このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください




2002冬 沖縄・フルマラソンの旅(その5)

最終更新日 2003.2.22

(その1)へ (その2)へ (その3)へ (その4)へ

  TOPページへ戻る

「旅日記」TOPへ

沖縄ゲストハウス
(沖縄ゲストハウス)
宿に着いたが宿主がいない。
携帯で呼び出そうとしたが繋がらない。
仕方がないので、しばらくリビングで待つことにした。

宿主は芸術家らしい。宿には確かにアートな雰囲気が漂っていた。

そうこうしているうちに、女の子が一人、帰ってきた。
この宿の客だが、宿主に受付の仕事なども頼まれているらしい。

部屋の案内をしてもらい、1階にいた宿主に宿代を払った。

一泊相部屋素泊まり¥1500。
沖縄にはこのようなドミトリー宿がいくつもある。

お腹も空いてきたので、辻地区のステーキハウスで沖縄最後の夕食とすることにした。

肉、食うぞ〜!!

ステーキハウス88
(ステーキハウス88)
薄暗くちょっと怪しげな道を歩いて10分、辻に到着。

ステーキハウスが集中している辻地区の中で、ネオンがひときわ目立つ「ステーキハウス88」に決めた。

以前、辻では「ジャッキーステーキハウス」(現在は西地区に移転)と「レストラン ステーツサイズ」に入った事がある。

初めて沖縄を訪れた時、「ジャッキーステーキハウス」の場所をたまたま「ステーキハウス88」の店主に尋ねたことがあった。

店主いわく「うちもステーキ屋なんだけどね〜。でもいいよ。え〜と、あの角の・・・」と、親切に教えてくれた。

「今度来た時は必ず寄ります」と店主と約束してから、はや数年。
ようやく約束を果たす日がやってきた。

店主はあいにく不在だったが、ウェイトレスの女性にこの話をしたら、店主に伝えると言ってくれた。

サーロインステーキ・ライス付(¥1600)を注文。
久々の沖縄ステーキにお腹も大満足!
サーロインステーキ・ライス付(ステーキハウス88)
(サーロインステーキ)

宿に戻ってみると、数名の長期宿泊者がリビングでくつろいでいた。

シャワーを浴び、夜の国際通りへまた一人歩き始めた。
マラソンの疲れは不思議となかった。

旅の初日に訪れた「むつみ園」で一杯やることにした。

むつみ園の女主人・初枝さんは私の顔を見るとすぐに思い出してくれた。
なんだかとても嬉しかった。

そして完走報告をすると、お店にいた皆さんも一緒に「おめでとう!」と祝福してくれた。

生ビール中ジョッキ1杯と泡盛1杯を飲んで、最後に店の皆さんと記念撮影をして、宿に戻った。

沖縄ゲストハウスのリビング
(沖縄ゲストハウスのリビング)
2002年12月3日(火)
0:10、宿に戻ってきた時は、日付はすで3日に変わっていた。

遅い時間にもかかわらず、次から次へと宿泊者が宿に帰ってきた。
それも女性ばかり。女性に人気の宿なんだなぁ。

リビングでヘルパーの女の子と旅の話などしているうちに、また2人組の女の子が帰ってきた。

一緒に話をしているうちに、この2人も今日(2日)はレンタカーで本部半島を周っていたことがわかった。
しかも夕食はステーキハウスで食べていたという。

私と数時間の違いで、同じところを周っていたとは・・・。

時間を忘れて夢中で話をした。気が付くと朝6:00になっていた。

帰りの飛行機は午後便なので、まだ時間に余裕がある。
少し眠ろう。

てる屋てんぷら店
(てる屋てんぷら店)
9:30、つかの間の眠りから覚め、帰り支度をして、リビングにいる人達に挨拶をしようと行ってみたが、まだ誰も起きていない様子でガランとしていた。

「お世話になりました。楽しい一夜をありがとう・・・」と置手紙を置いて、宿を後にした。

太陽の光が路面に反射して眩しい。寝不足なはずなのに、気分は上々。

国際通りに向かって歩いていた。
今回の旅では、いったい何往復、国際通りを歩いたんだろう。

昨夜、むつみ園で教えてもらった公設市場近くの「てる屋てんぷら店」で、お土産用のサーターアンダギーを買った。
小さめので1個¥30だった。

11:40、那覇空港のカフェで、今回の旅を振り返りながら旅友達に手紙を書いた。

楽しい時間は、本当にあっという間に過ぎていく・・・。
旅の終わりはいつも感傷的になってしまう。

14:30、JAS552便は快晴の沖縄から羽田に向けて飛び立った。

(終わり)

(その1)へ (その2)へ (その3)へ (その4)へ

『旅日記』TOPへ戻る
  TOPページへ戻る

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください