まであります。また「西太后」の夏場の王宮として有名な「頤和園」や、列強諸国に破壊された跡が今でも生々しく残る「圓明園」、紅葉の名所である「香山」などに出るのにも便利です。

住所は、中華人民共和国北京市海淀区学院路15号になります。ちなみにタクシーの運転手さんには「学院路の語言学院」と旧称で行き先を告げると理解してもらいやすいようです。それからバス網も発達していて、東京の地下鉄や私鉄のように頻繁に来るので移動には不便を感じません。(とても混むので体力は必要ですが)
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日本人が多いけど...
私も最初はそれが嫌でこの学校を選ぶのをためらっていました。でもよく考えてみてください。ここまで多いと逆にごく少数の仲良し以外ははっきり言って他人です。性格によるかもしれませんが、私だったら日本人が10名にも満たない学校の方が日本人同士のディープな付き合いで忙殺されそうです。そしてどこの学校を選んでもたいてい日本人が多数派になるのです。私は途中でこのことに気づいて割り切って学校選びをすることにしました。
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なんで北京を選んだの?
仕事時代に約4年間を過ごして何かと慣れている北京にするか、逆に敢えて北京以外の街にするかで思いっきり迷いました。これはよく質問されるので、長くなりますがちゃんと書きましょう。まずは中国地図を広げて南方の沿岸部を対象から外しました。仕事で色々な地域を回っていて、南方の大都市の風土、食べ物などがどうも肌に合わなかったのです。特に広東省の広州は空気が北京以上に淀んでいたし、水は沸かしても変な味がしたし、40度の熱が暫く続いたため会社に入ってから初めての病院をこの街で経験し、おまけに生まれて初めての点滴まで受けたもんだから、私の中ではとても印象が悪い街なのです。ちょっとの経験からその地域全体の印象を決めつけてしまうのは我ながら度量が狭いとは思うのですが、とても1年かそれ以上暮らす気にはなれなかったのです。

言葉についても、教室の中では問題ないでしょうが、上海語圏、福建語圏、広東語圏の市井の人たちが話す普通話(中国の標準語)は捲舌音が変化してしまっていて、影響を受けやすい私は絶対に訛ってしまうと思ったので避けました。やってみると分かるのですが、「是」とか「吃」の発音って、舌を捲かずにそれぞれ「スー」、「ツー」(あくまで強引にカタカナをあてた表記です)とやった方が発音は楽なんですよ。事実、かつて私も北京で台湾人に囲まれて仕事をしていたときには、彼らの発音がうつっていました。私の憧れは綺麗な巻き舌音だったので、自然に目は北方に向いたのです。

さてその北方ですが、黒龍江省の人は「ハルピンの言葉が一番標準的な普通話だ」とよく言っていました。吉林省出身の人は「長春こそ標準的だ」とも言いますし、大連の人は「いや大連こそ」と力説します。ハルピンは分かりませんが、たしかに大連も長春も北京語(「普通話」と混同されがちですが、同一ではありません)ほど「er化音」が強くなく、「普通話」に近いのかも知れません。ただ黒龍江省も吉林省も私には寒すぎます。というわけでこの二省は除外しました。これに関しても異論はあるでしょうが、私は北京以上の寒さに耐える自信がありません。

それから仕事ではなかなか行く機会の無い思いっきり地方の小さな街も変わった経験としては魅力的ではありました。ただ学校に選択の余地が少ないのと、ますます勝手で柔軟性に欠ける態度かも知れませんが、自称「シティーボーイ」(死語だって!)で物質文明の申し子の私にはたとえあまり行くことが無くてもライブやら小粋なバーやらが周囲にあり、たとえ買わなくても色々な商品が揃った商店があるという環境でないと耐えられそうもなかったのです。さらに、これは前言とやや矛盾するのですが、今回の留学の目的はあくまで中国語の習得であって、サバイバル旅行番組によくある「なかなかできない小さな街でのスリリングかつ心温まる生活」を送ることでも「現代日本が忘れかけていた何か」を発見することでもなかったので、今回は(あくまで「今回は」)対象から外したのです。

この様にかなり身勝手かつ狭い観点から頭の中の中国地図にバッテンを付けてゆき、残ったのは北京、天津、大連、成都になりました。そしていつしか成都が候補から抜け落ち、北京の次に好きな街である大連は「 旅行で行けばいいや 」とこれまたいい加減な理由から選外となり、北京と天津のデッドヒートが始まったのです。でもなんだかんだ言って半年以上も考えていたら面倒になったのもあります。長々書いて最後はそれかい!という感じですが、デパートで1時間迷った挙句に結局は最初に見ていいなと思ったネクタイを買ってしまう心理と同じでしょう。
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なんで語言大を選んだの?
地域をなんとなく絞ったところでダイヤモンド社の「成功する留学」という本を読み、天津、北京そして選外になったはずの大連あたりの学校の情報を調べました。2000年1月の最後の中国出張では週末を利用して天津の学校を下見し、さらに4月には前述の本に出ていた「成功する留学・アジアデスク」という所でいくつかの学校の資料をもらって相談もしました。そして5月に連休を利用して北京の学校を見て回ったのが決定打になりました。ちなみにこの下見旅行は往復は出張で貯めたマイレージの無料航空券で、宿泊も知人宅という超低経費の旅でした。さて、まずは1月と5月に見てきた学校の印象を以下にまとめます。

都市学校見学方法キャンパス周辺の様子
天津天津師範大学ネットを介して知り合ったHawmayさんが留学中なので案内して頂いた。こじんまりとしていて良い「一番ボロイ」という割には快適そう。シャワーとトイレは室内にある。自由市場が近くて生活に便利そう。学費(年間1500米ドル)と生活費の安さが魅力
南開大学上記のHawmayさんとその友人に案内して頂いた。むちゃくちゃ広く、ちょっと無機的未見 
北京北京第二外国語大学会社の先輩の知人がここの留学生事務室の教員でコンタクトを取った。落ち着いたアカデミックな雰囲気安い寮でもきれいだった都心から遠い。商店や食堂は少ない。唯一正式ルートで見学をした。一年級の授業にも参加してみた。
北京広播電視学院上記の学校に隣接しているのでついでにちらっと覗いてきた。落ち着いた雰囲気未見 
北京師範大学私のかつての定宿の日本人スタッフの母校だったので同行して頂いた。いい感じ。一番ピンときた快適そう地下鉄の駅までバス停二つ。栄えている。総合的に見て一番良さそうだった
中央民族大学賑やかで楽しそう未見可も無く不可もなく中国全土の少数民族が集まっており、魅力的
北京語言文化大学しんとしていて印象はいまいちたくさん種類がある都心から遠いが、周辺に商店が多い。 

上記の通り私が今いる語言大は当時はいまいち「ピン」と来なかったのです。どちらかというと天津師範や北京師範に魅力を感じました。じゃあ、なぜ語言大?実は北京のいくつかの学校でゲリラ的に先生や寮の管理人と立ち話をしたのですが、その際に「君くらいの水準だったら語言なんかいいんじゃないの」とよく言われたのです。よくまあ自分の勤める学校ではない他の大学を勧めるもんだ、と苦笑しつつも、語言大ってそんなにすごいんだと思いました。さらに
ほとんどの学校で使っている教科書が語言大で作られたものだったし、ここの教師陣は優秀だと聞いていたので最終的に語言大に決めたのです。

入学からまだ一ヶ月半しか経っていませんが、今のところ私の選択は間違っていなかったようです。外国に来ているわけですからそれなりの不便を感じることもごくごく稀にありますが、ここは
運営がしっかりしており、外国人の扱いにも慣れていますから、余計な神経と時間を学習以外のことに使わなくて良いのです。そして前評判通り私の先生たちはみな一流で教え方も洗練されています。もちろん私の性格ですから、たとえ他の学校を選んだとしても「学習も生活も快適ですよ」などと言っているでしょう。学校選び、街選びにかなりの時間を費やしたこと自体は今でも必要だったと思っていますが、散々考えた末の選択はたいてい大きく外すことがないもんです。それからこれもよく言われることですが、どこの学校に行っても最終的には学ぶ側の意識が低ければどうしょうもありません

あまり誉めすぎてもいけないのでこの学校の問題点も挙げておきましょう。ここに来て感じた唯一かつ最大の難点は、
中国人学生の絶対数がいかんせん少ないので彼らとの交流の機会が極めて限られるということです。他の学校の様子は分かりませんが、自分から積極的に動いて中国人の友人もしくは学生アルバイトの「 輔導老師 」(補習をしてくれる先生の意味)を見つけない限り、教室以外でネイティブの中国語に接するのは食堂や寮の服務員、市場の店員などと話すときくらいでしょうか。私はしばらくの間は食堂や商店で、「知っていることでも敢えて質問する。話さなくて良い場面でも話しかける」という技を駆使して少しでも会話の機会を増やしていましたが、10月中旬に学内で輔導老師を見つけました。
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学内の設備は?
32ヘクタールの敷地に教室、事務塔、学生宿舎、図書館、体育館、各種運動場、売店はもちろんのこと、書店が2箇所、食堂が知っているだけで10箇所程度、教職員住宅まであります。西の教職員住宅のあたりは団地のようになっていて、一体どこからどこまでが学校の敷地なのか未だに把握していません。そもそもこの学校は教室の建物よりも学生寮と食堂が目立ち、学生寮なんか全部で14もあります。広大な敷地を持つ北京大学に比べたら小さめな学校になるんでしょうが、それでも土地に余裕があるので緑が多く、私の寮の前には池があります。天気の良い日には緑の中に配置されたベンチやテーブルで勉強している学生もよく見かけ、雰囲気はとても良いです。
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学費は?
ここ語言大の学費は年間2500米ドルです。天津師範大が1500米ドル、北京の一般的な学校で2000米ドルくらいですから、これは高いと思います。ここよりも高いのは北京大学の3000米ドルと人民大学の2700米ドルくらいでしょうか。別のページで取り上げる寮費や生活費とともに北京、上海などの大都市の学校の学費は他の地域よりも割高になっています。
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寮生活は?
これは 別のページ で写真と共に紹介しています。一番安い寮にしたのに快適で楽しくて言うことありません。
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留学生の在籍形態は?
なんだか色々な種類の留学生が居るようでよく分かりません。大きく分けると、卒業すると学士の学位が貰える4年制の「本科生」と、学習期間が6ヶ月以上4年未満の「進修生」の二種類があります。他にも6ヶ月以内の短期生やら、研究生やらがあるようです。私のような「進修生」はクラス分け試験を受けて「本科生」たちのクラスに混ざって授業を受けることになります。
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学期と入学時期、長期休暇は?
たいていの中国の学校と同じく語言大も二期制を採用しており、第一学期が9月から1月中旬まで、第二学期が2月下旬から7月中旬までです。二つの学期の間に1ヶ月半の夏休みと1ヶ月間の冬休みがあり、他には10月の国慶節と5月の労動節(メーデー)の際にそれぞれ1週間程度の休みがあります。入学は基本的に第一学期の9月で、今年(2000年)の入学手続き期間は8月28日から9月1日まででした。ただし第二学期にも新入生を受け入れているようです。
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クラス分け、履修登録、授業の開始時期は?
入学手続きの際にもらった説明の紙には9月13日に新入生向けガイダンスがあると書いてあったので、誰もが授業は当然その後からだと思っていました。が、それは浅はかな考えでした。まず6日にクラス分け試験があり、翌7日に結果が返却されて履修登録がありました。ここまでの手続きも最初に全体の流れが提示されるわけでなく、そのたびに口頭で指示されるのでちょっとまごつきましたが、さらに驚いたのは7日の朝9時半頃に履修登録を終えたところで私の時間割を見たクラス分け担当の先生が、「今日の10時からの授業に間に合うから出るように」と言うのです。こうして心の準備もないまま私の記念すべき最初の授業は7日に始まったのです。クラス分け試験と履修登録の日程は人によって異なるので、最初の週は全員が揃わないまま授業が行われるという日本ではちょっと考えられない事態になります。尚、選択科目は登録後1週間以内ならば授業の様子を見て変更できます。

クラス分け試験は中国が世界各地で実施している中国語水準テストである「漢語水平考試」(略称:HSK)の形式に準じて行われます。試験時間は合計で145分間で、聴力理解(リスニング)、語法結構(文法構造)、閲読理解(リーディング)、総合填空(穴埋め式総合問題)に分かれています。ちなみに私は聴力と閲読で満点近い成績を取り、穴埋め問題もそこそこできたのですが、語法がほとんどできておらず、クラス分け担当の先生も「普通の日本人は聴力がダメで語法は得意なのにねぇ」と不思議がっていました。この筆記試験に加えて結果の返却の際に先生との簡単な会話があります。表向きは「履修に関する相談」ということになっているのですが、このときに筆記試験では分からない会話能力を見ているようでした。

4年制の本科生のレベル分けは初級から高級まで以下のようになっています。進修生はクラス分け試験の結果に基づいていずれかのレベルのクラスに振り分けられ、本科生と一緒に授業を受けます。



1年級の「冊」という区分は「一冊」が最も基礎のクラスで、「三冊」が進んだクラスになっています。それからちょっとややこしいのですが、前項で述べたように入学時期は9月の第一学期と2月の第二学期の二回あるため、例えば11月の時点で同じ2年生でも入学時期の違いによって上学期の学生と下学期の学生が学内に同時に存在するわけです。「第一学期」、「第二学期」という区分が絶対的な学期分けを示すのに対して、「上学期」、「下学期」という区分は入学時期を基にした相対的な学期分けを意味すると考えてください。例えば私は
2年級下学期に振り分けられたのですが、一緒のクラスの本科生たちは(飛び級や留年をしていなければ)去年の2月に入学して1年半の学習を修了しているということです。ところで私はクラス分け試験であと8点取れていれば3年級上学期に入れたそうです。ただし授業がいざ始まってみたら、とてもじゃありませんが今のレベルが精一杯でした。この調子で来年2月からの第二学期に始まる3年級上学期なんて大変そうです...
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時間割は?
まずは私の時間割を以下に掲載します。科目名の赤字青字はそれぞれ必修科目選択科目を示しています。
2年級下学期・選課表
(2000年9月〜2001年1月)
 1〜2節
(8:00-8:50/9:00-9:50)
3〜4節
(10:00-10:50/11:00-11:50)
5〜6節
(14:00-14:50/15:00-15:50)
星期一中国報刊語言基礎中級漢語綜合課 
星期二現代漢語語音/漢字 漢語聴力口語
星期三中級漢語綜合課漢語写作基礎中国報刊語言基礎
星期四漢語聴力口語漢語閲読中級漢語綜合課
星期五   
最初に前述のクラス分け試験の結果に基づいて学校側が自動的に必修科目の5コマを振り分けて、次に空いているところに選択科目を埋めていきます。どの選択科目もまんべんなく複数のコマで開講していて曜日と時間は自由に選べるという話だったのですが、実際には学生が多くてほとんど先生方が決めており、たまたま私は星期五(金曜日)に授業が一コマもないという時間割になりました。私のこの時間割だと水曜日と木曜日はびっちりと授業が詰まっていて大変なのですが、木曜の午後から週末に突入するので小旅行なども(やろうと思えば)でき、メリハリがあって悪くはありません。

2年級の学生が5コマまで選べる選択科目を以下に示します。私が選択した科目には*印を付してあります。

科目名内容
漢語閲読*各種業務文書、契約書、広告、操作説明書、新聞雑誌などの記事を短時間で正確に読解するための訓練。
漢語写作基礎*通知、物語、日記、手紙文、要約文、叙事文、叙情文、叙景文、映画批評などのスタイルを学び、自分でも課題に基づいて作文をし、先生による添削と指導を受ける。
現代漢語語音/漢字*理論的に語音と漢字概論を学ぶ。語音については、国際発音記号とピンイン表記の相違、母音と子音、声調、語調などの話題に敢えて立ち戻り、美しい発音、美しい朗読とは何かを探る。漢字概論としては字形、字音、字義の理論的解釈や、漢字の歴史的背景を学ぶ。
中国報刊語言基礎*この科目だけは週に2コマある。一部は「漢語閲読」と重なるが、政治、経済、社会、生活、文化、教育、科学技術、外交など多岐にわたる最新の新聞・雑誌の記事を読みこむ。
新聞聴力テレビ、ラジオのニュースの聞き取りの訓練を行う。
翻訳基礎日本語、韓国語、タイ語、英語、ロシア語などのクラスに分かれ、自国語と中国語との間の翻訳練習を行う。
中国近現代史1840年のアヘン戦争から1919年の五四運動までの近代史と、五四運動以降現在に至るまでの現代史を中国語で学ぶ。
中国地理中国の主に六大古都、各少数民族自治区、観光地についての地理を学ぶ。
体育専項単位にはならない自由選択科目。主に太極拳、武術、サッカー、バスケットボール、体操、社交ダンスなどの練習をする。
中国絵画単位にはならない自由選択科目。山水画、花鳥画、人物画など中国絵画の鑑賞と学生による制作。絵画だけでなく書についても学ぶ。

これが3年級以上になると自分の希望する進路によって「言語」、「経済貿易」、「文化」の3分野に分かれ、例えば「経済貿易」方向に進むと必修科目に「経貿口語」や「経貿写作(作文)」が入り、「文化」方向を選ぶと「中国文化史」や「中国社会概覧」といった科目が必修になります。

参考までに1年級三冊班上学期に属する友人の時間割も以下に掲載します。1年級の授業はすべてが必修科目で、選択科目はありません
1年級三冊班上学期・選課表
(2000年9月〜2001年1月)
 1〜2節
(8:00-8:50/9:00-9:50)
3〜4節
(10:00-10:50/11:00-11:50)
5〜6節
(14:00-14:50/15:00-15:50)
星期一閲読精読  
星期二精読聴力口語
星期三閲読精読 
星期四精読聴力精読
星期五精読口語  
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クラスの学生の国籍構成は?
私の時間割で週に3コマを占める「中級漢語綜合課」という必修科目を例に取ると、国籍構成は以下のようになっています。
国籍男性女性合計
韓国279
インドネシア022
タイ112
ロシア022
フィリピン011
スウェーデン011
日本101
合計41418
語言大において日本人が一人しかいないクラスというのも珍しいのではないでしょうか。韓国人とタイ人の喫煙仲間ができて冗談も何も共通語は中国語というこのかなり面白い状況を私はとても気に入っています。ただ、授業中に先生が教科書の文章に関して「日本の状況はどうなの?」と質問してきた際に回答するのはもれなく私なので、私の発言が全日本人を代表することなります。これは恐ろしいことです。
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輔導老師って?
私の場合は...
尚、中国人学生と中国語を話す機会を作る方法としては、輔導老師の他に互相学習というのがあります。これは日本語科の学生や日本語を勉強したい人を見つけて、文字通り互いに自分の国の言葉を教えあうというもので、お金はかかりません。日本語を教えるということに対しては私も大いに興味があるので、次の学期からでも始めようかと思っています。互相学習のことは開始次第このページに掲載します。で、予定より早めに11月末から始めたので、 こちら を...
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互相学習って?
日本語科の学生や日本語を勉強したい人を見つけて、文字通り互いに自分の国の言葉を教えあうというもので、お金はかかりません。私の場合、当初は2月以降から探そうと思っていたのですが、東京での知り合いのマッチ-さん(仮名)が北京で仕事をされている日本人にこのページを紹介してくださって、ここを読まれたその方から日本への留学を志している中国人を紹介されました。思い立ったが吉日ということで、2000年11月27日から毎週月曜日の夕方に2時間、学内のコーヒーショップで互相学習をすることにしました。

現時点(2000年12月7日)で未だ2回しかやっていませんが、ほとんどの時間を日本語を教えることに費やしています。私の生徒となった人は「それでは不公平でしょう」と言うのですが、私には既に「輔導老師」の時間があるし、「外国人に日本語を教える」ということに対して以前から興味を抱いていたので、その方が好都合なのです。ただし、私が中国語を使って教える際にはその表現を正してもらったり、逆に彼女の使っている教科書に出てくる日本語の課文を中国語にしてもらったりということもしているので、決して不公平ではないのです。今後は彼女のリスニング能力を配慮しつつ、完全に日本語だけで教える、という時間も作ってみるつもりです。

しかし色々と質問されて気づくのですが、普段何も意識しないで使っている日本語もいざ教えるとなるとかなり苦労したりして面白いですね。なんだか新鮮な感覚で週一回の学習を楽しんでいます。それにしても真面目な人を紹介してくださってありがたいことです。マッチーさん(仮名)、Wさん(仮名)、ありがとうございました。

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クラスの学生の年齢構成は?
必修科目の「中級漢語綜合課」の名簿を見てみたら、18人のクラスで私の下に29歳の男性と女性が一人づつ居て、24歳が2人、そして一番多いのが21歳で5人。それから20歳が2人いて、最年少が17歳のロシア人。あとの5人は「生年月日」欄の「年」だけ書かないという奥ゆかしい人たちです。そして9月から教わっていたベテランの先生が11月初旬に政府に選ばれて2年間チェコで教鞭を取ることになり、その代わりに来た先生が27歳...私は遂に先生を抜いてクラスで最年長になってしまいました。尚、年齢不詳の学生を除いて、さらに先生を入れた平均年齢は23歳になります。ちなみに1年級に属する友人にクラスの状況を教えてもらったら、私のクラスよりもグッと平均年齢が低いようです。
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